「ヒザ打ち導師」ユ・ジュンサン、45歳の再発見“20代より熱い情熱”

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写真=「ヒザ打ち導師」スクリーンショット
ユ・ジュンサンが素直なトークと溢れる情熱で、「黄金漁場-ヒザ打ち導師」(以下「ヒザ打ち導師」)のMCカン・ホドン、ユ・セユン、ZE:A グァンヒはもちろん、制作陣までも驚かせた。

俳優ユ・ジュンサンは、10日夜に韓国で放送されたMBCバラエティ番組「ヒザ打ち導師」に出演し、機転の利いたトークを披露した。

大きな発声と共に「ヒザ打ち導師」のスタジオに入ってきたユ・ジュンサンは、カン・ホドン、ユ・セユン、グァンヒの適当なダンスとは対照的なミュージカルダンスを披露し、オープニングから活気溢れるエネルギーを発揮した。

「母親が病気になっているにも関わらず、『復帰したカン・ホドンの番組が成功するように全力で手助けしなさい』と言った」と話を切り出したユ・ジュンサンは、「視聴者がチャンネルを変えないようにする」と自信満々な姿を見せながら「チャンネルを変えようとする直前に大声を出したら、驚いた視聴者がリモコンを落とすので、チャンネルは変えられないはず」と説明した。

続いて、「KBS、SBSのトークショーにも出演したので、あまり話すことはないけれど、新しい話を持ってきた。今日は最善を尽くし、カン・ホドンが再びのし上がれるよう頑張るつもりだ」と意気込みを見せた。

ユ・ジュンサンは、「20代、30代の頃は、負けず嫌いだった。しかし、カン・ホドンとテニスをして以来、そんな姿は消えてしまった」と、カン・ホドンとの屈辱のテニス対決について紹介した。カン・ホドンは、「7、8年前、ユ・ジュンサンからいきなり連絡が来た。『ホドンさん、テニスをするんですって?僕も、テニスが大好きです』と言われ、1度プレイをしたが、その後8年間、連絡が絶たれた」と暴露した。

これに対してユ・ジュンサンは、「その後、テニスのラケットを手離した。カン・ホドンが打ったテニスボールが当たって、『二度とあの人とはプレーしないほうがいい』と感じた。ボールを打たれるのが怖かった」と説明した。カン・ホドンが、ユ・ジュンサンに6対0で勝ったと話すと、首の後ろをつまむようなジェスチャーを見せ、笑いを誘った。

ユ・ジュンサンは、演技に対する情熱で怪我を乗り越えたエピソードを公開した。「映画『伝説の拳』で格闘技選手の役を演じた。映画の撮影のために5億ウォン(約4220万円)を超える体育館のセットを作った作品だった。実戦を彷彿とさせる格闘技の演技の途中、左膝の十字靭帯を断裂したが、その日のうちに撮影しないと大きな損失が生じるため、とんでもない大きな苦痛を耐えながら映画の撮影を終えた」と打ち明けた。

撮影後、救急車で運ばれたユ・ジュンサンは、痛みを鎮めるために睡眠薬を打たれ、半分眠った状態でも映画の話をしていたと言う。またユ・ジュンサンは、これに関連したエピソードも紹介した。「マネージャーに小便をしたいと話したら容器を当ててくれたが、その状態で眠ってしまった。マネージャーは、容器を外したほうがいいかどうか悩んでしまったらしい。だいぶ縮まっていたのによく当ててくれたが…」と当時の状況を躊躇なく説明した。

ユ・ジュンサンの下ネタ発言に戸惑ったカン・ホドンは結局収録を中断したが、ユ・ジュンサは「視聴率を上げなければならない。視聴者はこんな話が好きだ」とし、視聴者に向けて「この時点でチャンネルを変えないで下さい」とお願いした。

またユ・ジュンサンは、「ホン・サンス監督は、撮影当日に現場で台本を書き、映画のタイトルは1ヶ月後に出る。監督が場所とキャラクターだけを考えた状態で僕をキャスティングして、海辺で撮影すると聞いたのでテントとギターを持って行った」と話を切り出した。

続いて、「ランタンを持って行くかどうか悩み、小さい物だったから持って行ったけれど、映画で一番重要なのがランタンだった。ランタンは、灯台と意味的に繋がっている核心的なもので、ほぼ主演級で映画の中心にあった。カンヌ国際映画祭でも言及されたぐらいだが、カンヌではそのエピソードが知られていなかった」と説明した。

さらに、「映画の撮影現場でギターを使い、10分で音楽を完成させた。映画で相手役を演じたイザベル・ユペールにその曲を聞かせてあげると、つまらなく興味なさそうに行動するという設定だったが、歌い終えたら賞賛を受けた。カンヌ国際映画祭の試写会の途中でも歓呼と拍手喝采を送られた。これまで数多くの映画を見てきたが、映画を見ている途中で拍手が出たのは初めてだった」と打ち明けた。

