【スターコラム】BIGBANGのG-DRAGON、人間クォン・ジヨンの細々としたストーリー ― Vol.3

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最近G-DRAGONは、東へ西へと神出鬼没している。ソウルで初のソロワールドツアーを盛況のうちに開催したかと思えば、いつの間にか6日に福岡ヤフードームで5万人の観客を動員し、「ONE OF A KIND」海外公演の砲門を開いた。BIGBANGの同僚であり、親友のSOLが支援射撃を行ったヤフードーム公演では、雨にもかかわらず多くのファンが列をなして入場するという風景を演出したとのことだ。

そして、先週末にはまた上岩(サンアム)ワールドカップ競技場に舞い戻り、YGの先輩PSY(サイ)の単独コンサート「HAPPENING」で特別ゲストとしてステージを輝かせた。彼はその場で観客の情熱的な喝采と歓呼を受けた。実力も義理も、共に最高を誇るG-DRAGON。彼のNAVERスターコラムが、残念なことに最終回を迎えた。次回また戻ってくることを約束するG-DRAGONの話を楽しんで欲しい。また、彼のワールドツアーにも多くの声援をお願いしたい。/編集者

NAVER スターコラム:G-DRAGON

子供の頃の事は、あまり覚えていないんです

こんにちは。NAVERスターコラムの読者の皆さん。もう最終回だなんて、残念です。^^
最終回なので、今日は僕が子供の頃の姿をサプライズ公開してみようかと思います。僕はおかしくも、子供の頃のことをあまり覚えていないんです。母から「あんた子供の頃、ここに来て本当に嬉しがってたよ」と言われれば思い出しても良さそうなものですが、全然思い浮かばないんです。両親から昔の写真を見せられても、「本当にこれが僕?」という姿が多いです。

子供の頃は、子役として演技も少しやっていました。幼い子役俳優の定番コース、ご存知ですよね?恥ずかしいのですが、「ポポポ」(子供番組)にも出演したし、子役の演技スクールにも通いました。当時は子供が芸能界で働くケースはそれほど多くなかったので、子役コースというものがあったそうです。オーディションに行って、エキストラとしてキャスティングされ、子役としての活動もしました。

でも、当時のことはあまり覚えていないです。母の話では、「ジヨン(G-DRAGON)は音楽やファッションなど、自分が関心のあるものにだけ徹底して集中するから、そうでない部分はあまり覚えてないみたい」だそうです。だからか、子供の頃のことはあまり覚えてません(笑)

それでも、末っ子で非常に可愛がられて育ったのはよく分かっています。両親が今の僕を誇らしく思ってくれるのが、どれほど嬉しいことか。歳を取るほど、もっと家族思いになろうとしているようです。うちの家族は、以前から父とも友達みたいで、母と姉とも友達のような関係です。家族仲が良いということが、本当に幸せだと思います。

13歳の頃から歌詞をたくさん書きましたし、16~17歳の頃から曲を作り始めました。歌詞を初めて書いたのは多分小学校4年生の時だったかと思います。当時は、歌詞を書きながら外国のラップを真似しました。


この世で一番美味しいものは、母の手料理

BIGBANGの活動で宿所で暮らしたので、家族と長く別々に暮らしていましたが、最近また実家に戻りました。本当に幼い頃からYGで練習して、帰宅して睡眠だけ取って、すぐにまた練習室へと出向く生活を繰り返していました。特に、デビューしてからはBIGBANGのメンバーたちと一緒に早く動かなければならなかったので、宿所生活は当然の選択でした。その中で、ある時点を節目に家族が無性に恋しくなったんです。家族と一緒に暮らすのって、こうだから良いんだなあと。なぜ家庭料理という言葉があるのかも分かりました。アルバム作業をするときはスタジオに閉じこもりがちですが、幸いYGの食堂は家庭料理のようにきちんとした料理が出てきます。美味しくもぐもぐします。^^ 事務所で働くときは、それがメリットです。そして、時間に余裕があるときは、実家に帰って母の手料理を食べます(笑)


