イ・ジュンイク監督、初のOTT進出作「ヤンダー」について語る“美しい別れを描くことが目的だった”

MYDAILY |

写真=TVING
イ・ジュンイク監督が、マイデイリーとTVINGのオリジナルシリーズ「ヤンダー(Yonder)」(脚本:キム・ジョンフン、オ・スンヒョン、演出:イ・ジュンイク)に関するオンラインインタビューを行った。

同作は小説「グッバイヤンダー」を原作に、死んだ妻のイフ(ハン・ジミン)からメッセージを受け取ったジェヒョン(シン・ハギュン)が、彼女に会える未知の空間“ヤンダー”へ招待されることから展開される物語だ。死んだ人の記憶で作られた世界“ヤンダー”に向き合う様々な群像を通じて人生と死、永遠の幸せについて根源的な質問を投げる。

イ・ジュンイク監督が初挑戦するヒューマンロマンスであり、初のドラマ演出作、初のOTT(動画配信サービス)進出作だ。さらにTVINGとパラマウント+が共同で投資・制作した初の作品でもある。

イ・ジュンイク監督は「私は映画だけ14本作りました。これが15本目の作品ですが、OTTは初めてです。制作陣が私と映画を制作してきた人たちですので、OTTと映画現場との境界線は全くなかったです。インプットは同じで、アウトプットは違います。劇場とOTTというプラットフォームだけが違いました」と述べた。

「黄山ヶ原(ファンサルボル)」「王の男」「ラジオスター」「空と風と星の詩人 ~尹東柱の生涯~」「金子文子と朴烈」「玆山魚譜」など。これまで14本の映画を演出したイ・ジュンイク監督。しかし彼も映画とは異なって、反応を体感しにくいOTTは不慣れな領域だった。

彼は「映画とは全く違います。難しいですね。映画はシンプルです。反応が悪ければ矢が飛んできて、寝る時も胸がずきずきします。『ヤンダー』にも良い反応があれば悪い反応もあります。悪い反応は良い薬になり、良い反応は制作陣にとって慰めになります。自分への成果はまだ出ていないと思います。『釜山(プサン)国際映画祭』での試写会はありましたが、これからが本番です」と正直に告白した。

世界中の観客との出会いについても「来年の上半期に、世界中で配信されるといいます。最初にTVINGと制作する際には、世界中での公開は未定だったのです。配信する過程でそうなったのですが、少し心配もしました」とし「韓国の観客に応援されず、海外でもそうなったらと懸念されました。まだ不安が残っています。少なくとも世界中で配信された際、恥をかいてはいけないと思っています」と淡々と語った。

また「映画というプラットフォームも、SFという設定も西洋から始まった世界観です。そのまま真似してしまうと、笑われるかもしれないと思いました。そうだとしても根拠を排除するのは唐突ですし。韓国の観客も海外の観客も、スムーズに受け入れられる方法について悩みました」とし「その境界線を探すのに制作陣と一緒に力を注ぎ、うまく決められたと判断しました。韓国でも海外でも、そんなに非難されることはないと思いました。それ以上の期待は強欲です。大きな期待はしていません」とつけ加えた。

初のOTT作品であるにもかかわらず、監督は毎話、ランニングタイムがクレジットを除くと25分、30分前後の短いミッドフォーム形式のドラマを披露した。これについて彼は「様々なプラットフォームが観客の皆さんに斬新な経験を与えると思います。最近、一緒に仕事をした人たちが短くなるのが昨今の流れだと言いました。では従来の映画、ドラマのフォーマットをシリーズに転換するなら、もっと大胆になってもいいのではないかと思ったのです。流れに従うよりは、新しい試みを通じて新しい道を見つけられるのではないか、という意志がありました」と説明した。

「『ランニングタイムにこだわらないようにしよう』『話数にこだわらないようにしよう』と考えました。映画は映画の偉大さもありますが、限定性もあります。難しいですね。2時間に合わせないといけないですので。『玆山魚譜』の場合も2時間40分、3時間にするとより豊かに構成できるのに、必ず圧縮しないといけないのです。編集を通じてより面白く作ることはできますが、深くはなりません。深くなろうとしたら画面が変わり、考えようとしたら画面が変わり。このような方法で新しいストーリーを伝えることは正しいのだろうか」

