ヨ・ジング、冷めない情熱で演技に臨む俳優

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※この記事には映画のストーリーに関する内容が含まれています。

映画「ファイ 悪魔に育てられた少年」で深い感情を見せてくれたヨ・ジングが、「西部戦線1953」ではありのままの自分を現すことに躊躇しなかった。動物的な感覚に依存して作り出した生き生きとしたエネルギーで、映画に活力を与えた。ロシアの有名な演出家コンスタンチン・スタニスラフスキー(Konstantin Stanislavski)が「舞台に立つ時は決して自分を失ってはならない」と俳優たちに注意を呼びかけたように、彼はスクリーンという空間の中で自分とよく似たような、純粋な少年の顔を加減なく見せてくれた。彼が演じた「西部戦線1953」のヨングァンは、ひょっとしたらヨ・ジングそのものかもしれないと思った。なぜなら、「今はまだ幸せだ」と明るく笑って見せる彼の顔が、一度も経験したことのない戦争を時にはコミカルに、時には悲しく全身で受け止めるヨングァンの姿と妙に重なって見えたからだ。

―「西部戦線1953」を見たが、覚悟を決めてコミカルな演技に身を投じた感じがした。数ヶ月前、KBS 2TV「芸能街中継」のインタビューで自身のタレント性について“秀”と評価したこともそうだし、コミカルな要素がある作品は似合うと思っているのか?

ヨ・ジング:ハハハ。実はそんな作品に対して欲がある。重いキャラクターも好きだが、撮影しながら面白さを感じるキャラクターにも興味がある。それは言葉通りに本当に面白いからだ。

―映画を見たら、状況が作り出す笑いもあるが、俳優自身がそんな情緒を表現して見せなければならない部分が多かった。例えば、表情の筋肉を過剰に動かしたり、目を大きく開けたり、呼吸をもう少し早く出すなどだ。

ヨ・ジング:そんな部分で意図したものはなかった。今回の作品で僕が演じたヨングァンというキャラクターは戦場に出たばかりの、まだ戦争の経験がまったくない人物だ。そして、それは実際の僕も同じなので、そんな雰囲気をわざと意図したり、作ろうとは思わなかった。状況に慣れたら慣れた感じで、ぎこちなかったらぎこちない感じで、そのままの感情を一度表現してみたいと思った。初めてそんな作業をしてみた。

―今までは決められた枠に当てはまるように演じてきたのか?

ヨ・ジング:それは作品のカラーとも関係があると思う。前作で僕が演じたキャラクターは暗い部分が多かった。重い感じもあった。あまり軽いキャラクターじゃなかったので、自分で人物の感情や色んなものを整理してまとめる必要があった。でも、「西部戦線1953」の場合はそんな風にまとめたら作為的な感じがするかもしれないと思って撮影現場で気楽に演じた。

―気楽に演じようと前もって決めたら、実際に気楽に演じられるのか?また、気楽になったからといって演技が簡単になるわけではないと思う。

ヨ・ジング:心構えの面では少し気楽だった。心配が少なくなって、ただ一度ぶつかってみようという覇気もできた。だからといって、ヨングァンというキャラクターは簡単ではなかった。戦場に一人で残された時の恐怖や、敵と一対一でばったり会った時の緊張感などがどれぐらいのものなのかぴんとこなかった。それで、むしろ「難しいけど、自然に出てくる感じに任せて一度やってみます」のような感じで演じた。撮影現場では本当に様々なことを試みた。そして、今回の撮影現場では運もついてきて、シナリオにはない面白い要素が出てくることもあった。

―どんなことがあったのか?

ヨ・ジング:初めてナムボク(ソル・ギョング)とぶつかって手榴弾を投げた時、木に当たって違うところに飛んでいってしまったことだ。本当はきちんと投げて逃げるシーンだったのに、投げたら手榴弾が後ろにあって驚いた。投げても投げても木に当たってしまった(笑) そんなことがあって僕も撮影現場では感で動くことが多かった。

―ありのままの自然な演技が映画で上手く具現されたと思う。

ヨ・ジング:実は撮影現場でこんなに作業したことは初めてで、心配が大きかった。「こうやってもいいのかな」「こんな感じで演じて上手く表現できるかな」という心配が大きかったが、監督が上手く作ってくれた気がする。臨場感もそうだし、ヨングァンというキャラクターが映画で上手く表現された気がして、映画を見ながらとても嬉しかった。

―ナムボクを殴るシーンで「ヨ・ジングは本当に腹が太い」と思った。ソル・ギョングは大先輩だからだ。そんなシーンを撮る前にお互いに話し合ったのか?

