「ザ・グローリー」キム・ヒオラ、いじめから麻薬まで強烈な役柄を演じた反響は?“私から見ても最低な女だと思った”
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※この記事にはドラマのストーリーに関する内容が含まれています。
写真=NetflixNetflixシリーズ「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」(以下「ザ・グローリー」)は、学生時代のいじめと暴力により心まで壊されてしまった女性が、一生をかけて緻密に準備した凄絶な復讐とその渦に巻き込まれる人々の物語を描く。
女優のキム・ヒオラは本作で、主人公のムン・ドンウン(ソン・ヘギョ)を苦しめた5人の悪役のうちの1人で、アルコールと薬物依存症の画家イ・サラ役を演じた。キム・ヒオラは、乱暴な口調や焦点の定まらない目など、薬物中毒のイ・サラを完璧に表現し、強烈な印象を残して好評を得た。
――「ザ・グローリー」が世界のNetflix TVショー部門で1位を記録しましたね。
キム・ヒオラ:本当ですか? まだ見れていないのですが、すごいですね。
――人気を実感していますか?
キム・ヒオラ:少し実感しています。チャル(短い映像または写真)もたくさん出回っていますし、連絡もたくさんいただきます。ショートカットヘアなので、多くの方から「ダンサーみたい」と言われたのですが、今では後ろ姿だけを見て追いかけてきて「合っていますよね?」と言われます。有名になりつつあるようです。パート2が公開されてInstagramのフォロワーも増えて、恥ずかしながら「いいね!」も増えました。
――このような熱い反応は予想していましたか?
キム・ヒオラ:作品がヒットするだろうということは、脚本を読んだ時や撮影中に感じていました。私は演技の経歴は長いですが、メディアへの出演は始めたばかりです。私の人生はいつも変わらないものでした。一生懸命に演技をする人生だったのですが、ここまでの反応は予想していませんでした。周りの同僚たちがそのような変化を経験するのを見ていながらも、自分がそのようになるとは思いませんでした。作品がヒットしたら、自分も幸いさらに長く演技ができるだろうと思っていたくらいでした。30代前半あたりから演技を始めたため余計にそう思いました。静かに、長くやっていくと思っていましたが、ありがたいことにホットになった感じがあります(笑)。
――パート2を待っている時間はいかがでしたか?
キム・ヒオラ:最初から反応がすごく良くて、多くの方々から「パート2はいつ公開されるの?」と聞かれました。私たちもパート2のほうがずっと面白いという確信があったので、早く公開されてほしいと思っていたのですが、時間が空いたことがかえって楽しみになりました。周りの人々からの「いつ公開されるの?」という反応をもっと楽しみたかったです。終わったらすぐに消えてしまうので、もっと楽しみたかったですね(笑)。私自身も期待してワクワクしながら待っていました。良い作品に仕上がっているだろうという自信がありました。
――ドラマ以外での波紋を予想したのではないですか?
キム・ヒオラ:ここまでになるとは思いませんでした。この作品は子役と成人役が分かれています。私が子役から演じていたら違ったのだろうと思いました。脚本を自分の役どころ中心に読んでいたので、加害者役の俳優さんたちと脚本家さんと台本読み合わせをした時、「私たちは最初からやられっぱなしじゃない?」と話したこともありました。私たちがもっと強くてこそ、ドンウンがより強く見えるのではないかと思いましたし、子役と成人役が違ったら、ドンウンが復讐のために突っ走っていく力が落ちてしまうのではないかと心配したのですが、監督と脚本家さんから「子役の脚本を読んだら、そんなことは言えなくなるから心配するな」と言われました。本当に私が思っていたよりもずっと……自分が演じるキャラクターでありながらも最低な女だと思いました(笑)。やられて当然ですね。
――イ・サラはどのような人物だと思って表現したのですか?
キム・ヒオラ:加害には正当な理由はないと思います。理由については分析しませんでした。彼女は加害者の中で目標意識があって生きるのではなく、ただ生きなければならないから生きる人物のように思いました。意志よりも、誰かが自分を救ってくれるだろうという妄想を持っていて、生きることへの意志があまりないキャラクターだと思いました。加害者であると同時に傍観者でもあると思いました。リアクションもヨンジン(イム・ジヨン)やヘジョン(チャ・ジュヨン)のように「なになに?」と言うより、「どうでもいい」と言って薬と酒に依存して生きていく人物だと感じました。
――最初からイ・サラ役でオーディションを受けたのですか?
