「約束のない恋」ラ・ミラン“修飾語のない女優でありたい…末永く演技活動を続けていきたい”

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「約束のない恋」のラ・ミラン。彼女が“シーンスティラー”(シーン泥棒:助演でありながらも出演シーンをものにする俳優のこと)あるいは“名助演”になるまで

女優ラ・ミランはドラマとスクリーンを行き来し、精力的な活動を行っている。2014年2月の時点で計30本にのぼる映画と10本あまりのドラマに出演した彼女は、今年の上半期も撮影のスケジュールで多忙な毎日を送る予定だ。ラ・ミランはtvN「ブッとび!ヨンエさん13」に出演予定で、映画「私の愛、私の花嫁」にも出演する。

ラ・ミランは韓国で16日に放送したJTBC週末ドラマ「約束のない恋」の撮影後半に追い込みをかけているところだった。彼女について最も気になる部分は、これほど多くの作品に出演する理由は何なのかということだ。彼女にその理由を語ってもらった。


5人兄弟の末っ子として生まれる

「私は江原道(カンウォンド)旌善(チョンソン)にある古汗邑(コハンウプ)で生まれました。2歳の時に父が亡くなり、母が女手一つで5人の兄弟を育ててくれました。私は末の娘なのですが、ご覧の通り愛嬌はこれっぽっちもありません。幼い頃から大人っぽいと言われてきました。病気の姉がおり、母は私に気を配る余裕がありませんでした。母が生活のために働いている間、私は山や野原を走り回って遊び、男の子のように育ちました。そんな中、中学3年生の時に富川(プチョン)に引っ越しました」

「田舎から富川に引っ越してから演技に興味を持つようになり、高校3年生の時に役者になりたいと思うようになりました。ロールモデルですか?いませんでした。私は演劇一本さえ見たことがなかったのに、漠然と演技がやりたかったのです。“演技をすれば何にでもなれそうだな”という気持ちで役者を夢見て、興味深い仕事だと思っていました。だからソウル芸術大学に進学しました」


遅くなったが叶った夢

「私の場合は珍しく子供を産んでから映画に出演することができました。母たちが子供の面倒を見てくださったので育児に関して私は大したことはしていません(笑) デビュー作の映画『親切なクムジャさん』の時から外見的なものは諦めていたので、今考えてみると年をとってからこの仕事を始めたことは本当に良かったと思いますね。20代の中等半端な年齢で始めていたら、疲れてしまい諦めていたかもしれません。演技をすることは面白いです。こんな役やあんな役などを演じて、ほかの人物になれるというのが新鮮ですね」

“シーンスティラー”として有名に

「最近になってようやくオファーが入ってくるようになりました。今までは私の方からオーディションに応募していました。あるいは私の方から声をかけ、納得して頂けたら出演できたりもしました(笑) 作品のシナリオを見て“私はどれくらい演じられるかな”と想像してみます。自分にできない役は演じられませんから。劇中で面白く目立つべきか、それとも自然に溶け込むべきか、そんなことについて考えます」

「今回のドラマ『約束のない恋』での役は、完全に自分の頭の中で作り出したキャラクターです。全50話でキャラクターの一生を演じなければらならいないため、最初から典型的な人物像を作り上げました。自分の中で田舎者のような口調のドラマの中の米国製品販売業者ナ・ミスンというキャラクターを誕生させました。私がこれまで演じてきた中で最もリアリティに欠ける人物です。口調から全て作り込みました」

「舞台での公演は決まりごとの連続です。相手役、照明、音響、監督などすべての要素が決められた通りに動かなければなりません。ですが、ドラマや映画を撮影する時はたくさん練習をするタイプではありません。台本を覚えるくらいで、ほかはその時の気分によって演じています。アドリブを要求する監督が多いため、予め準備することができないのです。いつの間にか私のアドリブを待つ監督が多くなりました。『カット!』と叫ばず、どんなアドリブが出てくるか見守っていらっしゃるのです。10回ほどアドリブをして、それ以上思い付かない時は『もうありません!』と言います」

「どんな女優として残りたい?ですか?“シーンスティラー”“名助演”などと呼ばれていますが、本当は修飾語のない女優でありたいと思っています。限定されることのない女優というか、ある修飾語が付いてしまうとそれに限定されてしまうかもしれませんから。末永く演技活動を続けていきたいです。私にはほかに出来ることが何もないので。ハハハ」

記者 : ファン・ジヨン、写真 : ムン・スジ