ヨ・ジング:僕がナムボクの後頭部を叩くシーンがあるが、それを(先輩に)話さず撮影した。ハハハハハ。監督に「ここで(ナムボクの)後頭部を叩くのはどうですか?」と聞いたら、監督が「叩きたかったら叩いてもいいよ」と言ったからだ。それで、先輩には言わずに叩いた。ウハハハハハ。少し緊張したが、先輩は「驚いたよ」と言っただけで許してくれた。

―今とても楽しそうに話しているが(笑)

ヨ・ジング:ハハハハ。その時、本当に面白かった。(映画で見た時の)シーン自体も面白い。

―実はこの映画で注目すべきものは、ソル・ギョングとヨ・ジングの“ケミ(共演俳優同士の相性)”がどれほど上手く表現されたのかだと思う。幸いにも、2人は年の差が感じられないほど上手く調和したように見えた。

ヨ・ジング:初めて先輩にお会いした時、先輩から「気楽に(映画の中で)敵だと思って」と言われた。それで、僕は先輩を本当に敵だと思って殴ったり、悪口を言うことができた。先輩が先に僕の気持ちを考えてくれたと思う。とても感謝した。シナリオを読む時は「ハハハ、面白い」と気軽に読んだが、いざ撮影現場で撮影することを考えたら気が重くなった。それなのに、先輩が先にそんな話をしてくれて僕はとても気楽に撮影した。

―撮影現場で経験したソル・ギョングはどんな先輩なのか?

ヨ・ジング:ソル・ギョング先輩はナムボクそのものだった。演技する時と普段の違いがまったく感じられなかった。何と説明すればいい分からないが、先輩は映画での姿とまったく同じだった。それがとても好きだった。先輩の隣にいると、自然と作品に没頭できた。

―この間、SBS「SBSテレビ芸能」でソル・ギョングに「ヨ・ジングが羨ましい部分はあるのか?」と聞いたら、「若さだ」と答えた。逆に、ヨ・ジングがソル・ギョングが羨ましいと思う部分はあるのか?

ヨ・ジング:一番羨ましい部分は先輩の“経験”だ。僕がいくら努力してもついていけない先輩の老練さと演技経験。先輩ぐらいの年齢になったら、僕もようやくそんな部分が少し期待できると思う。僕もこれから様々なキャラクターを通じて色んな経験を積み重ねながら先輩のように多様な姿を見せていきたい。

―これまで年の差が大きい先輩と共演することが多かった。

ヨ・ジング:同年代の俳優と一緒に撮影すると、撮影現場にエネルギーが溢れて雰囲気がとても明るい。もちろん、面白い。先輩たちと撮影する時も面白いが、それよりも先輩たちの演技的なエネルギーがものすごく強い。僕はただそれをそのまま受け入れればいい。そのエネルギーは僕が出せるものよりもはるかに大きいので、先輩たちと共演すると僕も知らないうちに演技が安定的に変わる気がする。

―忠武路(チュンムロ:韓国映画界の代名詞)でヨ・ジングと同年代の俳優が先輩俳優とツートップで呼吸を合わせるケースはあまりない。

ヨ・ジング:そうだ。

―そんな点でとても独歩的だと思うが、そこから来るプレッシャーはないのか?

ヨ・ジング:まったく予想しなかった質問だ。ハハ。プレッシャーはない。ただ感謝している。先輩たちと一緒に共演できるということ自体が光栄だ。先輩たちからはいつもたくさんのことを学んでいる。実質的にある言葉で教えてくれるわけではないが、隣で一緒に演技をしているうちに僕が得るものが本当に多い。先輩たちと共演することが大好きだ。

―今“先輩たち”について話しているが、実はヨ・ジングも演技を始めてからもう10年が経った。

ヨ・ジング:ハハハ。10年まではいかない。僕が思うには、演技に本格的に興味を持ってキャラクターについて研究を始めたのは約5、6年ぐらいのような気がする。

―そう考えても長い。自分が今どのぐらいの位置まで来ていると思う?