キム・ヒオラ:オーディションの時はそのようなものはありませんでした。脚本も公開されていませんでした。5人分くらい女性役がありました。それを読んで考えてセリフを言いました。私は5つを全て準備したのですが「サラのほうを読んでもらえますか?」と言われました。当時は、サラはないと思っていました。ヨンジンが誰なのか、ドンウンは誰なのか、誰が主人公なのかも分からなかったんです。自分ではヨンジンが合いそうだと思ったので準備して行ったら、サラを頼まれました。サラにはならないと思っていました。口調などが可愛い人だと思っていました。当時は加害者かどうかも分からず、どのような役なのかも知らなかったので、話し方が可愛らしくてラブリーなイメージの役かと思いました。その後、脚本を送っていただいて「この役できますか?」と言われました。喫煙や暴力シーンがあったのですが、女優として大丈夫かどうか丁寧に聞いてくださいました。不快だったら修正しなければならないし、女優側が「自分とは合わない」と言うケースもありますから。私は「ちゃんとできると思います」と伝えました。ラブリーだと思っていた部分が、いざ脚本を開いてみたら違っていて、悪い人格の中にも自身だけのウィットがある人物のように思いました。そのような部分を魅力的に思いました。
――麻薬のシーンはどのように研究して演じたのですか?
キム・ヒオラ:最初は単純に「酔っている状態」をイメージしました。Netflixには麻薬関連のコンテンツがたくさんあります。アメリカのドラマも多く、ドキュメンタリーも多いです。なのでNetflixをひたすら観ました。麻薬中毒から抜け出して治療を手伝っている方のドキュメンタリーもあったのですが、中毒になったらどのような状態になるのか、子供の頃からの習慣がどれほど危険なのかを語っていました。そのような部分を参考にしました。また、牧師の娘、社会的に成功した人の崩壊とはどのようなものだろうと考えました。麻薬中毒というより、ある状況によってヨンジンとヘジョンと私の対応方法が違います。そのような時に薬物に依存することを選択したのがイ・サラです。
――プロデューサーのアン・ギルホさんが、キャスティングの理由を話したことはありますか?
キム・ヒオラ:「おめでとう」と言って正式に脚本をいただきました。当時「バッド・アンド・クレイジー」も公開される前だったので、「私の何を見てこのような役を与えてくれたのだろう」と思いました。「私は君の目が好きだ。眼差しが私がイメージしていたサラに似ている。うまく作っていけそうだ」と言われました。脚本家さんも、演出家さんも、何度も「誤解しないで聞いてほしい。あなたがそうだということではなくて、目が強烈で幻想的なところが合っている」と言われました。
――最も強烈だったシーンのビハインドを教えてください。
キム・ヒオラ:パート1で、教会で向き合ったドンウンとのシーンが最初の撮影でした。個人的にソン・ヘギョさんのファンでした。リハーサルをして2人でいる時、「本当にファンです」と言いました。ありがたいことに、ヘギョさんが「その話をたくさん聞いた。演技が上手いとも聞いていて、今日は楽しみにしてきた。押されてしまわないよう、一生懸命に準備してきた」と言ってくれました。すごくありがたかったです。私の緊張をほぐそうと、自信になるようなことを言ってくれたのです。私は初心者、新人だと思っていましたが、その言葉を聞いて「そうだ、私は公演の経験があるのだから、負けていられない」と思いました。先輩はやりたいように思いっきりやってと言ってくださいました。向かい合った時にとてもきれいで、「とてもきれいだ」というセリフから始めたのですが、監督がもっとアタックしなければならないと言いました(笑)。最初の撮影がありがたくて良い時間でした。
――蛇のシーンもすごく強烈でしたね。
キム・ヒオラ:パート2で蛇の幻覚を見るシーンは体育館でのシーンの撮影中に休んでいたところ、監督が来て「12部の台本は見た?」と聞かれました。見てみて困ったり、難しいところがあれば必ず言ってほしいと。「会議をした時は十分可能だと思ったし、きちんと表現してくれれば良いシーンになりそうだと思ったけれど、俳優としては表現しづらいかもしれないから、その時は必ず言ってね」と言われました。それですごく怖かったんです。一体何だろうと思って見ましたが、私は逆に楽しみになりました。ヨンジンやヘジョンも「お姉さん、どのように表現するの? 楽しみにしているよ。サラだけが見えると思う」と言ってくれました。俳優たちはあのようなシーンに対してうまくやりたいという気持ちが強くなると思います。心配よりは、うまくやりたいというドキドキがありました。エピソードを挙げるなら、CGではなく本物のヘビを使ったことです。演技をしていたら「蛇が到着しました」という声が聞こえ、監督が「挨拶して。あなたと演じるヘビだ」と言いました。近くまで来るところは別でやりましたが、ドラマ撮影をたくさんやってきた先輩ヘビだったので、よく訓練されていて、訓練士の言う通りに動きました。愛嬌もふりまいていて、楽しく撮りました。
