セクシーに、もっとセクシーに…女性歌手の露出が大胆になる理由

OSEN |

経済市場では、景気が厳しくなるほど女性のスカート丈が短くなるという俗説がある。ところで、最近の音楽界ではガールズグループを筆頭とした女性歌手らの露出がますます大胆になっている。音楽界は今好況となっており、音楽界では経済のミニスカート論が通用しないようだ。

現在、音楽界はミニスカートの中に隠れているようなスイムスーツ、またはパンツファッションが大流行中だ。

セクシーファッションと言えば、音楽界を代表するセクシーアイコンイ・ヒョリが欠かせない。5月に3年ぶりのカムバックアルバムをリリースしたイ・ヒョリは「Miss Korea」で衝撃のスイムスーツを公開した。ミス・コリアの象徴であるワンピース水着を着て登場したのだ。

本人は否定してもIVY(アイビー)がイ・ヒョリと似た路線を歩むことに異論のある人はそれほど多くないと思われる。IVYも8年という長い空白時間を持ってから新曲で音楽界にカムバックし、スイムスーツでセクシーなイメージをアピールしている。ビキニを連想させる衣装に白いレースをはおり、これまで彼女が絶えず強調してきたセクシーなイメージを前面に出した。

新人ガールズグループの先頭走者Dal★Shabetも新曲「私の脚を見て」をリリースし、曲名のようにスイムスーツで美脚を強調している。特に、一部のメンバーは太ももにタトゥーをしており、人の視線をより脚に集中させている。

ソロとして活動している2NE1のCLは新曲「悪い子」のステージで白い水着を連想させる衣装で“衣装議論”を起こした。

メンバー全員の身長が170cmを超え“モデルドル”と呼ばれるNine Musesもセクシーコンセプト抜きでは話にならない。何を着てもセクシーになるしかない彼女らは「WILD」のMVにブラックのランジェリールックを着て登場した。予告映像は19禁の判定を受けるほどセクシーだ。

“軍統領”と呼ばれるRaNiaは新曲「Just Go」で 肌色タイツの上にシースルーを重ね着するレイヤードファッションで目の錯覚を引き起こした。特定の部分が肌色に見え、男性らのファンタジーを刺激し、議論と話題を同時に呼んだ。

Girl's Dayはアクセサリーでポイントを与え、セクシーさを際立たせた。「期待して(EXPECTATION)」を歌いながら身体のボリュームが確実にあらわれるタイトな衣装、補色でコントラストをなすサスペンダーで男性たちの想像力を刺激し、曲名のように人々に何かを期待させた。

AFTERSCHOOLは「初恋」を歌いながら脱ぐよりももっとセクシーな着る衣装を披露した。光沢パンツで美脚を強調すると共にポールダンスで夜のステージのファンタジーを与えた。

また、トゥゲウォル出身のキム・イェリムはパンツのような水着ではなく、下着姿を予告映像で公開し、一番大胆な露出として話題になた。

キム・イェリムは最近公開したミニアルバム「All Right」の予告映像で完全な下着姿で登場したが、制作者であるユン・ジョンシンは新曲が各種音楽配信ランキングを総なめにすると、「作戦が成功した」と満足している。

ガールズグループなどの女性歌手が、放送審議委員会や放送局の規定で禁止する規律を避ける方法で露出がどんどん大胆になることは仕方ない。一部ではこれが主流だと見ている。しかも、表現の自由という民主的理念に基づき、彼女らの表現方法を規制する方法やイシューはない。

彼女たちが露出する理由は二つだけだ。第一に楽曲の内容をパフォーマンスでよく表現するためで、そうでない場合はノイズマーケティングを利用し話題を集めることで広報の効果を最大化するためだ。

キム・イェリムは「All Right」という楽曲をきちんと伝えるため、女性の部屋を表現しようとし、下着姿の女性がベッドの上に横になっているシーンを出したと言っているが、必ずしも女性の部屋で女性が下着姿で横になっているわけではない。誰が見てもノイズマーケティングの一環だ。しかも「All Right」の歌詞に扇情的な内容や女性の寝室と関連した話はまったくない。

イ・ヒョリの「Miss Korea」の場合、ミスコリアを表現するためミスコリアなら着ることになっているワンピースのスイムスーツを着るのは当たり前だと見ることもできる。だが、ミスコリアのイメージなら太いウェーブで華やかにしたヘアと派手なドレスもある。あえてスイムスーツを選択したことに対し、ノイズマーケティングをまったく考えなかったと確信することはできない。

結局女性歌手本人や所属事務所は新曲をもっと人々に広く知らせるため、極端な方法を使うわけだ。ガールズグループなど、女性歌手のほとんどが男性ファンに消費される1次的なイメージはセックスアピールであることは否定できない。彼女らは自身の性的魅力を際立たせ、男性の想像力とファンタジーを刺激することで人気を得て話題に上ることができる。結局性的イメージを強調したMVや舞台衣装が男性の関心を引くしかないため、彼女らはもっとセクシーになるしかないのだ。

表現の自由という民主的な思想から見たり、作家の創作精神から見ると彼女らの露出を非難、または阻止することはできない。さらに彼女らの露出を楽しむファンも少なくない。

だが、そのようなパフォーマンスが頻繁に登場し、より強烈になるほど歌手の音楽性は相対的に退化するという事実に注目する必要がある。一部の女性歌手を除いたガールズグループと複数の女性歌手の音楽が消費性だけ強調され、深さに欠けるという評価を否定するファンはそれほど多くないと思う。歌詞は甘くて幼稚な感じがするほどでメロディはリフレイン(繰り返し)を通じて詰め込み式の洗脳に熱中するだけで、真実性と深さは足りない。

それなら、このような軽い音楽をより強烈に効率よく人々に刻印させるものは、ビジュアル効果になる。それで女性歌手は大胆になるしかないし、音楽性を吟味したい少なくない人はただ目の前の誘惑に惑わされ、消費される音楽のリズムに体を動かす軽い楽しみしか味わえない。

アメリカの音楽界で早くからパンツを露出した代表的な歌手は、マドンナだ。だが、多数の人は彼女の名前をよく覚え、20歳以上年下の男性とスキャンダルを起こしたという話題はよく知っているが、いざ彼女の歌をよく聞いたり歌ったりはしない。

これに比べ、セクシーなイメージを強調したことのないホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーの音楽は今でも最高と評価され、高い人気を得ている。セクシーは短く、音楽性は長い。

“うめき声音楽”に代表される「Love to love you baby」で有名なドナ・サマーは最初からストレートにセックスを歌の中で表現したが、決して音楽性がないと評価されたことはない。彼女は今も依然としてディスコの女王として君臨している。セクシーが決して悪くはないことを見せる良い例だが、いまだに韓国でドナ・サマーは出ていない。露出せず、音楽だけでセクシーになれるし、その音楽の音楽性が担保されればなおいい。露出だけが万能ではなく、それだけが男の病的なファンタジーを満足させる万能薬になるわけではない。

記者 : ユ・ジンモ