【ドラマレビュー】10年前の「学校」より殺伐とした「ゆれながら咲く花」

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写真=KBS「ゆれながら咲く花」のシーン

KBS 2TV「ゆれながら咲く花」…危機に晒された教育現場をクローズアップする

校内暴力は日々深刻になり、教師の権威が墜落した時代。3日に韓国のKBS 2TVで放送がスタートしたドラマ「ゆれながら咲く花」は、生徒が教師に暴力を振るう殺伐とした教室を描き、注目を浴びた。すでにニュースを通じて生徒に殴られる教師の話は伝えられたので、ショックを受けるほど珍しい場面ではない。

しかし「ゆれながら咲く花」は教師の権威の墜落と暴力問題を、単純に“イルジン”(不良生徒のこと)と呼ばれる数人の学生に限られた問題とはみなさない。その背景には、昔も今も変わらない受験中心の教育があり、勉強のできる少数の学生だけをケアするようになると、自然に学校本来の人間性の教育は疎かになって久しい。

ソウル市内にある高校の中でも最下位の成績を記録するスンリ高校は、学校全体の成績を上げるために必死だ。そこで、以前校長として在任したソウル江南(カンナム)の某高校を、一気に“1位”の学校にしたイム・ジョンス(パク・ヘミ)を校長として招待し、本格的な名門高校プロジェクトを稼動する。

イム・ジョンス校長を含め、スンリ高校に在職しているほとんどの教師の関心は「名門大学への進学率」だ。すでに学生指導を諦めた教師たちは、そのなかで一生懸命に勉強する学生の勉学の雰囲気を作る程度の指導を行うだけだ。

そんな中、スンリ高校でももっとも問題とされるクラス、2年2組の担任の教師が病を理由に休職する。30年間生徒たちを体罰で指導してきた2組の担任は、体罰が禁止されると、体罰なしで生徒たちを指導する方法が見つからず、教師を辞めそうな雰囲気だ。結局2組の担任は臨時教師のチョン・インジェ(チャン・ナラ)が担当することになった。

しかし初めての担任で、情熱だけが空回りしていたインジェが、オ・ジョンホ(クァク・ジョンウク)のような“イルジン”を正しい道へ導くことは、決して簡単なことではない。ジョンホから授業中に禁止となっている携帯電話を取り上げようとするインジェ。ジョンホは教師のインジェに暴力を振るおうとし、腹が立ったインジェは、とっさにジョンホにビンタを張る。しかし、誰もインジェとジョンホの争いをやめさせようとせず、見物するだけだ。

“イルジン”であるジョンホ以外にも、2組には学校の立場から見て問題を抱えている学生たちでいっぱいだ。夜遅くまでお金を稼ぐコ・ナムスン(イ・ジョンソク)は、学校の授業や勉強は後回しだ。更に、ジョンホと一緒に教室の一番後ろに座っている女子生徒たちは、着飾ること以外にはまったく興味を持たない。さらに2組には“イルジン”たちから露骨にいじめられる知的障害を持つ生徒ハン・ヨンウ(キム・チャンファン)もいる。しかし、学校はクラスの平均を下げるジョンウの存在が目障りなだけで、ヨンウが受けるいじめには目を瞑る。


解決策が見えない学校、もどかしい

今から約10年前、数多くのスターを輩出してきた「学校」シリーズの復活を宣言した「ゆれながら咲く花」は、当時よりさらに殺伐とした韓国の学校の現実を取り上げている。実際「学校」シリーズが人気を集めた2000年代初頭よりも、校内暴力は社会問題にまで飛び火し、教師たちの肩身は次第に狭くなった。

しかし、昔も今も、成績や受験至上主義の教育は存続されている。生徒たちの“名門大学進学率”を高めるところにのみ興味があるので、人間性の教育は後回しだ。親もまた、子供たちを人間らしく教える学校を探すよりは、名門大学の進学率が高い学校を好む。学校だけでなく、家庭でも基本的な礼儀に対する教育が衰退して久しい。

自然に「勉強のできる子」が最優先の学校で淘汰された子供は、親と教師の目の届かないところであらゆる事故を起こす。しかし、大人たちは公に暴かれる“校内暴力”で失われていく学校の名誉を守るところにだけ興味があり、いじめや校内暴力を根絶する根本的な対策は講じない。

生徒個人の成績にのみ興味があるだけで、校内暴力を隠すために必死な学校と、むしろ加害者が堂々と声を出す利害関係が合い、被害者の生徒が学校を離れたり、更には自ら命を絶つ悲劇が続いている。

生徒に殴られる教師、弱いとの理由で露骨にいじめられる生徒、そして学校の成績だけに興味がある親たち。「ゆれながら咲く花」は、避けたくても、認めなければならない現在の韓国の学校の理不尽さを暴いている。ある意味で「ゆれながら咲く花」は、現実より健全ににフィルタリングされた面もある。それだけ、今の韓国の教育現場は、崩壊直前の危機に直面している。

そこで、多くの人々が崩れていく学校教育を建て直すために色々な方策を講じており、その深刻さを喚起するため「ゆれながら咲く花」のようなドラマを作った。しかし、生徒個人の人間性の教育より、成績上昇と入試の結果にのみ興味を持つ、我々の教育の現実自体が変わらない限り、簡単に克服できそうな問題ではないと思われる。だからこそ「ゆれながら咲く花」がもどかしい。答えの出ない我々の教育を見ているような気がしてだ。

記者 : クォン・ジンギョン