「マルティニークからの祈り」チョン・ドヨン“事件そのものよりも、温かい家族映画として観てもらいたい”

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彼女のいなかった2年間の忠武路(チュンムロ:韓国映画の中心地)はタフな男で溢れかえった荒地であり、寂しかった。誰も彼女の不在を埋めてはくれなかった。荒れ果てた忠武路に早い春が訪れた。閉じていたつぼみを咲かせた女優チョン・ドヨン(40歳)。久しぶりにスクリーンに花が咲いた。

KBS 2TV「追跡60分」を通じて話題となった“チャン・ミジョン事件”をモチーフにしたリアリティ映画「マルティニークからの祈り」(監督:パン・ウンジン、制作:CJエンターテインメント、タセポクラブ)。チョン・ドヨンは麻薬密輸の疑いで大西洋の遠くにある孤立したマルティニーク島の刑務所に収監された唯一の韓国人、ソン・ジョンヨン役を演じた。言葉も通じない場所で犯罪者扱いされ、誰一人として手を差し伸べてくれない極限の状況の中で、彼女は崖の端に立っているか弱い女性そのものだった。

久しぶりに戻ってきたチョン・ドヨンは「観客に会うのがまだちょっと慣れなくて、慣れるために努力中だ」と伝え、恥ずかしがった。以前より痩せた彼女の身体が物語っているように、チョン・ドヨンにとって「マルティニークからの祈り」は苦難と逆境の連続だった。目まぐるしい海外ロケの現場では、繊細な感情を維持することに苦労した。それでもか弱いその身体を奮い立たせて最後まで臨んだ。果たしてチョン・ドヨンはなぜ茨の道を歩み続けるのだろうか。

―2年ぶりのカムバックだが、これまでは育児に専念していたのか?

チョン・ドヨン:故意に作品への出演を避けていたわけではありません。育児のためなのかとよく言われますが、そうではありません。昔も今も、特に作品数を減らそうとは思っていません。何よりも私は引き続き作品に出演していきたいです。実は「カウントダウン」(2011年、監督:ホ・ジョンホ)以降、ドラマをやってみようと思っていました。けれど、私に合うシナリオがありませんでした。一時期、男性の俳優がメインの映画がたくさん作られていましたよね。その分、女優の出番は少なくなっていたわけです。

―今回の映画で体力的にも感情的にもとても苦労したと聞いた。

チョン・ドヨン:決して容易くはない作品でした。海外ロケが多かったので、さらに苦労したと思います。ソン・ジョンヨンのエピソードが、ほとんど海外で撮影されたので大変でした。みんな時間に追われながら撮影をしました。特に、空港ではアクシデントが多かったです。交渉の際に撮影に関する料金なども許可を得たのですが、いざ撮影が始まると「ここはダメ」「あそこもダメ」という制約が多かったです。空港のシーンを一日で全部撮る必要があったのに、「ダメ」と言われると困りますよね。乗客の邪魔にならないように、また空港の職員の機嫌を伺いながら目まぐるしく撮影をしました。

―メイキング映像ではフランスで授与された勲章でも見せてあげたかったと話していたが、それだけ空港での撮影は大変だったのか?

チョン・ドヨン:どれだけ辛くて勲章の話まで出したんでしょうかね(笑) 不平や不満を口にする時間もなく、撮影を続けました。結局、最後のワンシーンは撮影できないまま追い出されました。もともと約束の時間が12時までだったんですが、11時30分から「出て行け」と言うんですよ。「出ないと警察を呼ぶ」と言われ、みんな後ろも見ないで逃げるように荷物をまとめました。途方に暮れましたね。悔しくて怒りも感じましたよ。帰り道に「私はフランスで名誉のある勲章をもらったこともある女優なのに、それを持ってくれば良かった」と思えてきて、メイキング映像で言ってみたんです(笑)

―“カンヌの女王”とも呼ばれているのに、空港で気付いた人はいなかったのか?

チョン・ドヨン:誰も気付いてくれませんでした(笑) 乗客の方だけ何人か気付いてくださいました。その方々は、韓国の監督にも詳しい方々でした。イム・サンス、ホン・サンス、イ・チャンドン、パク・チャヌク監督に詳しく、私のことにも気付いてくださいました。ですが、空港の職員の中では気付いてくださる方がいなくて撮影に役立つことはありませんでした。

―実際に4歳の娘を育てる母親として、ソン・ジョンヨンの状況に大きく共感できたと思う。

チョン・ドヨン:娘がいるのといないのとは少し違う問題でして……。ソン・ジョンヨンを演じるにおいて、今の私に課せられた現実的な部分と劇中の状況を関連付けようとは思いませんでした。本当のソン・ジョンヨンの姿をお見せしたくて、ありのままにソン・ジョンヨンを演じようとしました。どこにもいそうな平凡な姿を演じたかったです。すでにドキュメンタリーで露出された題材なので、演じることにおいてさらに苦労した部分はありますが、観客がソン・ジョンヨンに共感してほしいと願う気持ちで一生懸命に頑張りました。ストーリーそのものがドラマチックなので、映画の中のソン・ジョンヨンも同じく目立ってしまうといけない映画だと思いました。

―「マルティニークからの祈り」のモチーフとなったチャン・ミジョンさんと実際に会ったことは?