――いじめの加害者の中でも、階級のようなものがありましたね。
キム・ヒオラ:ヘジョンとミョンオ(キム・ゴヌ)は、私たちから得るものがあり、私たちは彼らに何かを与えながら命令する立場でした。ヨンジンとジェジュン(パク・ソンフン)は特にそうでしたし、私は中間にいて文句を言わず、気にもしませんでした。私は彼らを意図的に無視しているのではなく、全く気にしていませんでした。ヘジョンが私を馬鹿にするような発言をしても反応せず、関心もない感じです。ヨンジンが連れてきた友達、というくらいの認識で過ごしてきましたが、生まれてきた環境の違いのため、線を越えた時には意地悪だったと思います。生まれた時から彼らとは違うと思っているようです。ヨンジンやジェジュンは「お前は私の下だ」という態度で、サラは「私は関心がない」という感じですが、彼らが線を越えて来たら、そちらを見ることなく「あっちに行け」と言います。
――実際の宗教は何ですか? 両親の反応も気になります。
キム・ヒオラ:クリスチャンです。両親もクリスチャンなのですが、「ドラマの中だけの話」と言って、喜んでくれました。「薬物中毒イ・サラさん、何してるの? 薬をやっているのかな」と言いながらハマっていました(笑)。私はドラマがキリスト教を表現したというよりも、サラが自分だけの神を信じたのだと思っています。私たちがある宗教の何かをコピーしたのではありませんから。「(キリスト教の)神様」というより、私のことを救ってくれるからきっと大丈夫だと信じる神を作ったと考えました。
――「さすがキム・ウンスクだ」と思った部分はありましたか?
キム・ヒオラ:おそらく最初から最後まで、アドリブは1つもありませんでした。作家さんと監督は望まれなかったのです。地の文で行動を追加し、言葉をくだく程度で、全て台本にあることをやりました。進むにつれて「初めから私を知っていて書いたのではないか」と思うほど、セリフだけをこなせばサラとして生きられるようにしてくれました。それだけでもすごいと思いました。
――ドラマを見て作家のキム・ウンスクさんから何か言われたことはありましたか?
キム・ヒオラ:公開後にお話をする機会はあまりありませんでした。撮影が終わってから話をした時、作家さんが「あなたは成功するでしょう」と言ってくださり、「サラとしてとても上手にやってくれた」とも言われました。私の眼差しを気に入ってくださいました。サラ役だったからこそよりそう思ってくださったのでしょう。私はたくさん心配していたのに、「やりたい通りにやって。私が全部書いてあげるから。心配しないで遊んで」と言ってくださった作家さんに感謝を伝えました。すると「うまくできるから進んでいきなさい。良い選択をしなさい」と言われました。
――タバコや悪口が日常であるキャラクターを演じなければなりませんでしたね。
キム・ヒオラ:私はタバコを吸わないのですが、マネージャーがタバコをたくさん吸う人なので、一番挑戦しやすい電子タバコを買ってとお願いしました。「ザ・グローリー」の撮影に行く時は、マネージャーがタバコを吸う時間に一緒に電子タバコで練習をしました。タバコを吸っている姿が美味そうに、日常のように見えなければならないですから。悪口も男性のように言いました。悪口を刺々しく言うより、そうするほうがもっと面白いと思ったんです。なので男性たちが悪口を言う映画をたくさん探して観ました。実際はタバコをうまく吸えているシーンがそんなに多くは出てこないので、残念でした。また、劇中で大麻を吸うシーンもありました。(小道具が他のタバコより)強いと聞きました。「大変だったら吸うふりをしてもいい」と言われましたが、女優なのでやりきりたくてやったのですが、ちょっと大変でした。タバコはもう吸いたくないと思いました。監督が「口につけるだけでいい」と言いましたが、私がそれでも無理をしてやったら大変だったので、マネージャーに電子タバコは捨ててと言いました。タバコに興味を持つかもしれないと思っていましたが、幸いなことにもう二度と吸うことはなくなりました。
――サラに「クムチョギ(問題児)」というニックネームもつきましたが、演技に意図した部分があるのですか?
