是枝裕和監督、初の韓国映画「ベイビー・ブローカー」は“生まれてきてよかった”とまっすぐ伝えてあげられる作品

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是枝裕和監督最新作にして 初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』が6月24日(金)より公開となる。先日開催された第75回カンヌ国際映画祭にて最優秀男優賞を受賞したソン・ガンホをはじめ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン(IU)、イ・ジュヨンら豪華キャストが集結した話題作だ。

“赤ちゃんポスト”に預けられた一人の赤ちゃんを中心に、ブローカー、刑事、母親が巡る予期せぬ旅を描きながら、家族の在り方から現代社会の問題まで描いた本作について、是枝裕和監督本人に話を聞いた。

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「善と悪の混ざった部分」をソン・ガンホの“あの笑顔”で見たかった

――監督は本作について「役者を楽しめる映画です」とコメントされていますが、それぞれのキャスティングについて理由を教えてください。まず、ソン・ガンホさんとの出会いは?

是枝裕和(以下、是枝):ソン・ガンホさんと初めてお会いしたのは釜山映画祭です。もちろん韓国を代表する俳優さんであることは存じ上げていて、『シークレット・サンシャイン』(2007)を観たばかりだったので、その話を釜山映画祭でした記憶があります。その時に受けたインタビューで「韓国の俳優で一緒に仕事したい人はいますか?」という質問に「ソン・ガンホさんです」と答えて、会場を出ようとエレベーターを待っていたら、そこにソン・ガンホさんがいて、「おお~! 本物だ!」となりました。

そんな事をきっかけにして、映画祭の後にご飯を一緒に食べに行ったり、『弁護人』(2013)の公開時にソン・ガンホさんが来日した際は、壇上でお花を渡したり、という交流は続いていて。「いつか一緒にお仕事したいです」というお話をしていました。

――ソン・ガンホさんはソン・ガンホさんらしい、憎めないアウトローさと優しさを持ったキャラクターを演じていらっしゃいました。

是枝:今回のお話を書いたのは2016年なのですが、最初に思いついたのが「神父の格好をしたソン・ガンホが“ベイビー・ボックス”に入れられた赤ん坊を取り出して、すごく良い人に見えるんだけど、裏で売ってしまっている」という設定でした。実際に出来た映画とは少し異なる部分もあるのですが、そういう「善と悪の混ざった部分」をあの笑顔で見たくて。そのワンシーンだけ最初に浮かんで、そこから生まれたプロットなんです。外が雨で、赤ん坊を抱いたソン・ガンホがいて……というシーンが撮りたかった。

――とてもミーハーな質問になってしまうのですが、ご飯を食べに行く時は、ソン・ガンホさんがお店選びをするのですか?

是枝:釜山映画祭の時は、僕の知人が色々とアレンジしてくれて、ソン・ガンホさんとキム・ジウン監督と一緒にご飯を食べました。その時に、ソン・ガンホさんが「次に入る作品で、日本語のセリフがあるので聞いて欲しい」と。色々聞いてみたのですがあまり上手じゃなくて(笑)。そうしたら、僕が(あまり上手じゃないなと)思っていたのを感じ取ったのか、別れた後に知人をつかまえて「俺の日本語のどこが変だか教えて」と話していたそうです。そんな出来事もありました。


「IUが出てくるだけで泣いてしまう」彼女の起用から見えてきた母親役

――ペ・ドゥナさんとは2作目のタッグとなりますね。

是枝:ペ・ドゥナとは本当に“馬が合う”というか。細やかな気遣いの出来る、友人としてもとても素敵な方で。ちょくちょく会っているんです。彼女は日本が大好きだから、遊びに来るとご飯を食べたり、お茶したり。「さぬき映画祭」という映画祭に呼んでいただいた時に、ペ・ドゥナがうどんが大好きなので「うどんがとても美味しい場所で映画祭があるけど来る?」と言ったら、韓国から来てくれて。映画祭ディレクターの本広克行監督とずーっとうどんを食べていました。

そんな積み重ねもありつつ、最初に一緒にやった『空気人形』(2009)で、彼女は人間役では無かったので、半ば冗談の様に「今度は人間役で出たいです」なんて話をしていたので。それがようやく実現しました。

――カン・ドンウォンさん、イ・ジウンさんはパブリックイメージとは異なる役柄が意外で魅力的でした。イ・ジウンさんは「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」をご覧になったそうですね。