イ監督は「退屈さと落ち着きは、同じ話です。同じ作品を見ているのに、誰かは退屈だ、誰かは落ち着きすぎだ、と言います。しかし、その落ち着きさをついていくと、落ち着きさが与える底があります。『ヤンダー』はそのような物語だと思います。ストーリーが持っている特性に合わせて、落ち着いた雰囲気で作りました。このような試みが、私は新鮮だと思います。その斬新さに挑戦し、反応は人によって違うでしょう。ただ、気軽に楽しんでいただければ嬉しいです」と語った。

主演のシン・ハギュンとハン・ジミン、そしてチョン・ジニョン、イ・ジョンウン、チャ・スンベ、ユン・イレなど、多くの出演陣が「ヤンダー」で活躍した。彼らの中で最も力を入れたキャスティングについて聞くと、イ監督は「いつもキャスティングする時に最も力を入れる俳優は、最初の主人公です。シナリオを書く際、ジェヒョンが出ないシーンが一つでもあってはいけなかったのです。この作品に観客を没入させるためには、ジェヒョンの観点を維持しないといけません。時には観察者として、また時には主体として、役割の変化はありますが、当然シン・ハギュンのキャスティングに一番力を入れました」と答えた。

また「二番目は当然ハン・ジミンです。ストーリーを引っ張っていく人が主体なら、その対象がいつも存在します。ハン・ジミンがその対象です。そして最初には対象だったが、ストーリーが進んでいくと、主体と対象が入れ替わります」とし「最初はジェヒョン、シン・ハギュンの観点で始まりますが、ある瞬間からハン・ジミンの観点に変わります。一回、二回、三回、そして“ヤンダー”に行くと、ハン・ジミンが主体になり、シン・ハギュンが対象になります」と説明した。

そして「そのようにハン・ジミンがなぜ“ヤンダー”に来ているのかが説明されます。最後に説明しないと、無責任なストーリーです。説明を明確にするためには、ハン・ジミンが主体にならないといけまません。ものすごく精魂を込めました。シナリオだけを見ると、実はちょっと曖昧です。だから私が説明しました」とつけ加えた。

シン・ハギュンとハン・ジミンの夫婦ケミ(ケミストリー、相手との相性)については「現場で見ると夫婦役ですが、兄妹のような雰囲気です。2人でいつもふざけています。2人の夫婦役は、ある運命的なケミから出てくる演技じゃないかな、という感じです。シン・ハギュンとハン・ジミンは作品の中で、それぞれ独立した存在として輝いています。誰かが誰かに従属しておらず、愛に飢えていません。ただ自分の気持ちをさらけ出すだけです。自分は君で、君は自分。でも、それが夫婦じゃないですか。2人がそのように演技しました。私の演出ではなく。すごく満足しています」と絶賛した。

「海で撮影したキャンプ場のシーンが好きです。シン・ハギュンのメロは最高です。またハン・ジミンが『あなた』と呼ぶのが、すごくよかったです。メロというのは『私は君のことが好きだ!』と言ってしまうと、メロじゃない気がします。メロは私が相手を考える気持ち、その気持ちを遠回しに表現すること。私が考えるメロはこれです。私が相手を考える気持ちを、自分ならではの方式で表現することです。ストレートに『私は君のことが好きだ!』というのは、メロではありません。絶対に」

そのため監督は、さらに「ヤンダー」に力を入れた。主人公の名前が“ホール”と“イフ”から、“ジェヒョン”と“イフ”に変わったのも同じ脈絡だ。イ監督は11年前、初めて原作を読んで、人生と死を主題化した過激な設定が斬新に感じられ、シナリオの執筆を始めた。そして11年が経って「ヤンダー」を映像化するため、再びシナリオを執筆しながらおかしいと感じた。現実の“再現”という意味と、現実の“以降”という意味の“ジェヒョン(再現の韓国語発音)”と“イフ(以降の韓国語発音)”に。2人の主人公の名前はそのように誕生した。

この作品でイフは「私はここにいるよ」という言葉を繰り返す。監督は「すべての生命は証明するために存在します。存在が消えた時に不在になるのです。でも、世界がオンラインとオフラインに分けられています。オフラインの存在が不在になったとしても、オンラインで不在になるのではありません。『私はここにいるよ』『私はここにいるよ』と言うのです。10年後にはもっと多くのケースが存在するでしょう。私はそれが“ヤンダー”だと思って、ストーリーに形象化しました。『私はここにいるよ』という言葉を誰かが認知する瞬間、その人が存在することになります。私はそれが存在の概念だと思います」と、その意味について説明した。