キム・ヒオラ:真心を込めてやっただけです。かんしゃくを起こすシーンは台本では「パパのところに行くと駄々をこねる。まるでエクソシストのような姿だ」となっていました。奇怪に見えると思ったのですが、隠されなかった可愛さだったのでしょうか(笑)。私はエクソシストのようにやってみようとしました。悪魔に憑りつかれた姿のように表現しようと思いました。友達が「(精神健康医学科専門医の)オ・ウニョン先生もあきらめたクムチョギ」というコメントを見せてくれました。
――「ザ・グローリー」の結末についてはどう思いますか? サラが一番弱かったという反応もありますね。
キム・ヒオラ:視聴者の気持ちとして、「全員死ななければいけないのではないか」とも思いました。あれ以降の彼らの人生が良いとは思えません。サラが刑務所で我に返って、芸術の魂が蘇り、絵を描いて薬を断ち切る反転がある人なのかは分かりません。そうでなければ、耐えられないと思います。ドンウンの手が直接触れなくても私たち同士が互いに攻撃し、崩れたという部分は気に入りました。彼らの堕落がむしろ現実的でもありました。
――ドラマが学校でのいじめを扱い、社会問題にもなりました。作品に出演し、そのメッセージについてどのように考えましたか?
キム・ヒオラ:これからが重要だと思います。過ぎたことも重要ですが、今後の私たちの変化が重要だと思います。今成長している青少年たち、子供たち、そしていじめをしている子の変化が重要だと常に考えています。甥(姪)がいるのですが、その子がそんなことをされたら、あるいはそのようなことをするなら、私はどうしてあげられるだろうかと考えますが、このドラマを見ながら多くの方々がそう考えたのではないかと思います。加害者が見るなら、「早く謝罪してやめなければならない」と思える機会を与えたのではないかと思います。19歳から観覧可で、子供たちは見れないので、先生や子を持つ親にたくさん見ていただきたいです。そうすれば彼らが大きく変わると思います。
――「ヘアアイロン事件」のように、実際にあった出来事を扱っている部分もあります。ドラマでは勧善懲悪で終わりますが、現実ではいじめはそのまま過ぎ去ってしまうことも多くあると思います。
キム・ヒオラ:勇気を出してもらうことができるだろうと、嬉しく思うこともあります。私は変えられないという考えを持った弱者が動ける力になるのではないでしょうか。キム・ウンスクさんもおっしゃっていましたが、もちろん現実化するのは難しいのが事実です。ヘアアイロンの事件も見ながら、人間的ではないと思い、「こんなことがあるんだ」と思いました。二度と起きてはいけないことですが、一般人の加害者含め、再照明されることは嬉しいです。「私たちのような一般人に一体どんな打撃があるのか」というセリフがありますが、公人、あるいは芸能人ではなく、一般人であっても気をつけなければならず、誰もが勇気を出せるということを知ってほしいです。
――学生時代を振り返ることもあったのではないでしょうか。
キム・ヒオラ:そうですね。私も20年前でしたが、学校生活や両親と子供の関係そのものが、昔はああいったのが多かったですから。私はどうだっただろう? と思いました。そういったことを覚えておいて、子供たちに話してあげたいです。まだ成熟しきれていない時は社会よりも友人が重要で、母親より先生が怖いんです。それがすべてではなく、恐い時は手を握っても良いという話をしてあげたいです。
――「キム・ヒオラの発見」「最大の受益者」という言葉がありますが、「ザ・グローリー」出演後に変わったことはありますか?