チョン・ドヨン:直接会ってたくさんの話を交わすことはできませんでした。遠くで挨拶だけでしたね。「マルティニークからの祈り」のVIP試写会に来てくださったと聞きましたが、実はあの方に近付いてああだこうだと話すのは申し訳ない気持ちです。とりあえず、あの方にとっては被害であり、傷である事件なんでしょう?映画をご覧になって辛い思い出が蘇るのではないかと心配しましたが、幸い傷になる映画ではなく、癒されるような映画だとおっしゃってくださいました。むしろチャン・ミジョンさんのほうが「撮影大変だったでしょうね」と心配してくださって、その言葉がありがたかったです。

―「マルティニークからの祈り」では、これまでとは違って綺麗ではない顔でスクリーンに登場するが、女優としてプレッシャーはなかったのか?

チョン・ドヨン:私は外見に対するプレッシャーは全くありません。映画の中で醜くなり、老いていく姿を見せるとしても気にしません。自然な、ありのままの私の姿が好きです。

―刑務所で取調べを受ける過程で、強制的に洋服を脱がされたり暴行を受けるなど、人権侵害の問題が赤裸々に描かれていた。

チョン・ドヨン:私もあのシーンを撮影する時に、人権侵害を思いました。本当に誰かが私の隣で死んでいくとしても、自分も怖いのでその人のことは見えないふりをします。信じがたい現実であり、衝撃的でした。

―夫キム・ジョンベ役を演じたコ・スさんはどんな俳優ですか?

チョン・ドヨン:とても深く考える俳優だと思います。(演技について)たくさん悩みました。実はこの映画はキム・ジョンベとソン・ジョンヨンがお互いに離れている中で話が進むので、後で映画がどのように出来上がるのかとても心配をしたんです。ソン・ジョンヨンからキム・ジョンベが見えて、キム・ジョンベからソン・ジョンヨンが見えるべきでした。映画を観たら、キム・ジョンベのことが理解できたんですよ。そのような部分から、私とコ・スさんの表現方法は通じていたと思います。

―先輩女優であり女性監督でもあるパン・ウンジン監督との撮影はどうだった?

チョン・ドヨン:コ・スさんや私に特別に指示を与えることはありませんでした。俳優たちの感情をとても尊重してくださいます。パン・ウンジン監督も私やコ・スさんを通じてこの映画のエネルギーを引き出すべきだと思ったんでしょうね。女優として、また女性同士、心理戦がものすごかっただろうと予想する人が多いようですが、全くそのようなものはありませんでした。パン・ウンジン監督はただパン・ウンジン監督だったんですよ。もっと正直に言いますと、先輩としてはまだ少し接するのが難しいんです。今もなぜか少しそのような部分が残っています(笑)

―今はイ・ビョンホンと「メモリーズ 追憶の剣」(監督:パク・フンシク)を撮影している。

チョン・ドヨン:「マルティニークからの祈り」の撮影が終わってすぐ「メモリーズ 追憶の剣」のアクションの練習に入りました。練習だけでも3ヶ月かかったのですが、感覚としては3年間近く撮っているような感じです。容易くはない作業ですね。「マルティニークからの祈り」のPR活動と「メモリーズ 追憶の剣」の撮影が同時にあって本当に目まぐるしくて。イ・ビョンホンさんが私のスケジュールを聞いて「どこのガールズグループの所属ですか?」と聞いてきました(笑)

―“怖い新人”キム・ゴウンとの共演の感想は?

チョン・ドヨン:最近の子は本当にしっかりしていると思いました。根性もありますし、何でも一生懸命なので可愛いです。昔は若い子がここまで可愛いと思ったことはありませんでしたが、彼女は若いのに考え方もしっかりしています。

―最後に「マルティニークからの祈り」を観覧する観客に一言。

チョン・ドヨン:実話ということで「マルティニークからの祈り」を怖く思う方も多いみたいですね。けれど、すでにドキュメンタリーとして事件のことは接したと思うので、この映画は温かい家族映画として観てくだされば嬉しいです。事件そのものよりも家族のことを語りたかったです。この映画を観て、心が穏やかになってもらえたら嬉しいです。また、いつも傍にいてくれる家族を一度くらいは思ってみるきっかけになったらいいなと思います(笑)

記者 : チョ・ジヨン、写真 : ムン・スジ