「カンチョリ」ユ・アインは「ファイ」のヨ・ジングに負けてしまうのか?

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写真=CJエンターテインメント
“過ぎたるは猶及ばざるが如し”という言葉がある。観客が泣く前に俳優が号泣し、観客の心が動く前に俳優が先手を打つといった感じだ。映画「カンチョリ」(監督:アン・グォンテ、制作:シネマサービス)の話である。

「カンチョリ」は、持っているものが何もなくても根性一つとポジティブな気持ちで人生を生きてきた釜山(プサン)の男カンチョル(ユ・アイン)が、釜山一帯の暴力団組織と関わるようになり、選択の岐路に立たされるストーリーを描いた映画だ。

映画は、釜山湾の波止場で荷役として働き、認知症になった母親のスニ(キム・ヘスク)と二人で暮らすカンチョルが様々な人物と関わりながら展開される事件を力強いタッチで描き出す。しかし、この力強さが溢れすぎて、野暮ったく感じられる。シーンに合わず、空虚に飛んでいくようなぎこちない台詞と、カンチョルと周辺人物が出会う設定があまりにも作為的だという点は映画の完成度を下げる。

それだけでなく、「ヤクザを美化する意図はなかった」という監督の説明とは異なり、映画は釜山一帯の暴力団とヤクザの悲壮美を取り扱うことに集中する。「ヤクザは遊び人だが、ごろつきは違う。ごろつきの中で親孝行しない人間はいない」という暴力団のリーダーであるサンゴン(キム・ジョンテ)の台詞は本当に必要だったのか疑問である。

特に、ユ・アインの感情的な過剰演技が観客の集中力を妨害するという点は、「カンチョリ」のもっとも残念な点だ。映画「俺たちに明日はない」「よいではないか」「ワンドゥギ」などでいつも期待以上の演技を見せてくれたユ・アインは、今回の作品で観客の予想を少しも外さないありきたりな演技で物足りなさを残した。

何よりもシーンに集中しそうになると一歩先を行くユ・アインの過剰な演技は、観客の気を抜いてしまう。母親スニの小便を素手で片付け、幼稚園児に戻ったスニの姿を見て涙を流すなど、「カンチョリ」は観客の心を鷲掴みにする決定的シーンを届けるが、本気で心を動かすことには毎回失敗する。

今月24日、マスコミ試写会直後に絶賛を受けた映画「ファイ 悪魔に育てられた少年」(監督:チャン・ジュンファン、制作:ナウフィルム)のヨ・ジングは、怒り、悲しみ、絶望などの極端な感情を行き来するキャラクターであるにもかかわらず、決して観客の感情よりも過剰な演技は見せなかった。16歳という年齢が信じがたいほどにキャラクターとドラマを圧倒しながらも、観客の先を行くというミスは犯さなかった。

ユ・アインが前作で若者の疲れと自由奔放さが同時に感じられる抜群の演技を披露しただけに、「カンチョリ」での彼の演技はさらに残念に思われる。

それでもキム・ヘスクの天真爛漫なおバカママの演技は、それだけでもスクリーンにリアリティを吹き込む。息子のカンチョルを“あなた”と呼んだり、自分のことを“キム・テヒ”だと言う憎めないおバカママのスニは、キム・ヘスクという翼をつけてスクリーンを飛び回る。

「カンチョリ」は2004年に「マイ・ブラザー」でデビューしたアン・グォンテ監督がメガホンを取り、キム・ヘスク、ユ・アイン、チョン・ユミ、キム・ジョンテ、キム・ソンオ、イ・シオンなどが出演した。上映時間108分、15歳以上観覧可、韓国で来月2日に公開される。

記者 : キム・スジョン