是枝:そうです。僕がよく一緒に仕事をしていた、山崎裕さんというカメラマンさんがいらっしゃって、山崎さんが「『マイ・ディア・ミスター』を観たか? 最終回に『誰も知らない』※のことが出てくるんだよ」と話してきて。それがきっかけで。「IU(イ・ジウン)が良い、IUが良い。俺はもう2回観たぞ」とあまりにも言うものだから、最初は(面倒臭いオヤジだな)と聞き流していたのですが(笑)、観始めたらとても素晴らしくてハマりました。イ・ジウンさんが出てくるだけで泣いてしまう、という感じで。

※是枝裕和監督による2004年の映画。柳楽優雅や第57回カンヌ国際映画祭にて、最優秀主演男優賞を受賞。

――本作でのイ・ジウンさんも本当に素晴らしかったです。

是枝:最初は「ベイビー・ボックスに赤ちゃんを預けに来る母親」をどう描こうか、あまり固めずに書いていて。キャスティング次第でどう振ろうかなと思っていました。10代に持っていくのも可能だし、30代でもいいなと色々考えていたのですが、イ・ジウンさんに快諾いただいたので、この様な描き方になりました。

彼女が引き受ける前に、ペ・ドゥナに連絡して「こういうオファーが来たのだけど」という相談はしたみたいです。2人は短編で共演をしているので。ペ・ドゥナが「ぜひやるべきだ」と言ってくれて出演を決めてくれたみたいです。後から聞いた話なのですが。

――本作の撮影に入る前から、そういったつながりがあったのですね。

是枝:そうやってつながっていくことが、面白いですね。『空気人形』のオファーをペ・ドゥナにした時も、彼女はポン・ジュノさんに相談しているんですよね。その時もポン・ジュノさんが「ぜひやったほうがいい」と言ってくれて。本作も、撮影チームがポン(・ジュノ)さんのチームなので。最初は「スケジュール的に難しい」と断られたのですが、その事を、ポンさんに「口添えをしてほしい」という感じではなく雑談の中でしたら、ポンさんが電話してくれて、引き受けてくださったので。本当にありがたいです。

――カン・ドンウォンさんはいかがですか?

是枝:カン・ドンウォンさんも最初からあてがき(俳優を決めておいてから脚本を書くこと)です。なんか……悲しいじゃない? 悲しい役の方が似合うと思っていて。僕は、ソン・ガンホさんとカン・ドンウォンさんが共演した『義兄弟』(2010)が大好きなのだけど、ああいう「帰る場所を失った男」の役がとても良いなと。

本人はとても明るくて、優しくて、好青年で良い兄ちゃんなんです。現場でも、自分の撮影シーンが無い時は休めばいいのに、子供と一緒に遊んでくれたり、すごく面倒を見てくれて。でも役柄では悲しい役が似合う。「あの広い背中を悲しく撮りたいな」と思っていて。ソン・ガンホさんも「森で道に迷った子鹿の様な目をした男だ」と言っていたけれど、道に迷った男が似合うなと思います。


「自ら取材に」「翻訳台本を書き直し」役者それぞれのアプローチ

――主要キャラクター5名はもちろん、ヘジン役の子役の演技が素晴らしかったです。是枝監督の作品では子供のキャラクターがキーを握っていることが多いと思うのですが、ヘジンについてはいかがでしょうか。

是枝:彼が車に乗り込んでから物語が動き出すというか。オーディションだったのですが、ほぼ全員一致で彼を選んで。ただ、あまりにも言うことも聞かないので、途中で少し後悔をしました。役柄以上に破天荒な子だったので、途中何度か「このままだと、“途中で車を降りる”という設定に変えなければいけない」と、本人にお話をしたくらい(笑)。手に負えない瞬間があったので、カン・ドンウォンがいないと大変でしたね。

先日もアフレコの収録があって、『イカゲーム』の緑のジャージを着てきましたけど(笑)、「誰に会いたい?」と聞いたら「ドンス(カン・ドンウォン)」と言ってました。

――過去のインタビューを拝見して、監督はアクシデントも脚本に入れ込むこともありますものね。ヘジン君が途中でいなくならなくて良かったです(笑)。

是枝:そうですね。ヘジンも映っているものは本当に素晴らしいので。映っていない時間で、ここまで大変な子は初めてでした。

――とても繊細で絶妙なニュアンスが必要となるお話だと思います。言語が違いながらも、そういった細かな演出をどのようにしていきましたか? どのようにコミュニケーションをとっていたのでしょうか。

是枝:僕は「このやり方に合わせてくれ」という事はしないので、役者によってアプローチが違います。カン・ドンウォンさんなんかは、自分で養護施設等に取材に行って役作りのプラスになる様にリサーチをしていました。

ソン・ガンホさんはそういう事は基本的にしないので、現場に来て、現場のフィーリングで演技をする。ただ、色々なパターンを見せてくれるので。テイクごとに全部違うお芝居をしてくれました。とても面白かったです。

――ペ・ドゥナさんとはどんなやり取りをしたのでしょうか?