ヨ・ジング:さあ……。今はまだ先輩たちに頼って演じることが気楽な部分がある。先輩たちに助けられながら作品を引っ張っていく方が、もちろんまだ気楽だ。演技的であれ、個人的な経験であれ、僕は経験がまだ足りないからだ。多くのことを欲張ってはいない。時が来たら、僕も自然に準備ができていると思う。

―“子役”という単語を使わなくてもいいほど、子役のイメージから完全に抜け出した気がするが、ユ・スンホやイ・ヒョヌなど子役の先輩たちを見ながら僕もこんな方向に進もうと考えてみたことがあるのか?

ヨ・ジング:まず、2人は僕が見ても本当にかっこいい兄さんたちだ!でも、僕はスンホ兄さんやヒョヌ兄さんのラインではない(笑) “美男子ライン”ではないからだ。

―それは違うと思う。毎回話していた“石男子”から“美男子”にグレードアップしている気がする。

ヨ・ジング:ハハハ。僕はただ、多様なカラーを持った俳優になりたい。そんな俳優に僕一人で挑戦する感じではなく、僕の演技を見てくれる方々も一緒に共感できるような演技をする役者になりたい。それで、これからも新しいキャラクターや以前お見せしたことのない姿を研究し続けなければならないと思う。僕はまだその段階にいると思う。

―多様な姿を見せるためには色んなことを受け入れなければならないと思うが。

ヨ・ジング:良い経験、悪い経験をすべて経験してこそ演技の幅を広げることができると思う。

―恋愛も?

ヨ・ジング:恋愛もしてみないと。

―切ない愛も経験してみたいですか?

ヨ・ジング:一度やってみたい。ハハ。正直すぎたかな?切ない愛!

―大人になったらやってみたいことの3つの項目に恋愛が含まれていたから。“愛ではなく、恋愛?”と思った。

ヨ・ジング:まず最初は恋愛から(笑) 愛まで行くにはまだ心の準備が整っていない。ハハハ。まだ一度も恋愛をしたことがないので……愛で傷つくことも受け入れないと……一遍に深く傷つくと、抜け出すことができないから。

―もし傷つくことを経験したら、「西部戦線1953」の制作報告会で大人になるとやってみたいと話していた心理的にひねくれた役も演じることができるだろう。

ヨ・ジング:そのような役しかできないかもしれない!ハハハ。

―人々はヨ・ジングが大人になった時の恋愛演技をとても期待しているが、実際にロマンチックな面はあるのか?

ヨ・ジング:ないと思う(笑) 感情表現が下手だ。本当に……イベントのようなことは……ああ……絶対できない。誰かにイタズラしたり、怒らせることはできるけど、愛情表現は上手くできない。

―愛情表現の最大値はどこまでなのか?

ヨ・ジング:(愛情表現が)本当に苦手だ。無口な方だし……同性の友達が楽だ。

―今回の「西部戦線1953」の撮影スタッフたちにわざわざ手紙を書いたと聞いたが、感情表現が苦手ということは……。

ヨ・ジング:あ、それは「兄さんお疲れ様でした。色々とありがとうございました……」のような内容の手紙だ。愛情表現ではない。スタッフたちのためにしたことだからそれほどぎこちなくないが、もしかして彼女ができたらそれは違うと思う。誤解されるかもしれないが、僕は男性にはすごく優しいが、女性……異性の友達にはそれほど優しくない。僕が少し固いようだ。

―彼女ができて、優しくされたら喜ぶだろう。

ヨ・ジング:でも、女友達には優しくできる(一同爆笑) でもそうすると、女友達に「あなたにとって私は何?」と聞かれるかもしれない。ハハハハ。異性の友達は本当に難しい。

―仲良くしている女友達もいなさそうだ。

ヨ・ジング:本当に仲良くしている友達は3人ほどいる。小学校の頃からの友達で、ほぼ男友達のように過ごしている。僕の学校の隣に女子高があるが、その方向を見ることができない。視線を合わせられない。お互いに避けている。ハハ。

―(笑) 子供の頃から夢が決まっていた。演技以外のことは考えたことがないと言っていたが、どうして演技が楽しいのか?