キム・ヒオラ:私は演技を長くやってきましたが、知られていることはあまりなく、監督も好意的であったものの、たくさん悩まれた部分があったのですが、「ザ・グローリー」の後、楽しい仕事をたくさんすることになりましたし、私という人間を多くの方が知るようになりました。最近では良い作品についても話をしていて幸せです。一生懸命やった分、ご褒美を今もらっているようで、周りも「あなたがご褒美をもらっている気分だよ。おめでとう」と言ってくれます。
――どのような女優として人々の記憶に残りたいですか?
キム・ヒオラ:ずっと、そしてまた見たい、見れなくなったら見たくなる女優になりたいです。1等をとるとか、作品に出演する度に話題になるより、「最近なぜ出てこないんだろう? 見たいのに」と思われたらいいなと思います。長く活動したいです。様々なキャラクターに挑戦してみたいですし、失敗を恐れないようにしています。
――「ザ・グローリー」はどのような意味を持った作品として記憶に残ると思いますか?
キム・ヒオラ:私にとって“グローリー”と言うにふさわしい作品ではないでしょうか。昨年、このようなインタビューを想像したでしょうか。すべてがありがたい“グローリーな”作品です。

女優のキム・ヒオラは本作で、主人公のムン・ドンウン(ソン・ヘギョ)を苦しめた5人の悪役のうちの1人で、アルコールと薬物依存症の画家イ・サラ役を演じた。キム・ヒオラは、乱暴な口調や焦点の定まらない目など、薬物中毒のイ・サラを完璧に表現し、強烈な印象を残して好評を得た。
――「ザ・グローリー」が世界のNetflix TVショー部門で1位を記録しましたね。
キム・ヒオラ:本当ですか? まだ見れていないのですが、すごいですね。
――人気を実感していますか?
キム・ヒオラ:少し実感しています。チャル(短い映像または写真)もたくさん出回っていますし、連絡もたくさんいただきます。ショートカットヘアなので、多くの方から「ダンサーみたい」と言われたのですが、今では後ろ姿だけを見て追いかけてきて「合っていますよね?」と言われます。有名になりつつあるようです。パート2が公開されてInstagramのフォロワーも増えて、恥ずかしながら「いいね!」も増えました。
――このような熱い反応は予想していましたか?
キム・ヒオラ:作品がヒットするだろうということは、脚本を読んだ時や撮影中に感じていました。私は演技の経歴は長いですが、メディアへの出演は始めたばかりです。私の人生はいつも変わらないものでした。一生懸命に演技をする人生だったのですが、ここまでの反応は予想していませんでした。周りの同僚たちがそのような変化を経験するのを見ていながらも、自分がそのようになるとは思いませんでした。作品がヒットしたら、自分も幸いさらに長く演技ができるだろうと思っていたくらいでした。30代前半あたりから演技を始めたため余計にそう思いました。静かに、長くやっていくと思っていましたが、ありがたいことにホットになった感じがあります(笑)。
――パート2を待っている時間はいかがでしたか?
キム・ヒオラ:最初から反応がすごく良くて、多くの方々から「パート2はいつ公開されるの?」と聞かれました。私たちもパート2のほうがずっと面白いという確信があったので、早く公開されてほしいと思っていたのですが、時間が空いたことがかえって楽しみになりました。周りの人々からの「いつ公開されるの?」という反応をもっと楽しみたかったです。終わったらすぐに消えてしまうので、もっと楽しみたかったですね(笑)。私自身も期待してワクワクしながら待っていました。良い作品に仕上がっているだろうという自信がありました。
――ドラマ以外での波紋を予想したのではないですか?
