ホン姉妹「最高の愛」は地に足のついた話で始めたかった

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「ホン姉妹」ホン・ジョンウン-ホン・ミラン作家は働き者だ。2005年「快傑春香」(KBS)でデビューした後、浮き沈みが激しいドラマ市場の中で「マイガール」(SBS)、「ファンタスティック・カップル」(MBC)、「美男ですね」(SBS)など、着々と新作を発表して、毎回一定以上の打率を記録した。素材、設定、キャラクターなど、一つでも新しいものを見つけるまで会議を休むことのない彼女たちの執念深さは、自分たちの7番目のドラマである「最高の愛」(MBC)でまた、一段と成長を遂げた。
「最高の愛」でもう一度頂上に立った俳優、チャ・スンウォンは「作品はストーリーが良くなければならない。ストーリーが良くてこそ、人物も生きて、何をしても似合っていて、人々に感動を与えることができる。コメディと正劇(シリアスで深みのある内容を扱ったドラマ)を行ったり来たりする役をやってみたかったけど、このドラマの中はそんな切り替えができる仕掛けがとても良くできていた」という言葉で脚本の魅力を表現した。
23日、「最高の愛」の最終回を迎え、彼女たちに会ってみた。生きて行くために誰よりも誠実なその姿で、トッコ・ジンと視聴者の熱い愛を受けたク・エジョンのように、二人の作家もやはり“ドラマを一緒に作る人々が生きて行く問題”の重要性を語ってくれた。

―「最高の愛」の最後は結局どうなるのか。

ホン・ミラン:トッコ・ジンとク・エジョンは結婚して、子供を産んで家庭を作るが、彼らが持っている問題がみんな解決された訳ではない。“非好感”カップルになるが、二人は握った手を離さない。トッコ・ジンはビタミンドリンク剤のCMを取られるが、その代わりに牛乳のCMを取った。不仲説が出たら、これ見みがしに遠足に行こうか悩んだりする。ワー!というほどのことはないが、それが私たちなりのハッピーエンドだと思う。

「チャ・スンウォンの出演確定で“トッコダイ”(一匹狼)なトッコ・ジンが誕生した」

―全てのストーリーはとても小さいアイデアから始まる。「最高の愛」は何から始まったのか。

ホン・ジョンウン:最初から芸能界の話をするつもりはなかった。今まで記憶喪失から男装まで、ラブコメディというジャンルでできる数多くの難関はみんな扱ってみたから、悩んだ末に“好感、非好感”を考え出した。独りよがりで個性たっぷりの男と、優しいけど若干ずうずうしい女の子、この二人をどんな世界に入れるか。農村からあれこれ悩んで辿り着いたのが、芸能界だった。そしてこの二人の間に“国民の姑”(トッコ・ジンのファン)という存在を付け加えてみた(笑)

―「美男ですね」のファン・テギョン(チャン・グンソク)や「僕の彼女は九尾狐」の、チャ・テウン(イ・スンギ)など、今までほとんど男の主人公は20代前半だったのに対して、トッコ・ジンは30代後半だった。変わった点と言えばそれくらいだ。

ホン・ミラン:主人公の年齢層が高かったから、人工心臓を付けている「アイアンマン」のキャラクターを追加した。心拍数をチェックしながら生きている少し冷たい男だが、恋に落ちたときに心臓がドキドキして死ぬかもしれないと心配する設定だった。だけど、俳優はどうしてもアクションシーンを撮らなければならないから、物静かな性格よりは最初からとても熱い性格で、勝手に心臓がバックンバックンなるのをコントロールしようと必死になるキャラクターにした。また、一話のうち一回は問題を起こすストーリーの展開にした。チャ・スンウォンさんの出演が確実になって“トッコダイ”(一匹狼)という感じから名前も“トッコ・ジン”にした。基本的な性格設定としては、パク・テファン選手(水泳選手)が大会で金メダルを取った時、「なんだあいつ、あいつが金メダル取ったら、俺のCMがなくなるじゃないか」という男の設定だった(笑)

―「快傑春香」の春香 (ハン・チェヨン)や「マイガール」のジュ・ユリン(イ・ダヘ)は踏まれても何度も立ち上がる雑草のような女性主人公だったが、ク・エジョンは彼女たちとはまた違う。芸能人だがとても普通で、世間知らずな性格ながら世間ずれしていない。

