BIGBANGのSOL、幼少期のG-DRAGONとの秘話や6年間のブランクの心境を告白「もう音楽はできないと思った」

Newsen |

写真=tvN「ユ・クイズ ON THE BLOCK」放送画面キャプチャー
BIGBANGのSOLが、G-DRAGONとの友情から厳しいブランクの経験まで、様々な思いを告白した。

韓国で最近放送されたtvNバラエティ番組「ユ・クイズ ON THE BLOCK」第191話では、SOLがメンバーたちのエピソードに触れた。

この日、SOLは芸能界に足を踏み入れた理由が、通貨危機のためだったとテレビ番組で初告白した。彼は「僕が小学2年生の時、ちょうど通貨危機が起きた。父が勤めていた会社がなくなって、両親が共働きを始めた。僕は自然に叔母の家に預けられ、家族が経済的な状況のため苦労している姿を、幼いながらも見るのが辛かった」と振り返った。

SOLは当時「いくら考えても自分が勉強で成功するとは思えなかった。僕は音楽が好きだから、『音楽を頑張れば家族が苦労しないように成功できるのではないか』と思った」と明かした。

Jinuseanのミュージックビデオに子役として出演したことをきっかけに、13歳から19歳まで6年間の練習生生活を送ったSOLは、苦楽を共にした親友のG-DRAGONについて「彼が唯一だった。今もそうだけれど、大変な時間を乗り越えられるようにしてくれた唯一の友達だ。当時、他の同年代の子たちのように、学生時代の思い出があまりない。学校が終わったらすぐに練習室に向かわなければならなかった。幼い頃を振り返ると、ジヨン(G-DRAGONの本名)といつも一緒にいた記憶しかない」と語った。

続いて「僕たちの時代は、今のような練習体系がなかった。僕たちが練習室に行くと、兄さんたちが練習していた。それを見ながら、兄さんたちに言われたらお使いもしなければならなかった。実はそれを待っていた。食事を頼めと言われたら頼むし、届いたら受け取ってセッティングして片付けもした」とし、当時は先輩たちのために韓定食を頼み、自分たちは1日の食費5千ウォン(約500円)制限のため、2500ウォン(約250円)のチェユクトッバプ(辛口の豚丼)とオムライスを分けて食べたと回想した。SOLは「後輩たちの中で“注文は君が上手だ”と言われたことはないか?」という質問に、「セットするのは僕のほうが(G-DRAGONより)もう少し早くできた」と冗談を言って笑いを誘った。

またSOLは、“SOL”という活動名の前に“YBテグォン”として活動していた過去を明かした。彼は「当時はグループが結成される前だったので、(G-DRAGONと)2人でデュオで出るつもりだった。その時、仮名で韻を合わせたので、G-DRAGON、YB○○じゃないといけないから、ドラゴンと韻が合うものを探していて、『テグォンにすればいい』となった。しばらくそれで活動もした。その時は幼かったので、『名前がちょっと……』とは言えなかった」と打ち明けた。

その後、SOLは自分がつけた“SOL”という活動名でBIGBANGとしてデビューし、ヒット曲「LIES」を通じて音楽業界を席巻した。「LIES」の発売以降、生活面で変わったことはないかという質問に彼は「古い商店街のビルで過ごしていた。ネズミも出てくるような劣悪な環境だったけれど、この曲が出てから、マンションに宿舎を引っ越した。その時から好きなものを食べることができた。光陽(クァンヤン)プルコギを食べに行ったりした」と回想した。

SOLは、成功後にフレックス(見せびらかす、自慢するという意味)したことに対する質問には「子供の頃から好きだったブランドが、Chrome Heartsだ。好きなロックグループ、ヒップホップミュージシャンがいつもそのアクセサリーを着けていた。成功したらそのブランドの服をたくさん買いたいと思っていた。成功してハワイに行くことになった。ハワイの店舗がすごく安いということだったので、パーカーを買ったことを覚えている」と明かした。

SOLは2017年にアルバムを発売して以降、6年間のブランクを過ごしたことについても話した。彼は「そのようなことになった。その6年の時間が偶然にも練習生6年と同じ期間だ。本当に大変だった」と打ち明け「実はあまりにも悪い状況の連続だったので、多分ここまでかもしれない。もう音楽ができないかもしれないと思った。軍隊の中で孤立していたので、すごくもどかしかった」と振り返った。

続いて「自分にできる唯一の、息苦しさを解消できる方法は、仕事が終わって、個人整備の時間に練兵場をひたすら走ることだった。ある日、ひたすら走っていた時、目の前にとても美しい夕日が広がっていた。眺めながらいろいろ考えていると、ふとこのように思った。夕日が直面するのは結局、新しい朝ではなく、ずっと繰り返される闇だ。それでも夕日は黙々と自分にできる役割に最善を尽くしながら、世の中を彩り、夜を迎えるんだ。僕も今、自分に試練が続いているけれど、自分にできる最も美しい方法でこの困難を乗り越えていこう。再び歌手として音楽がしたいなら、新しくやり直す気持ちでやらなければならない。そうじゃないと二度と機会がないかもしれない」と、当時新たな決心をしたきっかけを告白した。

彼は「しかし、漠然とそのように思っているだけで、どのように音楽をすればいいか分からなかった。そんな時、ずっと同じ場所で待っていてくれたファンの皆さんには本当に感謝している。再起できる原動力はそこにあるんじゃないかと思った」とし、ファンへの感謝の気持ちを表した。

SOLは「アルバムを出して次のアルバムを準備する作業を繰り返していると、アルバムを発売してステージに立つことが、いつからか当たり前に思っていた部分が正直あった」とも打ち明けた。そして「このような時間を経験したら、それが決して当たり前ではないと分かった。このように音楽を作って、アルバムを出して、ステージに立つことがとても大切なことだということを、もっと大きく感じるようになった」とし、今回のアルバムを発売した心境を語った。

記者 : ソ・ユナ