故チャン・ジャヨンさんの元事務所代表、ユン・ジオ&元マネージャーを相手に計1億円の損害賠償訴訟を提起

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写真=OSEN DB
故チャン・ジャヨンさんの元所属事務所の代表であるキム氏が、ユン・ジオと故人の元マネージャーB氏を相手に損害賠償訴訟を提起した。

故チャン・ジャヨンさんの元事務所代表A氏は2日、報道資料を通じて、損害賠償を請求したことを明らかにした。A氏の法定代理人を務めた法務法人(有限)タダムのキム・ヨンサン弁護士は、「ユン・ジオと所属事務所の代表B氏を相手に、それぞれ5億ウォン(約5千万円)、合計10億ウォン規模の損害賠償請求訴訟を提起しました」と明らかにした。

キム氏は、ユン・ジオが練習生として7ヶ月間在籍していたため、実際にはTHE CONTENTS所属の俳優たちとチャン・ジャヨンについてよく知らないと明らかにした。また、ユン・ジオが、キム氏について裁判と番組で嘘の証言をしたと主張した。

元マネージャーだったB氏もキム氏に関する虚偽の供述をしたと明らかにした。キム氏の弁護人は、B氏がキム氏に対する恨みを持って、チャン・ジャヨンについて聞いたこともない虚偽の供述をしたと説明した。キム氏は「ユン・ジオとB氏は、自分たちの利益のために故人を徹底的に利用しました。なんと12年間も原告がチャン・ジャヨンさんの死の原因を作った当事者の一人として世間に認識されるように仕向けました。原告に刑事罰を受けさせる目的で捜査機関に虚偽の供述をし、マスコミに虚偽のインタビューをし、事実を歪曲して名誉を毀損しました。原告が受けた物質的・精神的な被害は回復できない程です」と説明した。

故チャン・ジャヨンさんは2009年3月7日、盆唐(プンダン)の自宅で遺体で発見された。享年30歳。実名と指印が押された文書を残したまま自ら命を絶った。その後“チャン・ジャヨンリスト”がマスコミに公開され、性接待で苦しめられたという故人の人生に注目が集まった

【チャン・ジャヨンさんの元事務所代表 公式コメント全文】

ユン・ジオ、カン・ハヌルの所属事務所の代表B氏にそれぞれ5億の損害賠償訴訟

故チャン・ジャヨンさんの元所属事務所の代表キム氏(以下、原告)の法定代理人を務める法務法人(有限)タダムの弁護士キム・ヨンサンです。

チャン・ジャヨンさんの元所属事務所THE CONTENTSエンターテインメントの代表取締役であった原告は1日、ソウル中央地方裁判所にタレントのユン・ジオと所属事務所の代表B氏を相手に、それぞれ5億ウォン、合計10億ウォン規模の損害賠償請求訴訟を提起しました。

○ユン・ジオ

ユン・ジオは2008年頃、原告が代表取締役として在職していたTHE CONTENTSで、2008年12月27日から2009年7月12日の約7ヶ月間、練習生として活動しました。短い所属期間と正式芸能人として活動したことがないという点からも分かるように、原告と所属事務所THE CONTENTS、チャン・ジャヨンさんをはじめとするTHE CONTENTS所属の俳優に対する内容について正しく把握していません。

ユン・ジオは2010年6月25日、原告に対する水原(スウォン)地裁城南(ソンナム)支院2009コダン1501号事件の証人として出席し、「原告が証人などの所属俳優たちに、酒の席で強圧的に酒を注がせたり、酒を飲ませたことはなかった」と証言しました。当時、チャン・ジャヨンさんの文書を見たことがあるとして、「(所属俳優たちが)原告との契約解除のため作成されたものだ」などの証言もしました。それから9年が経った後、2019年3月19日に『KBS今夜キム・ジェドン』に出演して、「キム氏の強要による性的暴行があった」という、とんでもない主張をしました。

ユン・ジオは、毎回供述するたびに内容を変えました。むしろ時間が経つにつれて供述内容が豊かになり、原告に不利な話が加えられました。特にユン・ジオは、2019年に最高検察庁の検察過去史真相調査団に対して、2009年に捜査機関が聴取した供述の際に一度も言っていなかった『チャン・ジャヨンさんが薬物によって性的暴行を受けた』と主張するなど、ますます度合いが増していきました。ユン・ジオが出版した本「13度目の供述」のプロモーションなどのために、原告をさらに悪意を持って描写したものと疑われます。