ユ・ジュンサンは、自ら作詞と作曲を手がけて歌った映画「3人のアンヌ」の挿入歌「アンヌ・ソング」を披露する前に、「『ハッピートゥゲザー3』で別の自作曲を歌ったが、ユ・ジェソクがとりわけたくさん笑っていた。今KBSで『ハッピートゥゲザー3』が放送中だけど、僕たちがこの話をしていることを知らないだろう。ユ・ジェソク、兄さんが歌を作った。後で必ずこれを聞いてみろ。あの時、お前がそんなに笑ってもよかったのかを考えながら」と話して笑いを誘った。

ユ・ジュンサンは、カン・ホドンがアルバムの宣伝疑惑を提起すると、「音源収益の全額を寄付する」と明かし、「アンヌ・ソング」は「ヒザ打ち導師」で初めて公開したと話した。カン・ホドン、ユ・セユン、グァンヒが関心を見せると、自分が作ったもう一つの曲である「メイキングルーム」も公開した。

しかし、あまり反応がよくないと分かると、テンポの速い曲も聞いて欲しいと要求し、カン・ホドンと「ヒザ打ち導師」のプロデューサーは、「早く聞いて終わらせよう。何でもいいから早い曲を流して」とユ・ジュンサンの音楽に対する情熱に白旗を上げた。

映画、ドラマ、ミュージカル、作詞、作曲まで、多彩な才能を誇るユ・ジュンサンは、「朝起きた後、発声の練習から日課を始める。暇があるたびにストレッチをして、ピアノを弾く。特にピアノショップで偶然耳にしたショパンのピアノ曲は、楽譜を購入し、左手1ヶ月、右手1ヶ月、両手1ヶ月と全3ヶ月という期間をかけて練習して曲を暗記した」と語った。

続いて、「繰り返さないとすぐ忘れてしまうので、毎日練習している。今日もミュージカルの稽古室でピアノを弾いてきた。俳優も同じだ。だから、発声、ストレッチ、ピアノの練習をしている。毎日やってきたので、今では身に付いている」と明かした。

また、「以前から常に日記を付けてきた。大学の時に一番最初に付けた日記が、『俺はなぜ開脚ストレッチができないのだろう』だった。バレエを専攻する友達が開脚できるのがうらやましく、血が出て、あざができて、股が裂けるまで開脚の訓練をした」と語った。彼は、十字靭帯断裂の負傷にもかからず開脚を見せようとしたが、思い通りに行かず、「以前は足が耳元まで届いた」と悔しい姿を見せた。

ユ・ジュンサンは、「演技の師匠で父親のように慕っている東国(トングク)大学のアン・ミンス教授から受けた「俳優は日誌を書かなければならない」という言葉に従い、一日の感想を日記に付けている。入院している間に知り合いにスキャンを頼んだが、彼がタクシーに日記帳を置いたまま降りて無くしてしまった」と打ち明けた。

続いて、「何にも変えられない大切な思い出だ。何とかしようと、同じノートを10冊買って、1日に50ページ書いたが、記憶を思い出せなかった。『ヒザ打ち導師』を通して、日記帳を『ヒザ打ち導師&ユ・ジュンサン』の名前で寄付するつもりで送ってくれた方には僕の公演をずっとお見せする」と約束した。

この日の放送でカン・ホドンは、「話を聞いただけで、本当に人生を一生懸命に生きていることが感じられる」、ユ・セユンは、「内容を聞かずに話し方だけを聞いても一生懸命に生きている人の典型のように思われる」、グァンヒは、「実は僕もエネルギュッシュな方だけど、番組で僕よりエネルギーが強い人は初めてだ」とし、ユ・ジュンサンのエネルギー溢れる姿に驚きを見せた。

視聴者もまた、放送直後に各SNSに「ユ・ジュンサンのエネルギーがありのまま伝わった」「笑って死にそうになった」「まっすぐな情熱を見習いたい」などの反応を見せた。

視聴者に楽しさと愉快なエネルギーを伝えたユ・ジュンサン。40歳を超えた年齢にも関わらず、衰えない情熱を見せてくれたユ・ジュンサンに“愉快な情熱者”という言葉をプレゼントしたい。

ユ・ジュンサンの本格的な話は、韓国で17日に引き続き放送される。ユ・ジュンサンは、オ・マンソク、リュ・ジョンハン、オク・ジュヒョン、シン・ヨンスク、イム・ヘヨンと共に12日から公開されるミュージカル「レベッカ」に出演する。

記者 : コ・ヒャンミ