キム・ヒオラ:ここまでになるとは思いませんでした。この作品は子役と成人役が分かれています。私が子役から演じていたら違ったのだろうと思いました。脚本を自分の役どころ中心に読んでいたので、加害者役の俳優さんたちと脚本家さんと台本読み合わせをした時、「私たちは最初からやられっぱなしじゃない?」と話したこともありました。私たちがもっと強くてこそ、ドンウンがより強く見えるのではないかと思いましたし、子役と成人役が違ったら、ドンウンが復讐のために突っ走っていく力が落ちてしまうのではないかと心配したのですが、監督と脚本家さんから「子役の脚本を読んだら、そんなことは言えなくなるから心配するな」と言われました。本当に私が思っていたよりもずっと……自分が演じるキャラクターでありながらも最低な女だと思いました(笑)。やられて当然ですね。

キム・ヒオラ:加害には正当な理由はないと思います。理由については分析しませんでした。彼女は加害者の中で目標意識があって生きるのではなく、ただ生きなければならないから生きる人物のように思いました。意志よりも、誰かが自分を救ってくれるだろうという妄想を持っていて、生きることへの意志があまりないキャラクターだと思いました。加害者であると同時に傍観者でもあると思いました。リアクションもヨンジン(イム・ジヨン)やヘジョン(チャ・ジュヨン)のように「なになに?」と言うより、「どうでもいい」と言って薬と酒に依存して生きていく人物だと感じました。
――最初からイ・サラ役でオーディションを受けたのですか?
キム・ヒオラ:オーディションの時はそのようなものはありませんでした。脚本も公開されていませんでした。5人分くらい女性役がありました。それを読んで考えてセリフを言いました。私は5つを全て準備したのですが「サラのほうを読んでもらえますか?」と言われました。当時は、サラはないと思っていました。ヨンジンが誰なのか、ドンウンは誰なのか、誰が主人公なのかも分からなかったんです。自分ではヨンジンが合いそうだと思ったので準備して行ったら、サラを頼まれました。サラにはならないと思っていました。口調などが可愛い人だと思っていました。当時は加害者かどうかも分からず、どのような役なのかも知らなかったので、話し方が可愛らしくてラブリーなイメージの役かと思いました。その後、脚本を送っていただいて「この役できますか?」と言われました。喫煙や暴力シーンがあったのですが、女優として大丈夫かどうか丁寧に聞いてくださいました。不快だったら修正しなければならないし、女優側が「自分とは合わない」と言うケースもありますから。私は「ちゃんとできると思います」と伝えました。ラブリーだと思っていた部分が、いざ脚本を開いてみたら違っていて、悪い人格の中にも自身だけのウィットがある人物のように思いました。そのような部分を魅力的に思いました。
――麻薬のシーンはどのように研究して演じたのですか?
キム・ヒオラ:最初は単純に「酔っている状態」をイメージしました。Netflixには麻薬関連のコンテンツがたくさんあります。アメリカのドラマも多く、ドキュメンタリーも多いです。なのでNetflixをひたすら観ました。麻薬中毒から抜け出して治療を手伝っている方のドキュメンタリーもあったのですが、中毒になったらどのような状態になるのか、子供の頃からの習慣がどれほど危険なのかを語っていました。そのような部分を参考にしました。また、牧師の娘、社会的に成功した人の崩壊とはどのようなものだろうと考えました。麻薬中毒というより、ある状況によってヨンジンとヘジョンと私の対応方法が違います。そのような時に薬物に依存することを選択したのがイ・サラです。
――プロデューサーのアン・ギルホさんが、キャスティングの理由を話したことはありますか?