是枝:ペ・ドゥナが、一番時間をとって芝居についての話をしたと思います。韓国語に翻訳した台本を彼女が読んで、疑問に思った部分があったそうで、「日本語の台本も欲しい」と言われて。そこから、彼女が日本語の分かる人と読んで擦り合わせて、「この日本語の“……”にどういう意味が含まれているか教えて欲しい。韓国語の台本には“……”が無いので」といった話をされました。そこから、「そのニュアンスだと、この韓国語じゃない方が良いから、こういうのではどうか?」と提案をしてもらったり。最初の台本に書かれていた韓国語が、すごく典型的な固めの刑事言葉だったらしくて。「それは監督が選んだ言葉じゃないのでは?」と疑問に思ったそうです。

――日頃のコミュニケーションがあってこその気付きに助けられたというわけですね。

是枝:僕はペ・ドゥナにあてがきをしているので、キツイ言葉であっても、言葉の端に知的さをにじませたつもりだったのだけど、それが翻訳されて削られていたらしいです。スジン(ペ・ドゥナ)のセリフに関していうと、そこから全部書き直して、お互いの共通認識となって、安心して現場を迎えられました。とても貴重な時間だったと思います。

普段の付き合い、うどんを食べに行った経験があるからこそ、「監督はこういう言い回しはしないのでは?」と思ったわけですよね。うどんの時間はプライベートでしたが、結局演技の無駄になっていないので良かったなと思います(笑)。


韓国の撮影現場で感じた「働きやすさ」どう日本で取り入れていくか

――是枝監督は「様々な家族の形」というのを一貫して描かれている様に感じます。『ベイビー・ブローカー』を通して観客に伝えたいことは何ですか?

是枝:脚本を書きながら、韓国で様々な取材を行い、児童養護施設出身の子供たちの声にも触れました。「自分は生まれてきてよかったのか」と葛藤する彼らの切実さと向きあったとき、その問いに答えられる作品にしなければいけないという思いが膨らんでいきました。

ベイビー・ボックスに預けられた赤ん坊をいろんな思惑で売ろうとしていたブローカーたちが、どうしたらこの赤ん坊が幸せになるだろうかと考え始める表の話。裏の物語としては、母になることを選ばなかった女性たちが赤ん坊との旅を通して“母”になる話にしようと。その二つの物語が同時に進行していくことを最初から考えていました。捨てられた子が生まれたことを後悔したり、母親が産んだことを後悔したりするような着地は、この題材ではしたくなかったんです。「生まれてきてよかったんだよ」とまっすぐ伝えてあげられる作品にしたかった。そういう意味で、今回は家族よりも「命」についての話かなと考えています。

――ポン・ジュノ監督が「標準労働契約の遵守」についてお話をしたり、是枝監督もハラスメント防止について声をあげられています。本作の撮影を韓国で行い、感銘をうけたり、学んだ事はありますか?

是枝:韓国での撮影環境は本当に整っていますね。日本の映画の現場とは比べ物にならないくらいスタッフの数も多いので。だいたい、日本の倍くらいですね。日本映画の現場の良い部分もありますが、フランスで撮って、韓国で撮って比べた時に、(日本が)労働環境として遅れていることは間違いないので。そこを今後どう改善していくべきか。働きやすい現場に改善しなければ、若い人たちが職業として映画作りを選ばないですよね。

こうして映画を作りながら、多少なりとも良くなった環境を次の世代に渡さなければいけない。僕はそういう責任のある年齢でもありますから。

韓国にいる間に、KOFIC(韓国映画振興委員会※)や、DGKが行っている取り組みを学びながら、どう日本の現場に取り入れるのが良いのか。出来るだけのことをやりたいと思っています。

※KOFIC:映画製作の支援、映画発展基金の投資・運用、映像技術の開発映画の流通・配給の支援、海外市場の開拓と国際交流の推進などの様々な事業に取り組んでいる。



取材:中村梢 / 撮影:朝岡英輔

■作品情報
「ベイビー・ブローカー」
6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン(IU)、イ・ジュヨン

製作:CJ ENM
制作:ZIP CINEMA
制作協力:分福

提供:ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.
配給:ギャガ
(C) 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

【ストーリー】
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、<赤ちゃんポスト>がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(IU)が<赤ちゃんポスト>に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが……。<赤ちゃんポスト>で出会った彼らの、特別な旅が始まる。

■関連リンク
「ベイビー・ブローカー」日本公式サイト:https://gaga.ne.jp/babybroker/

記者 : Kstyle編集部