ラ・ミラン、無名時代の苦労を語る「赤ちゃんをおぶってオーディションを受けた」
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写真=「COSMOPOLITAN」
女優ラ・ミランが、ファッション誌でこれまでの歩みを振り返った。ファッションマガジン「COSMOPOLITAN KOREA」で「FUN FEARLESS FEMALE」に選ばれた彼女は今回、「Power Is Our Nature」というコンセプトでグラビアを撮影。サテンのトレンチコートやボリューム感のあるドレスといったアイテムを着こなし、ファッショニスタの一面を披露した。
彼女の堂々としたポージングとウィットに富んだ表情には、現場から感嘆の声が尽きなかったという。
ラ・ミランは同誌のインタビューで、勇敢で愉快な女性に選ばれた感想を語った。
「実は私は『Fun』じゃないんですけど、皆さんはそう思ってくれています。人々の前に立つ芸能人にも、確かに裏の顔があります」と切り出した彼女は、こう語っている。
「華やかな姿があれば、その後ろにはとてもみすぼらしい姿もあります。例えば、今日グラビアを撮る時、私の体型に合う服がなくて苦労したのが現実じゃないですか。もちろん、カメラの前ではきれいに写るように服を合わせてくださったし、修正もしてくださるでしょう。でも、見る人々がその姿だけを真実だと思うなら、私は少し悲しいと思います。今度はお腹が出て不細工な姿が出ても、ありのままの私をお見せする企画をしてみるのはどうですか? それでも恥ずかしがらない自分の姿をお見せしたいです」
実際に、今回の撮影に際しては説得力のある彼女の言葉を採用し、修正を最小限にとどめている。
ラ・ミランは、韓国のドラマや映画シーンで独特な位置を占めるキャラクターだ。白々しいコメディから濃厚なヒューマニズムまで、“ワントップ女優”として彼女にしか成しえない演技がある。
これについては「なぜなら、以前はそのような作品がなかったからです」と一言。「過去の作品のほとんどは、女性が対象化された姿で登場したじゃないですか。美しく、スリムでなければなりませんでした。もう時代は変わり、違う話も出てきたからこそ今のような役もできたんです。人々が望む話者が変わったのです。それを、私個人の能力だと見るのは正しくないと思います」と謙虚な姿勢を見せた。
22年間の無名時代によって厳しい時期を経た彼女だが、「あらゆる苦労を経験した当時」は女優ラ・ミランに大きな力になったという。
「2歳の時に父が亡くなって、江原道(カンウォンド)の炭鉱村で暮らしていた幼い頃、結婚して妊娠をしても生計を立てられなくてフリーマーケットに足を運んでいた頃、赤ちゃんをおんぶしてオーディションを受けに行った日々……すべてが簡単なことではありませんでした。今が一番楽な時期です(笑)。あの時私が見て、経験したことや出会った人々、そのすべてが演技の源です。平凡な人々を演じる時は特にそう感じます」
そう語った彼女はさらに、「誰かにこういう話をすると『ああ、そうだったんだね』と憐みの目で見られますが、私は大丈夫です。母は1人で私たち兄弟を育てていたので他の家ほど面倒を見ることが出来ませんでしたが、何もかも壊してしまうような父はいなかったのですから(笑)。それで、私は『Fun』より『Fearless』というキーワードに合う人間だと思っています」と付け加えた。
ラ・ミランは自身の生き方について、「私は怖いものがありません。失って残念なものもないし……今はこんなにうまくいっていますが、仕事というものはいつかまた失う可能性もあります。それでも大丈夫です。なんとか腕まくりをして生きていければいいんです。私は人生に対する漠然とした恐怖がなく、言いたいことを言って、顔色もうかがいません」としながらも、「それでも、演技をしない道を考えたことはただの一瞬もありません」と強調した。
彼女の思う強さとは、まさに柔軟であることだという。
ラ・ミランは「どんなものも包容できることが、強さだと思います」と語り、「別の見かたをすれば卑怯だったり合理主義と言われるかもしれません。ただ、私は認めてしまうことが強さだと思います。私は、自分が弱虫になることも恥ずかしくありません」と自身の考えに触れ、「『そうだよ、私は弱いよ。私はバカみたいな人だよ』と認めれば怖いことはありません。そういう意味で言うと、私はとても強い人間です」と笑顔を見せた。
現在49歳の彼女は、「全盛期が82歳ぐらいに来てほしい」と笑う。「世の中にタダはありません。私が働かずして得られる収益はないんです。世の中には信じられる人もいません。それでも……そんな世の中を生きてみる価値がある。私はそう思います」と語る姿は、唯一無二の魅力を感じさせた。
記者 : パク·スイン