続いて「今生きている人々を死ぬまで会わなければ、その瞬間には存在していないのです。でも死んでからある日、訃報が届くと、その人はその時から自分の中に存在するのです。それが存在です。“ヤンダー”はそのような世界観で、現実です。ある意味ではSFではありません」とつけ加えた。

「イフに『私はここにいるよ』という言葉があるなら、ジェヒョンには詩人のペクソク(白石)の『僕とナターシャと白いロバ』がある。作品の後半で重要な題材として登場するこの詩は、ジェヒョンの理想主義的、浪漫的な性向を表す。また情緒的にジェヒョンが持っている、内面の様子でもある。社会が正しいかどうかを離れ、自分の感情に忠実な、決定的な瞬間がある。そしてジェヒョンはそのような瞬間に向き合い、心からイフの痛みを共有しようとする。監督は「ジェヒョンの浪漫主義的、理想主義的な表現を、僭越ながらペク・ソクさんの詩を引用して表現しました。申し訳なく、ありがたいです」と伝えた。

「ヤンダー」は人生と死について語るが、同時に人間の利己心についても語る。作品のあちこちに監督が考える、利己心が込められている。セリフ一つひとつを噛みしめてみると、極めて自己中心的だ。特にイフがそうだ。しかし、ジェヒョンはそれを非難しない。そして自覚できなかった自分自身を振り返ってみる。イフが「あなたは感情に素直じゃない」と指摘した時、ジェヒョンは自分自身を振り返り、自分の力でそれを確認しようとする。

「ペクソクさんの詩に言及しましたが、詩人イ・ビョンリュルさんの『人が来る』という詩があります。その最後の句です。『僕たちはそれぞれ自分の力で閉められない扉が一つずつあるが、ついにその扉を閉めてくれる人が来ているのだ』と。それを見てピンと来たのです。出版社に連絡して、映画で使いたいけれど許可してほしいと。後で電話をしたのですが、来週食事することになりました。ペクソクさんも一緒ならいいけど、いないからイ・ビョンリュルさんと一緒に。ハハ」

現実で壊れた人生を捨てた人々は、安楽死を通じて“ヤンダー”へ行く。「ヤンダー」で監督が伝えるメッセージは明確だ。「永遠は果たして美しいのか」「消滅の大切さ」。監督は劇場で見られなかった別の世界のストーリーを、OTTを通じて幅広く伝えようとした。キリングタイム(Killing Time)と反対のセービングタイム(Saving Time)がある。ストーリーを見ると、もっと生きられる時間だ。そうなるためには、自分の考えと魂と内面が会わないといけない。

「では自分の魂は存在しているのか、有限か、無限か、自分の魂は美しいのか。このように考察することになるのです。どうせ今の時間はなくなるから、今の瞬間を大事にする者が最も充実していて価値があって、知人たちも大事に思う時間で満たすのです。ある映画やシリーズを見てそう思えると、満腹感が得られるでしょう」

監督は「安楽死と尊厳死の場合、若者たちは違うと思うでしょうが、還暦を過ぎた自分にとっては、自分の問題なのです。この作品は個人の差もありますが、世代の差もあります。20、30代は魂と不滅に渇きを感じません。今の瞬間が永遠ですから。でも40代、そして50、60代は残っている人生が少ない、ということを知っています。この作品を見ていると、ふと似ているんだな、と感じる瞬間があります。ですので自分の世代と合わない部分で興味を失うことになる方には申し訳なく、ご理解をお願いします」と伝えた。

それと共に彼は、美しい別れに言及した。彼は「美しい出会いは求めながら、なぜ美しい別れについては考えないのでしょうか。悲しみは必ず来ます。どうせなら美しい悲しみになってほしいと思います。私は『王の男』『ラジオスター』『玆山魚譜』でもそうしました。この作品でも美しい別れを考えましたし、それが死です」とし「イフの最初の死は、美しくないと思います。非常に利己的ですが、憎めません。正直ですから。美しい別れ。それがこの作品の目的です」と語った。

最後に彼は「ヤンダー」に保存したい記憶について聞くと、パブロ・ネルーダの詩を引用してこのように答えた。「『自分だったあの子はどこにいるだろうか? まだ自分の中にいるかな、それとも消えたかな』これは私が一番好きな一節です。『ヤンダー』に子ども時代のあの子を残したいです」

記者 : カン・ダユン