【ドラマレビュー】徹底的に黒くなれなかった「清潭洞アリス」…本当のアリスはソ・ユンジュだった

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※この記事にはドラマ「清潭洞アリス」の結末に関する内容が含まれています
写真=SBS

「清潭洞アリス」最終回が私たちに残したもの

チャ・スンジョ(パク・シフ)とハン・セギョン(ムン・グニョン)が互いの愛を証明する方法は100の言葉でもなく、“1兆21億ウォン(約843億円)”でもなく、ただ1回のキスシーンだった。そのように清潭洞(チョンダムドン)入りを夢見ていたアリスは、アリスを演じていたシンデレラになった。ドラマは敢えて“今後はどうなるか分からない”と余地を残したが、私たちは知っている。SBS「清潭洞アリス」(脚本:キム・ジウン、キム・ジニ、演出:チョ・スウォン、シン・スンウ)の結論は“そして、二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし”であることを。

“現実”を話していたドラマ、夢と現実の中で道に迷う

前半の「清潭洞アリス」は、これまでシンデレラドラマで使われてきた“お金はあるけれど、心の中に傷を抱いている男性主人公”と“お金はないけれど、明るくポジティブな女性主人公”の典型をそのまま借りてきながら、これを巧妙にひねり注目を集めた。ハン・セギョンが金のためにソ・インチャン(ナムグン・ミン)との愛も自身の能力も認めてもらえない凄絶さはドラマを動かす要因となった。“自身が着ているもの、身にまとっているものが眼目になる”という彼の一喝は説得力があるもので、だからこそ“キャンディ(漫画キャンディ・キャンディの主人公、お転婆で、元気に困難を乗り越えるキャラクター)を演じるキャンディ”という設定も納得できた。

しかし、問題はその次からだった。“現実を直視する”と言っていたドラマは、ハン・セギョンの欲望を叶えるために時計うさぎを探し、その時計うさぎが実は欲望を叶えてくれる対象であることを彼女が知り、もう一度現実を離れ夢に向かって走り、ついには道に迷ってしまう。ドラマはあれほどひねりたがっていたシンデレラドラマの流れを踏襲した。“キャンディのハン・セギョンでも変わったハン・セギョンでも関係ない”というチャ・スンジョの言葉のように、ドラマも“どうでもよくなった”環境の差を超えた二人の愛にこだわることになったのだ。

そして最後に、ハン・セギョンの口を借りて「現実と夢の間で半分ほど目を開けていなければならない」というメッセージを伝えた。しかし、このメッセージが本当に制作陣が伝えたかったものであるかも不明な上、このメッセージを額面通り見つめて受け入れるにはドラマの出来が荒い。制作陣が本来話したかったことより、ハン・セギョンやチャ・スンジョカップルの駆け引きの過程を描くことにより多くの時間を割いたためだ。

ソ・ユンジュ(ソ・イヒョン)の役柄が「清潭洞アリス」の意味を添えただけだった。結局、華やかだが耐え難い世界から飛び出し、新しい世界を設計し始めた人物はソ・ユンジュであるためだ。アリスとシンデレラの境界でどちらにも行けなかったハン・セギョンに比べて、夢から覚めて現実に目覚めた本当の意味の「清潭洞アリス」はソ・ユンジュだった。また、シンデレラドラマで女性主人公が現実的な欲望を表し、これを男性主人公が理解しようとすることでドラマが結末を迎えたことも「清潭洞アリス」ならではの成果と言える。

「清潭洞アリス」が面白くなかったわけではない。夢と現実の間でさまよったアリスのように、最初に制作陣が示した設計図と実際の結果が違った点が残念なだけだ。シンデレラドラマの枠を脱皮しようとしながらも、ドラマの中の主人公が幸せな結末を迎えなければならないという一種の幻想のため、確固たる主題意識を示せなかった点はなおさら残念だ。劇中でハン・セギョンを引き締めたソ・ユンジュの言葉のように「黒くなると決めたら、徹底的に黒くならなければ」ならなかった。

最後に小さな疑問がある。ベジタリアンだと言っていたタミー・ホン(キム・ジソク)が突然美味しそうな肉のペテが入った手作りバーガーを前にしてハン・セギョンと話をしていたシーンが登場したのはなぜだろうか。タミー・ホンが自身の信念まで捨てるほどハン・セギョンに向けた純愛を持っていたのだろうか。ハン・セギョンが二人分を食べるほど大食いなのだろうか。実はタミー・ホンの手作りバーガーのみ豆で作られたのだろうか。それとも、ドラマの中の設定を意識できなかった制作陣のミスが作った“玉の瑕”だっただろうか。

記者 : イ・ミナ