キム・ヒオラ:「おめでとう」と言って正式に脚本をいただきました。当時「バッド・アンド・クレイジー」も公開される前だったので、「私の何を見てこのような役を与えてくれたのだろう」と思いました。「私は君の目が好きだ。眼差しが私がイメージしていたサラに似ている。うまく作っていけそうだ」と言われました。脚本家さんも、演出家さんも、何度も「誤解しないで聞いてほしい。あなたがそうだということではなくて、目が強烈で幻想的なところが合っている」と言われました。
――最も強烈だったシーンのビハインドを教えてください。
キム・ヒオラ:パート1で、教会で向き合ったドンウンとのシーンが最初の撮影でした。個人的にソン・ヘギョさんのファンでした。リハーサルをして2人でいる時、「本当にファンです」と言いました。ありがたいことに、ヘギョさんが「その話をたくさん聞いた。演技が上手いとも聞いていて、今日は楽しみにしてきた。押されてしまわないよう、一生懸命に準備してきた」と言ってくれました。すごくありがたかったです。私の緊張をほぐそうと、自信になるようなことを言ってくれたのです。私は初心者、新人だと思っていましたが、その言葉を聞いて「そうだ、私は公演の経験があるのだから、負けていられない」と思いました。先輩はやりたいように思いっきりやってと言ってくださいました。向かい合った時にとてもきれいで、「とてもきれいだ」というセリフから始めたのですが、監督がもっとアタックしなければならないと言いました(笑)。最初の撮影がありがたくて良い時間でした。

キム・ヒオラ:パート2で蛇の幻覚を見るシーンは体育館でのシーンの撮影中に休んでいたところ、監督が来て「12部の台本は見た?」と聞かれました。見てみて困ったり、難しいところがあれば必ず言ってほしいと。「会議をした時は十分可能だと思ったし、きちんと表現してくれれば良いシーンになりそうだと思ったけれど、俳優としては表現しづらいかもしれないから、その時は必ず言ってね」と言われました。それですごく怖かったんです。一体何だろうと思って見ましたが、私は逆に楽しみになりました。ヨンジンやヘジョンも「お姉さん、どのように表現するの? 楽しみにしているよ。サラだけが見えると思う」と言ってくれました。俳優たちはあのようなシーンに対してうまくやりたいという気持ちが強くなると思います。心配よりは、うまくやりたいというドキドキがありました。エピソードを挙げるなら、CGではなく本物のヘビを使ったことです。演技をしていたら「蛇が到着しました」という声が聞こえ、監督が「挨拶して。あなたと演じるヘビだ」と言いました。近くまで来るところは別でやりましたが、ドラマ撮影をたくさんやってきた先輩ヘビだったので、よく訓練されていて、訓練士の言う通りに動きました。愛嬌もふりまいていて、楽しく撮りました。
――いじめの加害者の中でも、階級のようなものがありましたね。
キム・ヒオラ:ヘジョンとミョンオ(キム・ゴヌ)は、私たちから得るものがあり、私たちは彼らに何かを与えながら命令する立場でした。ヨンジンとジェジュン(パク・ソンフン)は特にそうでしたし、私は中間にいて文句を言わず、気にもしませんでした。私は彼らを意図的に無視しているのではなく、全く気にしていませんでした。ヘジョンが私を馬鹿にするような発言をしても反応せず、関心もない感じです。ヨンジンが連れてきた友達、というくらいの認識で過ごしてきましたが、生まれてきた環境の違いのため、線を越えた時には意地悪だったと思います。生まれた時から彼らとは違うと思っているようです。ヨンジンやジェジュンは「お前は私の下だ」という態度で、サラは「私は関心がない」という感じですが、彼らが線を越えて来たら、そちらを見ることなく「あっちに行け」と言います。
――実際の宗教は何ですか? 両親の反応も気になります。
キム・ヒオラ:クリスチャンです。両親もクリスチャンなのですが、「ドラマの中だけの話」と言って、喜んでくれました。「薬物中毒イ・サラさん、何してるの? 薬をやっているのかな」と言いながらハマっていました(笑)。私はドラマがキリスト教を表現したというよりも、サラが自分だけの神を信じたのだと思っています。私たちがある宗教の何かをコピーしたのではありませんから。「(キリスト教の)神様」というより、私のことを救ってくれるからきっと大丈夫だと信じる神を作ったと考えました。
――「さすがキム・ウンスクだ」と思った部分はありましたか?
キム・ヒオラ:おそらく最初から最後まで、アドリブは1つもありませんでした。作家さんと監督は望まれなかったのです。地の文で行動を追加し、言葉をくだく程度で、全て台本にあることをやりました。進むにつれて「初めから私を知っていて書いたのではないか」と思うほど、セリフだけをこなせばサラとして生きられるようにしてくれました。それだけでもすごいと思いました。
――ドラマを見て作家のキム・ウンスクさんから何か言われたことはありましたか?