ヨ・ジング:僕が直さなければならない性格の一つが、一つにハマるとそれだけを見る。それが、また早く冷める。冷めると絶対見ないタイプだ。友達は僕から洋銀黄鍋(すぐ沸騰し、すぐ冷めてしまう鍋)のような性格だとよく言われるので、ゲームもそうだが、いろんな面で早く飽きる方だ。でも、演技は場合の数が多いので、ずっと夢中になるしかないようだ。凄く楽しい。いつも予想外なことが起き、思い通りにいかないから根性が芽生える。

―もうすぐ二十歳になるが、演技以外に一番考えていることは?

ヨ・ジング:食べ物だ(一同笑) “チメク”(チキン+ビール)だ!本当に一度も食べたことがない。

―所信なのか?出演した映画「ファイ 怪物を飲み込んだ子」も青少年観覧不可でまだ見ていないと聞いた。

ヨ・ジング:所信でもあるし、これまで守って来たことを簡単に破ることはできないというこだわりもある。なので(来年)1月1日を待っているのだ。

―1月1日になったら何がしたいのか?

ヨ・ジング:とりあえず、ビアホールに行ってチキンとビールを食べてみたい!ハハ。

―どこかで食べているだろう(笑) 子供の頃から演技をしてきたので、過去を思い浮かべるとその時の時間が作品となり頭に思い浮かぶのか。あの時、この作品に出演していたな、のような。

ヨ・ジング:そのように考えると、より簡単に思い出せると思う。

―2年前に「背も高くて、誰かを守ってあげられるような男性が素敵な男性だと思っている」と話したことがある。どうなのか、ヨ・ジングがそのように成長しているのか?

ヨ・ジング:あ……(笑) それはワナビーだ。今はそこに責任感の強い男性を追加しなければならない。

―どんな責任?

ヨ・ジング:自分に任せられたことや自分が話したことは、できる限り守ろうとする人になりたい。なんか理想の人について話しているようだ。ハハ。

―「西部戦線1953」のチョン・ソンイル監督がマスコミ試写会で「戦争は微視的な観点では最も残酷なことであり、巨視的な観点では最高のコメディだ」と話したが、ヨ・ジングの人生は微視的に、巨視的に見た時、どんな姿なのか?

ヨ・ジング:考えたことがない(真面目に考えながら)巨視的に見た時は、多くの人々が羨ましがるほど幸運を持って生まれた人だ。そして、微視的に見た時は……ああ、難しい。ハハ。

―考える時間をあげよう。

ヨ・ジング:(暫くして)僕は……微視的に見ても幸せな人だ。やりたいことを多くの人々から応援されながらやっているから幸せだ。幸せという言葉がしきりに思い浮かぶ。だから、続けて一生懸命頑張りたい。

―演技をする時に辛かったり、大変だったことはないのか?そのような感情を乗り越えるほどに演技をすることが幸せなのか?

ヨ・ジング:辛いというよりは、演技をする度に思うことは「簡単なことではない」ということだ。決して楽ではない職業のようだ。常に僕の予想を超えている。演技をしていると常に僕の考えが変わるので、時には不思議に思う時もある。何かカオスのような感じがするが、その中でともかく演じる人物について定義を下すのが面白い。

―それならば、ヨ・ジングさんが考えているヨ・ジングを定義するならば?

ヨ・ジング:ああっ(笑) 僕はただ今が凄く好きだ。まだまだ幸せだ。「僕はこれからも幸せです」と言いたいが、未来はどうなるか分からないので、少し冷静に考えると、まだまだ幸せになれる条件を満たしているようだ。最近、とても幸せだ。秋だからか、天気も良いし。ハハ。

―自分のことを洋銀黄鍋に例えたが、そのような気質にもかかわらず演技を続けられたのは、演技に特別な何かがあるからではないのか?

ヨ・ジング:演技は僕にとって本当に強い炎のようだ。冷めさせない何かがある。だから、本当にありがたくて、誰よりもそれを必要としているようだ。僕の体が溶けてなくならないのならば(笑)

記者 : イ・ジョンファ、ペン・ヒョンジュン、翻訳 : ナ・ウンジョン、チェ・ユンジョン