ホン・ミラン:ユリンの場合は苦労しながら生計を立てるストーリーをコメディで描いた。それに詐欺をしたことも本当の詐欺ではなく、可愛い嘘として扱った。今回も一生懸命生きる女性を描こうとした点は似ているが、芸能界を背景としながら現実的に大変な部分がもっとよく見えたようだ。芸能人という、みんなが一番話しやすい職業で、全国民がご飯を食べながら一日に一回以上口にする職業だから、みんながその分野を本当によく知っている。視聴者も他人の職業に対してそこまでよく知らないけど、芸能界に対しては“A級”、“非好感”のような単語や、芸能界からいなくなったとか、人気が落ちるとどうなるのかなど、とてもよく知っている。だからさらに身近に感じられたようだ。

―前作では決定的な葛藤や現実的な問題はドラマ後半まで先送りして、一気に追い上げたりしたが、「最高の愛」ではストーリーの前半から主人公の感情が表れ、傷ついて行く過程が描かれている。

ホン・ミラン:ファンタジーの世界にいるトッコ・ジンが「俺はお前が好きだ」と言った時、地に足のついたク・エジョンが「私たち二人が好きになったら大変なことになります」と答えることからラブストーリーが始まった。二人とも芸能人で同じ仕事をしながら出会ったことにしたら、展開はまた違う。それにもし、ク・エジョンが先にトッコ・ジンのことを好きになっていたら、最初から何も話せなかったと思う。エジョンという女性は、今までの経験を通して自分のことを知っているから、大変なことだとよく分かっている。ところが、このように現実的な問題点をよく知っている女に、自分の感情だけ押し通す男が一度振られたということ、これがトッコ・ジンの感情に火をつけたようだ。それに加えて“国民の姑”という存在がいつも監視しているのも最も大きな葛藤の中心となった。

「私が悪口を言ったその本人が私の後ろで聞いているかもしれないってことを知っていてほしい」

―ある芸能人が非好感として認識される時、その前後の雰囲気をマスコミが意図的に作っていく傾向がある。トッコ・ジンが交通事故を起こしても、記者たちはク・エジョンに解明を要求する。そこに引っかかる人もいる。今、韓国の芸能界の特徴を現実的に描写している。

ホン・ミラン:13、14話でエジョンが記者会見をするシーンを通じて、この人が耐えなければならないことをできる限りたくさん見せた。それはク・エジョンというキャラクターに絶対必要な話だった。テレビのように、芸能人という職業は人々がみんな一緒に消費する面があって、有名人だから道徳的な問題を起こしたり、犯罪を犯した時、批判は避けられない。だけど、それを職業として見ないで、最初から人間として扱わない人々がいる。また、ひどく悪い書き込みをしたり、「この人はどんな扱いでも構わない」と考えることもある。

ホン・ジョンウン:以前、バラエティ番組の仕事をしていた時、会議室でみんなとご飯を食べながらテレビを見ていた。その時、ある芸人が番組に出ていて、私は何も考えず「あの人、なんか嫌だからあまり見たくないね」と話していたら、その本人が後ろに立っていたのだ。その人は聞いてないふりをして通り過ぎたが、私はその人に対して後ろめたい気持ちになって、本当に申し訳なかった。多分、悪い書き込みをする人々も同じだと思う。もし、ク・エジョンという芸能人がいたら、その人を一人の人格として見るのではなく、テレビの中に出てくる、誰かと考えているから、そうできるのではないだろうか。だから「最高の愛」を見た人は私が批判した誰かがク・エジョンのように、家族を養うために、懸命に働いていることと、甥や息子と娘の前で批判されたら、どんなに心を痛めるか、一度くらいは考えてみてほしい。私たちのドラマが何かすごい反響を起こすことまでは望んでいないけど、ただ私が批判したその人が私の後ろに立っていて、それを聞くかもしれないということを分かって欲しい。

―ク・エジョンがトッコ・ジンの言葉通り「知れば知るほど良い女」ということ以外に、なぜトッコ・ジンはそこまでこの女性を愛してしまうのかを納得させなければならなかったと思う。

ホン・ジョンウン:だから最初作ったシーンがチャン室長(チョン・マンシク)にク・エジョンが頬を平手打ちされる場面だった。

ホン・ミラン:その前にトッコ・ジンも何回もこの子を殴ったのと同じではないでしょうか。だから、タイミング良く現れて、男らしく「何してるんだ」と言える人ではなく、見て見ぬふりをしてそのまま行こうとはする。けれど、絶対それを無視することはできないのが、トッコ・ジンである。彼は自己中心的な人間で、自分の人生だけを守りたがっている人間だけど、同じ業界でこんなことをされるのがどういうことなのか、痛みを共感できない人ではないから。

