ピョル、約14年ぶりとなるフルアルバム「Startrail」をリリース“夫のハハが誰よりもこの時を待っていてくれた”

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写真=QUANエンターテインメント
歌手のピョルが、デビュー20周年を記念したアルバムを準備しながら、大切なことに気づいたと明かした。

ピョルは最近、ソウル麻浦(マポ)区上水洞(サンスドン)のあるカフェで約14年ぶりとなるフルアルバム「Startrail」に関するインタビューを行った。デビュー20周年を記念したアルバム「Startrail」は、星(ピョル)の軌跡という意味で、自身が描いてきた20年の軌跡、そして今後描いていく軌跡を収めた。

今回のアルバムは当初、昨年10月の発売を目標に準備していたが、ピョルの末娘が難病の診断を受けたため、延期となった。昨年ピョルは、2019年生まれの娘ソンイが「ギラン・バレー症候群」の診断を受けたと明かした。闘病を告白した後、元気になった近況を伝え、ネットユーザーから応援の声があがった。

デビュー20周年に合わせてかなり前から曲を集めていたというピョルは「突然子供が病気になってしまい、計画していたことに支障が出ました」とし、大変だった準備過程を振り返った。

彼女は「曲を全て集めてレコーディングを始めたのですが、子供が病気になってしまいレコーディングがストップしたんです。再びレコーディングをする時は待っていてくれたスタッフたちに申し訳なくて、早く終わらせたいと思いました。トイレ、ご飯の時間以外の時間で1日1曲をレコーディングするという気持ちで臨みました」とし、1日12時間レコーディング室にいたと語った。

育児と仕事を並行するのが「とても大変でした」と打ち明けたピョルは、「体は一つなのに仕事は二つです。時間を秒単位で分割して暮らしていましたし、ここ数ヶ月は睡眠も減らし、最低限のことだけをしながら一生懸命に生きていました。家に帰ってからは子供たちの面倒を見ながら母親としての仕事もしなければなりませんでした。私が選んだことですから」と話した。

また「実はアルバムは発売できないと思っていたので、心が苦しかったんです。とてもありがたくも今回完成させることができましたし、アルバム1枚を発売することがこんなに大変なことだということに気づきました。多くの方々、特に私の家族がとても苦労しました。以前フルアルバムをリリースしたことがありましたが、その時は感じられなかった大切さと特別さに今回たくさん気づきました」と語った。

ピョルは10曲が収められた今回のアルバムで「歌」「こんな夜」「年齢」「その時の私は」の計4曲の歌詞を書いた。その中で「年齢」は、結婚10周年でもあった昨年、年をとるということについて考えた彼女の率直な感情を込めた曲だ。

彼女は作詞について「歌を書きながら過ぎた日を振り返ってみると、私の年齢はもう40歳だったんです。前の数字が変わって歌詞を書くことになりましたが、20歳でデビューしてステージで光っていた20代を考えると、その時にやってきた感情が複雑でした」と振り返った。

彼女は「夫に『30で結婚したのに、私の年はもう40だよ』と言ったら、夫が『君は子供を3人も産んだじゃないか。かっこいいことだよ』と言ってくれました。おかげで私がこれまで多くのことをしてきたことが分かりました。『年齢』の歌詞には、私を見て笑う可愛い子供と夫を見て『また生まれてもこの人生を選択する』という内容になりました。本当に私の話なので、本心で書きました。私という人間についてもう少し知ることができる曲になると思います」と明かした。

アルバムの準備過程で、夫であるハハの応援が大きな力になったというピョルは「夫は私の最も偉大なファンであり、すべての過程で力になってくれた人です。結婚前も仲間だったので、忙しく活動していた時期の私を知っているじゃないですか。結婚して家にだけいる私を見ていつも申し訳なかったと言っていました。またステージに立って歌うことを誰よりも待っていてくれました」と感謝を伝えた。

記者 : オ・ユンジュ