「カクシタル」パク・ギウン“シュンジ役、寝る度に悪夢を見た…今も追われる夢を見る”

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※この記事にはドラマ「カクシタル」の結末に関する内容が含まれています。
竹島(韓国名:独島)の話をわざわざ持ち出さなくても、昔から「巡査がやりたい?独立軍がやりたい?」という質問に対する正解は一つだけだった。KBS 2TV水木ドラマ「カクシタル」が韓国で幕を閉じた。

たとえドラマとはいえども、ヒーローの「カクシタル」のために正反対の選択をした主人公がいる。韓国の俳優でありながらも朝鮮人を苦しめる日本人を演じた俳優。悲しい日本人シュンジ役のパク・ギウンだ。

◆シュンジ役の後遺症…「見送るには時間がかかりそうだ」

デビュー10年目のパク・ギウンに「カクシタル」のシュンジ役はドラマ「チュノ~推奴~」、映画「神弓 KAMIYUMI」に継ぐ3度目の悪役だ。パク・ギウンが悪役を演じる作品はヒットするという噂が「カクシタル」全28話の連続視聴率1位でもう一度証明された。パク・ギウンは朝鮮の人々を愛する日本人だったが、初恋の相手だったモクダン(チン・セヨン)を求めて巡査となった。しかし「カクシタルさえ捕まえればオルガンを演奏しながら子供たちと歌を歌っていた教壇に戻れる」という彼の夢は、遠ざかるだけだった。

シュンジはモクダンの父親であるダムサリ(チョン・ノミン)を死なせた。またチョ団長(ソン・ビョンホ)、オ・ドンニョン(イ・ギョンシル)などモクダンと親しい人々を殺した。カクシタルに対する復讐心とイ・ガント(チュウォン)への嫉妬心が彼の手を汚してしまった。イ・ガントに撃った銃弾はモクダンの心臓を貫通した。愛する女性を自分の手で殺してしまったシュンジは、ガントとの最後の決闘の前に、拳銃で自決する。

だが、このシーンはなぜか納得できない部分があった。視聴者の多くはシュンジが拳銃を引き出しの中に隠した時、その拳銃でイ・ガントを撃つだろうと思っていた。しかし、シュンジは迷いもなく銃口を自分に向けた。事前に計画していたかのように、一瀉千里に動いた。どんでん返しだった。これについてパク・ギウンは薄く微笑み、「計画通りに騙されてくれた」と満足そうに話した。

「カクシタル」の最終話が韓国で放送された日、パク・ギウンは自身のTwitterに「終わった。さよなら、僕のシュンジ…」という短い書き込みで寂しさを表した。当時の率直な気持ちについて尋ねると、パク・ギウンは「『そろそろシュンジを見送ることができそうだ』という気持ちで書き込んだ。しかし、完璧に見送るためにはもう少し時間がかかりそうだ。まだ追われている夢を見る。狭い場所で短時間の睡眠を取ることに慣れていたせいか、先週はベッドで眠ることができず、ソファーで寝た」と赤くなった目をこすった。


◆朝鮮人を苦しめる日本人役“不幸だった”

「カクシタル」は放送前から出演を断った韓流スターの話で話題となっていた。日本ですでに人気を得ていたり、日本進出の予定がある俳優にとって、反日の印象が強い「カクシタル」に出演することは相当の覚悟が必要な作品であったはずだ。一方、日本人役を演じる俳優は、カクシタル役に比べて選択しやすかったのではないだろうか?しかし、韓民族を苦しめる日本人役を演じることはパク・ギウンにも苦痛であった。

パク・ギウンはダムサリを処刑しようとするシュンジを演じる際に心理的に最も苦しかったと告白した。苦痛から逃れるためにTwitterを始め、現場ではわざと明るく過ごしていた。折りたたみ式だった携帯電話もスマートフォンに買い替えた。パク・ギウンは「そうしないと、演技を続けることができないような気がした。僕自身が不幸であると感じるようになった。寝る度に悪夢を見た。首をギュッと絞めつけるような洋服を着ている感じだった」とため息をついた。

このような苦悩は鍾路(チョンノ)警察署の他の巡査役を演じた俳優たちと同じだった。パク・ギウンは「巡査たちは心理的に苦しんでいた。慰安婦問題や創氏改名などの歴史を描いたシーンで、非道な日本人を演じなければならなかった。いくら演技だとはいっても、苦しいのは当然だった。その度に鍾路警察署の最年長メンバーである小磯(ユン・ジノ)が僕たちをリードしてくれた。彼がいてくれて本当に助かった」と感謝の気持ちを伝えた。

チュウォンについては「良いパートナーだった。僕が力強い演技をすることができたのも、チュウォンのおかげだ」と評価した。また「チュウォンは華麗に演じるタイプではなく、ものすごい直球タイプだ。撮影の終盤を迎えた時、『彼ともう少し演技がしたい』と思った」と名残惜しい気持ちを語った。

◆演技の先生を目指すもう一つの夢

学生時代のパク・ギウンの夢は役者ではなかった。好きな芸能人もいなかった。子役のキム・ミンジョンが一時期好きだったということが全てだ。絵を描くことにしか興味がなかった美術学生で、絵の模擬試験の成績が全国10位以内だった抜群の実力の持ち主だった。そんなパク・ギウンが役者という職業を持つようになった過程が気になった。

パク・ギウンはソウル新村(シンチョン)の街でスカウトされた。目指していた大学の入試に失敗し、大きなショックを受けていた時期だった。浪人したいと思ったが、それができる環境でもなかった。他の大学に入ったが、どうしても馴染めなかった。「当時は視野が偏っていた。そんな時ちょうど街でスカウトをされた。目指していた大学で絵を描くことができないのであれば、こっちのほうがマシだと思い、始めたのが演技だった」

デビュー当時、彼に演技への欲求はなかった。パク・ギウンは「お金を稼ぎ、有名になりたかった。新人時代には安定した収入がなく、美術教室で講師として働きながら演技をしていた。演技が僕に合っていると思うよりは、ただ頑張っていた」と話した。彼は「目指していた大学に合格していたら、今演技はしていなかったかもしれない」と絵への未練も見せた。

演技はいつまでやるつもりかと聞いた。パク・ギウンは「大変だけど、面白い。できるだけ長くやりたい」と言いながらも「一生同じ職場で働く可能性は低いので、後は後輩たちを育てる仕事をやりたい」と答えた。パク・ギウンは「美術教室の講師や英語の家庭教師をしながら、教える喜びを知った。いつか演技の実力が上達すれば、後輩たちと触れ合いたい」ともう一つの夢を描いていた。

記者 : イ・ウイン、写真 : ムン・スジ