ホン・ジョンウン:トッコ・ジンがエジョンに初めて感じた最も強い感情は“極と極は通じる”だと思う。いけてる芸能人を見た時は特に何も感じはなかったけど、ク・エジョンの場合はたとえ夢でも絶対なりたくないと考えている姿で、その状況をすさまじく戦場のように経験しているから、さらに痛ましく思ったのだ。このように始まった愛がますます大きくなって、守ってやりたい。ところが、ユン・ピルジュのようにカッコよくするのではなく、無理を言ってしまうのだけど(笑)

―ドラマにおける主人公は、自尊心のためや状況のために自分の感情をずっと隠したり、騙したりしている。だけど「最高の愛」では、みんなが相手を好きになった感情を正直に表わしていた点が面白かった。

ホン・ジョンウン:トッコ・ジンは最初からク・エジョンとうまくいこうとした訳ではない。あんなやつを好きになったことがとても恥ずかしくて、苦しくて、他の人には話せない状況だった。だから一番言いやすい相手のエジョンに打ち明けたのだ。だけど、トッコ・ジンが「俺はお前のことが好きだ。セリと別れるから、付き合ってくれ」と言ってもエジョンは「そうしてください」と言える状況ではない。だから、逆に正直に話せたようだ。

―前作では暗い現実や深刻な悩みは後にする方だった。それだけファンタジー的な楽しみもあったが、惜しい点もあった。「最高の愛」は「ファンタスティック・カップル」以後、一段と成長を遂げた。どんな悩みを経てここまで来られたのか。

ホン・ジョンウン:ドラマにファンタジー的な面白さを与えるためには、記憶喪失や男装をしてアイドルグループに入ったりするように、一番大きい葛藤の部分をストーリーの前半で理解させておいて、キャラクターを掴む方法がある。この話をずっと持って行けば、ドラマを面白く見ることはできるが、記憶喪失や男装には共感できない。だが、「最高の愛」ではもう少し現実的な共感を、地に足のついたストーリーで始めたかった。30代という年齢だと、自分が仕事をしていて、これを何年続けられるのかを悩む時だから、エジョンはやはりユン・ピルジュのように、空から落ちたような、なかなか良い男のもとに嫁げれば最高だと思う(笑) 自分の障害物であり、難関のように認識されているトッコ・ジンとの愛に没頭できるかという問題は、そんなに簡単ではない。

ホン・ミラン:「美男ですね」の場合は私たちが「昔、消防車(日本の少年隊のような3人組みグループ)が好きだった時、そうだったね」という感じを思い出して脚本を書いたし、「僕の彼女は九尾狐」では、命を捧げて愛するという九尾狐(尻尾が九つある狐の話)のキャラクターを取り入れて「天女幽魂」のような状況を作ってみたかった。「最高の愛」では主人公の年齢層が上がっていて、悩み自体ももう少し成熟している。しかし、意図的にもっと成熟なことを書こうとしたのではない。私たちが持っている考えをドラマで深く扱うためには、50代にならなければならないと思う(笑)

「製作費がさらに多くなれば、スタッフたちの賃金も、もう少し早く支払うことができる」

―ラブストーリーが展開される過程で、人物の感情やセリフだけではなく「椿の花」のような文学作品とジャガイモやポロロのマイク、そして磁石を利用して感情の動きを表現した。今回の作品は特にこのような仕掛けが細かく使われているが、それはどんな理由だったのか。

ホン・ジョンウン:「椿の花」や「春香伝」(韓国の代表的な古典小説)は 一番簡単に感情を理解させることができるから取り入れた。「春香伝」はみんな知っているラブストーリーで、「椿の花」は片思いについて最も幼稚で可愛い物語の古典である。

ホン・ミラン:トッコ・ジンがトップスターだから、外に出られないこともあって、ク・エジョンと会える場所があまり多くなかった。それを面白く作るために彼女の甥“ティントン”を架け橋として登場させた。それに、トッコ・ジンはとても幼稚な人だから“ティントン”の子供用の小道具ともよく似合っていたようだ。

―「ファンタスティック・カップル」のナ・サンシルもそうだったが、「最高の愛」でも大人と子供が会話しながら大人自身が自分のあり方を悟る場面を活用している。

ホン・ミラン:私たちにとって子供はひたすら純真無垢で愛さなければならない、そして、可愛いだけの存在ではない。人生をちょうど7年生きてきた、7歳の人格を持った子役を登場させる。子供を通して、汚れのない世の中を伝えようとしたわけではない。

ホン・ジョンウン:トッコ・ジンやナ・サンシルはキャラクターが強い人なので、他の大人たちとぶつかったら、一貫性が崩れてしまう。だから自分の話をありのまま受け入れてくれる、カンジャ(ジョン・スヨン)や“ティントン”のような友達を登場させた。