ユン・ジオは、情報通信網法上の名誉毀損、後援金詐欺など、様々な疑いで告訴・告発されましたが、2019年4月24日、カナダに逃避性の出国した後、帰国していません。法務部は昨年2月に、ユン・ジオに対する犯罪人引渡し請求手続きに着手している状態です。

○元マネージャーB氏

元マネージャーのB氏は、チャン・ジャヨンさんのロードマネージャーとして約4ヶ月間活動しました。B氏は「THE CONTENTSへの出勤初日である2009年10月28日に、チャン・ジャヨンさんは母の命日なのに、原告に呼ばれて酒の接待の席に来たと言っていた」と供述しましが、チャン・ジャヨンさんの母親が死亡した日は2005年11月23日です。在籍謄本を確認した結果、上記の日程はチャン・ジャヨンさんの母親の命日ではありません。チャン・ジャヨンさんの通話記録と基地局の位置情報取得などを通じて、故人は10月28日に風俗店でパン・ジョンオに偶然に会って、挨拶をして別れ、その後に事前に約束していた恋人の元を訪れて再び酒を飲んだことが明らかになりました。

B氏は調査を重ねるにつれて、手のひらを返すように供述を覆して、横領、暴行、接待の強要など、なかったことをでっち上げて原告を攻撃しました。特にB氏は2009年3月23日、京畿(キョンギ)地方警察庁で調査を受けた当時、「チャン・ジャヨンさんと原告はC氏が運転する車で移動し、原告がDプロデューサーとの通話で『夕飯を食べて朝鮮日報の社長の息子に会いに行こう』と言ったが、Dプロデューサーがそれを断った」と供述しました。しかし、チャン・ジャヨンさんの通話記録と基地局の位置情報照会の結果、C氏と原告が同じ車に乗って移動した事実はありません。

以下は、B氏が2009年3月15日、最初に京畿地方警察庁で調査を受けた時から、2009年7月14日の検察調査までの供述を翻した内容です。

・チャン・ジャヨンさんに対する原告の暴行、強要、横領の行為は全くなかったと供述。(2009年3月15日)
・「チャン・ジャヨンさんの母親の命日にラナイでパン・ジョンオの接待をした」と初めて言及。(2009年3月23日)
・チャン・ジャヨンさんが恋人と会っていたことが明らかになった後、「接待した対象は50代の男性であり、その他には何の記憶もなかった」と翻し、原告の横領問題があったと初めて供述。(2009年3月29日)
・「チャン・ジャヨンさんに対する暴行・横領、その他にも何の問題も無かったという趣旨の陳述書を作成。(2009年4月13日)
・検察調査で「当時、接待した人が誰なのかもわからない」「チャン・ジャヨンさんが“接待”という言葉を言ってことはない」と供述。生前にチャン・ジャヨンさんから原告からの暴力を受けていたことを聞いたと初めて主張。(2009年7月14日)

B氏は2019年6月5日、検察調査当時、遊興酒店でチェアマン自動車に乗って出ていった50代の中年男性が、朝鮮日報の社長の息子であるパン・ジョンオであるという趣旨の供述しました。しかし、パン・ジョンオは1978年生まれで、2009年当時、満31歳でした。

B氏がこのように原告に不利な供述をした動機があります。2009年6月8日頃、B氏が原告の洋服を窃盗した事実が明らかになりました。その時から原告に対して敵対心を持ち始めました。B氏は原告との関係が完全に悪化すると、原告が困難に陥るように目的を持ってチャン・ジャヨンさんから聞いてもいない内容を捜査機関に対して供述したものとみられます。

B氏は、約10年後の2018年7月中旬頃にMBC「PD手帳」「メディア今日」に、「原告が、チャン・ジャヨンさんを母親の命日にもパン・ジョンオを接待させるためにラナイ遊興酒店に連れてきた」という趣旨の虚偽のインタビューをしました。B氏は2021年5月28日、原告の裁判に証人として出席し、虚偽の証言をしました。

ユン・ジオとB氏は、自分たちの利益のために故人を徹底的に利用しました。なんと12年間も原告がチャン・ジャヨンさんの死の原因を作った当事者の一人として世間に認識されるように仕向けました。原告に刑事処罰を受けさせる目的で捜査機関に虚偽の供述をし、マスコミに虚偽のインタビューをし、事実を歪曲して名誉を毀損しました。原告が受けた物質的・精神的な被害は回復できない程です。

記者 : パク・パンソク