【ドラマレビュー】「オーロラ姫」トクデの死には理由が?どんでん返しを狙った不自然な展開

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写真=MBC
MBC毎日ドラマ(月曜日から金曜日に放送されるドラマ)「オーロラ姫」から感じる不自然さは一つや二つではないはずだ。釈然としない俳優たちの降板、非現実的な設定、シャーマニズム信仰に近い宗教色、腑に落ちないストーリー展開など、非常に多くの部分が問題になって議論を巻き起こし、これはインターネット上で延長放送の反対運動という「オーロラ姫」へのボイコットにまでつながった。

最近ではオ・ロラ(チョン・ソミン)の元夫ファン・ママ(オ・チャンソク)と今の夫ソル・ソルヒ(ソ・ハジュン)がオ・ロラと同居する内容が描かれ、これも問題になっている。本当にオ・ロラを大切にしてくれるソル・ソルヒとの再会と結婚で切ないながらも甘いラブストーリーを見られると期待したが、脚本家は元夫を巻き込んで、とんでもない同棲をするようにした。

不治の病にかかった男性と再婚した元妻が気の毒で、自ら面倒を見ることを誓うファン・ママを見ながら真の博愛主義を感じなければならなかったのだろうか。すべての条件を乗り越えた偉大な愛であり、犠牲とはまさにそのようなことを指すんだと思いながら。しかし、残念ながら博愛主義どころか異常な感情の混在としか考えざるを得ない。

オ・ロラのために過去の夫と現在の夫は一緒に買い物をして料理をする。オ・ロラは二人の男性と一緒に新婚生活を送っているわけだ。ファン・ママはソル・ソルヒの髪を洗ってあげるなど、あらゆる部分で面倒を見てあげている。女性であるオ・ロラがやるには大変だという理由からだ。本当に脚本家はこのようなシーンが犠牲の織り成す美しいシーンに見えると思ったのだろうか、到底理解することができない。

また、これまで問題になってきた脚本家の“進撃の降板”は、今や人ではなく犬にまで繋がった。9日に韓国で放送された第142話ではオ・ロラが飼っていたアラスカン・マラミュートのトクデが突然死んでしまったのだ。夜になって、突然死んでいることをソル・ソルヒの母親アンナ(キム・ヨンラン)が見つけた。理由も分からず、原因もはっきりしていない。ただある日突然死んでしまったのだ。

ドラマの流れ上、降板してはいけない俳優さえもまるで大根を切るように切り捨てる中、時たま姿を見せていた犬を降板させることは何でもなかったはずだ。それにも関わらず、不思議なことにトクデの死は他の俳優たちの死よりも遥かに荘厳で意味があるように描かれ、第142話はトクデの死とこれに対するオ・ロラの悲しみで満たされた。

つまり、トクデの死にはそれなりの理由があった。トクデの死は同日のラストシーンで寝ていたソル・ソルヒの父親のソルグク(イム・ヒョク)が突然起き上がり、「代寿代命」と叫んだことに繋がる。“代寿代命”とは寿命を引き換えにして誰かの代わりにするという意味で、ある対象を代わりに犠牲にすることである人を延命できるというシャーマニズム信仰に由来する言葉だ。

結局、これは死んでいくソル・ソルヒの代わりにトクデが死に、そのおかげでソル・ソルヒが癒されて、回復することを意味する。そうした意味として捉えて「代寿代命」と叫んだソルグクは顔に微笑みを浮かべていた。だからトクデの死が人の死に劣らず一話全体を支配し、悲壮的で悲しげに描かれたのだ。

実際、犬を飼っている人にとってトクデの死は非常に心の痛むものだったかも知れない。いくら動物だとしても人と心を交わし、通じ合っていたなら家族と変わらない存在だからだ。しかも、人によく懐き、可愛く振舞う犬であれば尚更離れていくときの心は大変切なく悲痛なものだったはずだ。

しかし、「オーロラ姫」で登場したトクデの死にはこのような純粋な意図ではない別の意味が含まれており、それに気付いた瞬間、再び不愉快になるしかなかった。犬が死ぬ代わりに人が生きることを“代寿代命”という言葉で表現して、ドラマチックなどんでん返しを狙ったのだ。これもどれだけ無稽な展開で、どれだけ人の人生を軽く描いているのだろうか。

“代寿代命”という言葉を聞いた瞬間、トクデを抱き締めて嗚咽したオ・ロラの涙がこれ以上は悲しく見えなかった。オ・ロラにあれほど懐き、視聴者たちも本当に可愛がっていたトクデの死にシャーマニズム信仰を与え、話に薄っぺらな正当性を持たせようとしたのは何と後味の悪いことだろうか。

記者 : ウム・デソン