―飲み物や家電製品、そして携帯電話など多様なプロダクトプレイスメントを取り入れている。作家の立場では大変だったと思うが、製作環境上でプロダクトプレイスメントが必要不可欠な面もあると思う。どのように接近したのか。

ホン・ジョンウン:どうしても製作費がギリギリなので、ドラマを全体的に害さない範囲でプロダクトプレイスメントで充てる。だからトッコ・ジンが飲むビタミン飲料の場合はストーリーの前半で物語の流れを捉えながら「この場面で水とかある飲み物が登場し、飲料のボトルにトッコ・ジンの写真が付いてある。最初はク・エジョンの顔を映す時、何回か映した後に写真がある面を映すようにする」という設定を予めしておいた。このように早くお互い合意さえすれば、なるべく作品にプロダクトプレイスメントを取り入れて行きたい。

ホン・ミラン:ドラマは製作費と密接な関係を持っている。お金さえあれば、セット一つでももう少し良いものを作って、エキストラも何人かもっと使って、良いシーンを作ることができる。さらに、もう少しお金があれば、スタッフの賃金も早く支給うことができる。今まで私たちのドラマの視聴率を大きく自慢することはないが、スタッフや俳優に賃金を渡せなかったことが一度もなかったことは誇らしく思う。他の見方をすれば、作家がこんな話をするのは、本当に可哀想に見えるけど(笑) 私たちは最初から製作費の規模を小さくして、内容も充実させて、絶対潰れないようにする。みんなが一緒に生きていくためにやっていることで、こうしてこそ、良いドラマを作れる環境が維持できると思う。

―ほとんどの作品の興行成績は良い方だった。ただし、メディア環境が変わりながらドラマの視聴率自体が低くなっているが、これに対する負担はないか。

ホン・ミラン:絶対的な数値としての視聴率がたくさん記事化されて、見たらストレスになるはず。「もう少し良い視聴率が出てきそうなのに、なぜ結果が出ないのだろう」と悩む時もある。私たちは物語りを美しく繰り広げていて、結構いい感じだと思っていても「性格がきつ過ぎる」「あまり面白くない」と視聴者から攻撃されると何が間違っているのか、衝撃的な事件を物語の中に入れなければならないのか悩んだりする。それでもストーリーを計画通りに着々と進めたいと考えていても、数字が出ないとちょっとがっかりする。

ホン・ジョンウン:キャラクターが強くなるほど、そのキャラクターを守るために波風がたくさん避けていくようだ。トッコ・ジンやナ・サンシルのようなキャラクターは誰かが何かをした時、すぐに動揺する人ではない。キャラクターをダメにしてまで、ストーリーの中にわざわざ事件を取り入れたくない。このように、16話のミニシリーズ中でキャラクターをどのように活かして面白さを与えるか、これは今後もずっと私たちが悩まなければならないことでもある。

―ところで「美男ですね」は日本と台湾など、アジア圏でとてつもない人気を得た。その人気の要因を考えたことがあるのか。

ホン・ジョンウン:たぶん、内容が簡単だからだと思う。話を理解しやすくて、コメディの要素は難しくないから。アジア圏でうまくいった「マイガール」や「美男ですね」は主人公が皆、愛らしいからそのような部分を好きになってくれたようだ。
ホン・ミラン:「美男ですね」の日本版をジャニーズ所属の俳優何人かが出演することになったので、日本に招待されて来週訪問することになった。木村拓哉のサインがもらえるかもしれないと私的なことを考えている(笑) もしかしたら、初回放送を見れるかもしれない。それを見たら、視聴者の反応をもう少し詳しく知ることができそうだ。

―「最高の愛」を執筆しながら悩んだことを今後書く予定のドラマでどのように活用するのか。

ホン・ミラン:キャラクターだけで展開できるラブコメディを今後どれくらい続けられるか心配だ。実は私たちが最も目指しているコメディは映画「ライフ・イズ・ビューティフル」のような作品である。第2次世界大戦という、とてつもない悲劇をコメディに変えるということは本当にものすごい経験が必要だ。いつかは私たち姉妹もそのような作品を作れるのではないかと期待している。ただ、甥と一緒に見た時に恥ずかしくないドラマという点はこれからもずっと守って行きたい。ずっと私たちの長所を活かすことができる方向を探して、一つ一つ固めて行けば良いと思う。ナ・サンシルという人物を作り出したから、今回のトッコ・ジンが生まれたように。

記者 : チェ・ジウン、写真 : チェ・ギウォン、編集 : ジャン・ギョンジン、翻訳 : チェ・ユンジョン