「もう一つの約束」キム・テユン監督“外圧や不利益?大企業だからと恐れる必要はない”

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気楽に映画1本を見ることがこんなにも難しいことだったとは。予想はしていたものの、これほどだとは思わなかった。「外圧はない」と言う人々と、「外圧でなければ何なのか」と言う人々の声にも熱気が込められている。映画「もう一つの約束」のキム・テユン監督は、映画を巡る様々な意見に対して淡々とした態度を見せながら、むしろ「一体どうして大企業を恐れるのか」と反問した。

既に知られているように、「もう一つの約束」はサムスン電子を相手に世界で初めて労災認定判決を受けたファン・サンギさんの実話を基にした映画だ。制作段階から数多くのハードルを乗り越えなければならなかったこの映画は、公開直前から公開後まで難航を経なければならなかった。観客の好評と高い予約率にもかかわらず、一部のマルチプレックスシネマが多少不利な上映館を割り当てたため、「もう一つの約束」の配給社は気苦労をするしかなかった。

様々な議論があったにもかかわらず、キム・テユン監督は「もう一つの約束」を演出しながら忘れていた映画に対する純粋な情熱を取り戻したという。娘のファン・ユミさんを亡くし、大企業に向かって長い戦いを続けているファン・サンギさんを見ながら「戦い自体が一種の癒し」だということに気づいた。相手企業と合意せず、娘との約束を守る闘争の過程がまさに癒しであり、ファン・サンギさんを支えた原動力だった。

「忠武路(チュンムロ:韓国の映画界の代名詞)に入って10年目になる。10年前は商業映画、興行映画という言葉自体がなかった。大企業の資本が入ってからこのような言葉が生まれた。2006年に『残酷な出勤』で監督としてデビューした僕に、個人的なスランプがやってきた。『もう一つの約束』を作りながら『あ、僕は自分が好きな映画を撮らなければいけないな』と思った。『もう一つの約束』は僕が癒される過程でもあった」

「もう一つの約束」は、クラウドファンディング(不特定多数の人がインターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うこと)と個人投資で制作費を調達して作られた初めての作品である。それぞれ異なる事情を持つ市民が集まり、「もう一つの約束」が持つ意味に力を添えた。俳優パク・チョルミン、キム・ギュリ、ユン・ユソン、パク・ヒジョン、ユ・セヒョン、キム・ヨンジェ、イ・ギョンヨン、チョン・ヨンギもノーギャラで出演した。

「むしろプレッシャーはデビュー作より少なかった。『残酷な出勤』は制作費が30億ウォン(約2億8700万円)だったが、それ以上の金額を稼がなければならなかったため、プレッシャーがすごかった。市民からもらった資本はむしろ力になった。その代わりに映画の意味に同意してくれた方々や長く、厳しい戦いをしている方々の迷惑になるのではないかと心配した。人の心を動かすことができなければどうしようと思い、ファン・サンギさんをはじめとする遺族の心を忘れないようにした。それだけは必ず守ろうとした。この映画の一番大きな意味はその方々なんだから」

―映画化を決心するのは難しかったのでは?

キム・テユン:2011年6月23日に映画化を決心した。ファン・サンギさんが勝訴した日だ。正直驚いた。勝訴するとは思わなかったから。それから関連内容を調べながら漠然と映画化したいと思った。ファン・サンギさんに直接会ってから映画化に対する確信が生まれた。

―どんなところを見て確信したのか?

キム・テユン:ファン・サンギさんは痛みを味わった今も厳しい人生を生きている。にもかかわらずいつも明るく、晴れやかに笑う。彼を見ながら「もし相手企業(サムスン)と合意していたら、あんなに元気に笑うことができるだろうか」と思った。もちろん、彼も最初は僕の話を半分信じ、もう半分では疑っていた。僕のほかにも映画化したいと訪ねてきた人が多かったからだ。

―演出者としては客観性を維持することが難しかったのでは?

キム・テユン:もっと大胆に批判して欲しかったと残念に思う方々もいた。例えば、映画「弁護人」の場合であれば、平凡な学生にスパイの濡れ衣を着せて拷問したという明確な悪行がある。しかし、サムスンという会社をあのように描くには無理がある。サムスンで働いている方々もいる。彼らが渡したお金の誘惑、心理的なプレッシャーの他には表現する方法がなかった。

―そのような脈絡から、イ・ギョンヨンが演じたキョイクというキャラクターが重要だった気がする。

キム・テユン:もちろんだ。実際、キョイク役のモデルになった人物がいる。サムスン半導体のエンジニアとして生涯働いた方だ。裁判所に出席してほしいと頼んだが、結局出席しなかった。ただ彼の代わりに彼の妻が合意したと聞いた。

―映画ではチンソングループのイ室長が唯一の悪役だった。

キム・テユン:そうだ。イ室長を演じた俳優キム・ヨンジェはたくさん悩んだ。正直、「弁護人」のクァク・ドウォンのように演技することもできないし。ただ、会社のために一生懸命に働く普通の会社員のように演技してほしいと求めた。

―プラカードを持ってデモを行っていたハン・サング(パク・チョルミン)がチンソングループのバスによって閉じ込められるシーンは多少映画的だった。

キム・テユン:そのシーンも実際に起こったことだ。ファン・サンギさんが半導体工場の前でチラシを配っていると、グループの観光バス3台がファン・サンギさんを取り囲んだという。大音量でガールズグループの音楽をかけたバスが。僕らの映画が作為的だと指摘する声もあるが全くそうじゃない。ほとんどが実際にあったことだ。

―ほとんどの設定がファン・サンギさんの証言に基づいたものなのか?

キム・テユン:ファン・サンギさんとイ・ジョンラン社会保険労務士、遺族のインタビューに基づいて再構成したものだ。裁判や会議を一生懸命に取材した。様々なエピソードと事件を映画的な起承転結の構造の中で繋げることは容易ではなかった。多すぎる法律用語を観客に理解させるための作業も難しかった。

―映画の中でサムスンのパソコンが登場した。かなり長い時間クローズアップされていた気がする。

キム・テユン:はっきりと見えていた(笑) まあ、意図したことではない。

―ユンミ役の女優パク・ヒジョンが頭を丸刈りにするという根性を見せてくれた。

キム・テユン:正直、申し訳ない気持ちはなかった(笑) むしろタクシーの中で死ぬシーンを撮影する時、演出者としての僕と個人としての僕が入り乱れて大変だった。そのシーンは初日に撮影をしたが、心境が優れなかった。実際、ファン・ユミさんもファン・サンギさんのタクシーの中で亡くなった。「僕は今、初対面の女性を連れ込んで何をやっているんだ」「映画が失敗すればどうしよう」と思った。監督は本当に残酷な職業だと思う。

―外圧や不利益を心配する声が多い。

キム・テユン:身辺に危険が及ぶかもしれないという冗談は制作段階から聞いた(笑) 「君、そんなことをすると誰も気付かないうちに変死体になって発見されるぞ」と言われた。可笑しいと思った。相手は大企業に過ぎない。我々の社会は大企業と国家権力を同一線上に置いている。どうして大企業を怖がるのか。よく考えてみればあり得ない話じゃないか。その会社も損をしている。消費者が企業を怖がるということは、企業にとって重大な損失じゃないか。

記者 : キム・スジョン、写真 : ムン・スジ、映画「もう一つの約束」スチールカット