会社に行っても実の兄がいるようなもの

ヤン・ヒョンソク社長に初めて会ったのは、僕が13歳の頃でした。YGがこんなに大きくなる前に、地下の練習室とオフィスをレンタルして使っていた頃からの付き合いなので、10年は軽く超えている縁ですね。最近の「K-POPスター」でのTVでの姿より遥かに厳しくて、あまり褒めてもくれない方でした ^^ それが、社長も結婚して子供が生まれたら、本当に優しくなりました。もともと情が深い人でもありますし。

親しくなったら本当に面白い人です。ジョークも好きで、いたずらも大好きな人なんです。他の事務所の社長より良い環境を作ってくれるのもありますが、人間対人間として、多くの事をアドバイスしてくれます。社長も歌手をやっていたからか、僕たちの環境と不便を言わなくてもよく理解してくれ、何より僕がやることを大いに信じてくれる方です。僕の場合は、他のメンバーたちより特にそうです。V.IとD-LITEはまだ社長を怖がっている部分があるみたいです。僕が子供の頃は社長は怖い人だったんですが、20歳を超えて成人になり、社長とたまにお酒も飲みながら親しくなったようで本当に嬉しいです。社長も僕を実の家族のように接してくれます。


マイ・ラブ、「無限に挑戦」!!!

「無限に挑戦」には愛着が多い方です。初回から一回も見逃さず、7~8年ずっと見てきました。子供の頃から社長に、「無限に挑戦」に是非出演したいと言っていましたし、運良く縁があり、数回出演できました。僕は本当に「無限に挑戦」のファンで、メンバーの兄さんたちも僕に良くしてくれるので、感謝しています。
「無限に挑戦」を長く見ていて情が移ったからか、愛着を持っている番組です。最初の1、2回はどこで笑えばいいのか、どこがおかしいのか掴めないんですが、「無限に挑戦」の性格やメンバーたちの長期間に渡る相性、キャラの特性などを知ってから「無限に挑戦」がさらに好きになったのかも知れません。

僕はただ「無限に挑戦」の兄さんたちが遊ぶのを見ながら楽しんでいます。もし「無限に挑戦」がなかったら、土曜日が待ち遠しくならないほどのマニアです ^^


私生ファンの皆さん、怪我をしないかと心配です

僕にとって私生ファン(サセンペン:芸能人の私生活まで追いかけるファン)の問題はまだそれほど深刻ではない方です。私生という言葉自体を知らなかったんですが、ネットで検索してあんなファンもいるんだ、と思いました。でも最近、僕にも私生ファンができました。
特にコンサートをやると、海外のファンもたくさん来ますが、僕を見る機会自体が多くないので、韓国に来てはどこを行ってもよく付いてくるんです。好きでやってることですからいいんですが、ただ心配なのは、交通事故の可能性が高いことです。危険な瞬間が多いので、そこが心配です。

僕も危険ですし、追いかける方たちも危険ですし、運転される方たちも危険なので控えていただきたいと思います。今回のコンサートでも、終わってから事故になりそうなシーンがあり、ひやりとしたものです。
もちろん僕には素敵なファンの方が多いですし、コンサートで米の寄付に乗り出してくださったときは、本当に嬉しかったです。このようなファンたちを見るととても感謝しますし、もっと頑張らなければと思うようにもなります。

さあ!!それでは残念ですが、ここまでとなります。ワールドツアー、頑張って行ってきます。ここまで長文を読んでくださった読者の皆さん、本当にありがとうございます!!格好いいG-DRAGONになりたいと思います。また会いましょう ^^

文:G-DRAGON

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記者 : G-DRAGON、編集 : ソン・ナムウォン局長(OSEN)、写真 : G-DRAGON、YGエンターテインメント、OSEN