リュ・シウォン、デビュー秘話を告白!六本木エリアに自身の名前がついたビルも?(動画あり)

OSEN |

写真=SBS「靴を脱いでドルシングフォーマン」放送画面キャプチャー
リュ・シウォンがデビュー秘話と共に、日本の建物に言及した。

韓国で最近放送されたSBSバラエティ番組「靴を脱いでドルシングフォーマン」に、リュ・シウォンが出演した。

この日、番組内では、リュ・シウォンを「追っかけの元祖、典型的なイケメン」と紹介し、“盤浦(パンポ)F4”時代の話が繰り広げられた。キム・ウォンジュンと一緒にいると、グラビア撮影そのものだったというリュ・シウォンは「僕は美大生で、キム・ウォンジュンは軽音楽部でバンドをしていた。大学祭の時に展示会をすると、僕の作品に花一輪を置いていく人もいた。軽音楽部のキム・ウォンジュンには、花を投げていた」と振り返った。

当時のエピソードについて、彼は「ある日、どっちが花束をたくさん貰えるか賭けようと考えた。バレンタインのチョコレートの数で決めようということになって、僕が勝った」とし、「これは最悪なことだったんだな」ときまり悪そうな表情を見せた。これに対して出演者たちは、「そんな遊びばかりしてたんだな」と羨ましがった。

また、デビューしたきっかけを尋ねると、彼は「(先にトップスターになった)キム・ウォンジュンが、芸能人の知人との席に僕を呼んだ。当時、キム・ウォンジュンの誕生日に、ナイトクラブに集まっていたけど、ソ・テジさんからカン・スジさんまでトップスターがたくさんいた。また、作曲家のキム・ヒョンソクさんもいて親しくなった。ユン・ソクホ監督が『フィーリング』を制作する際、キム・ヒョンソクさんがOST(挿入歌)を担当した。その時、監督が彼に『周りに一度も演技をしたことがない人はいないか』と尋ね、僕のことを思い出してくれた」とし、ドラマデビューすることになったきっかけを明かした。そして、ドラマ「フィーリング」にソン・ジチャンの友人の美大生としてイ・ボンの片思いの相手役で出演し、1990年代の“ライジング青春スター”として注目を集めたと伝えた。

その後、“アジアのプリンス”になった彼は、日本の六本木エリアにリュ・シウォンの名がついた建物があると明かした。建物について質問されると彼は「日本活動当時、日本の所属事務所と契約した場所だ」とし、「ファンが僕に会えない時のために、象徴的な空間を作ろうと思った」と話し、実際に“コリア プリンス リュ・シウォン”という意味の「KPR」という各種グッズから蝋人形まであるビルの写真を公開した。

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記者 : キム・スヒョン