キム・ヒオラ:公開後にお話をする機会はあまりありませんでした。撮影が終わってから話をした時、作家さんが「あなたは成功するでしょう」と言ってくださり、「サラとしてとても上手にやってくれた」とも言われました。私の眼差しを気に入ってくださいました。サラ役だったからこそよりそう思ってくださったのでしょう。私はたくさん心配していたのに、「やりたい通りにやって。私が全部書いてあげるから。心配しないで遊んで」と言ってくださった作家さんに感謝を伝えました。すると「うまくできるから進んでいきなさい。良い選択をしなさい」と言われました。
――タバコや悪口が日常であるキャラクターを演じなければなりませんでしたね。
キム・ヒオラ:私はタバコを吸わないのですが、マネージャーがタバコをたくさん吸う人なので、一番挑戦しやすい電子タバコを買ってとお願いしました。「ザ・グローリー」の撮影に行く時は、マネージャーがタバコを吸う時間に一緒に電子タバコで練習をしました。タバコを吸っている姿が美味そうに、日常のように見えなければならないですから。悪口も男性のように言いました。悪口を刺々しく言うより、そうするほうがもっと面白いと思ったんです。なので男性たちが悪口を言う映画をたくさん探して観ました。実際はタバコをうまく吸えているシーンがそんなに多くは出てこないので、残念でした。また、劇中で大麻を吸うシーンもありました。(小道具が他のタバコより)強いと聞きました。「大変だったら吸うふりをしてもいい」と言われましたが、女優なのでやりきりたくてやったのですが、ちょっと大変でした。タバコはもう吸いたくないと思いました。監督が「口につけるだけでいい」と言いましたが、私がそれでも無理をしてやったら大変だったので、マネージャーに電子タバコは捨ててと言いました。タバコに興味を持つかもしれないと思っていましたが、幸いなことにもう二度と吸うことはなくなりました。
――サラに「クムチョギ(問題児)」というニックネームもつきましたが、演技に意図した部分があるのですか?
キム・ヒオラ:真心を込めてやっただけです。かんしゃくを起こすシーンは台本では「パパのところに行くと駄々をこねる。まるでエクソシストのような姿だ」となっていました。奇怪に見えると思ったのですが、隠されなかった可愛さだったのでしょうか(笑)。私はエクソシストのようにやってみようとしました。悪魔に憑りつかれた姿のように表現しようと思いました。友達が「(精神健康医学科専門医の)オ・ウニョン先生もあきらめたクムチョギ」というコメントを見せてくれました。

キム・ヒオラ:視聴者の気持ちとして、「全員死ななければいけないのではないか」とも思いました。あれ以降の彼らの人生が良いとは思えません。サラが刑務所で我に返って、芸術の魂が蘇り、絵を描いて薬を断ち切る反転がある人なのかは分かりません。そうでなければ、耐えられないと思います。ドンウンの手が直接触れなくても私たち同士が互いに攻撃し、崩れたという部分は気に入りました。彼らの堕落がむしろ現実的でもありました。
――ドラマが学校でのいじめを扱い、社会問題にもなりました。作品に出演し、そのメッセージについてどのように考えましたか?
キム・ヒオラ:これからが重要だと思います。過ぎたことも重要ですが、今後の私たちの変化が重要だと思います。今成長している青少年たち、子供たち、そしていじめをしている子の変化が重要だと常に考えています。甥(姪)がいるのですが、その子がそんなことをされたら、あるいはそのようなことをするなら、私はどうしてあげられるだろうかと考えますが、このドラマを見ながら多くの方々がそう考えたのではないかと思います。加害者が見るなら、「早く謝罪してやめなければならない」と思える機会を与えたのではないかと思います。19歳から観覧可で、子供たちは見れないので、先生や子を持つ親にたくさん見ていただきたいです。そうすれば彼らが大きく変わると思います。
――「ヘアアイロン事件」のように、実際にあった出来事を扱っている部分もあります。ドラマでは勧善懲悪で終わりますが、現実ではいじめはそのまま過ぎ去ってしまうことも多くあると思います。
キム・ヒオラ:勇気を出してもらうことができるだろうと、嬉しく思うこともあります。私は変えられないという考えを持った弱者が動ける力になるのではないでしょうか。キム・ウンスクさんもおっしゃっていましたが、もちろん現実化するのは難しいのが事実です。ヘアアイロンの事件も見ながら、人間的ではないと思い、「こんなことがあるんだ」と思いました。二度と起きてはいけないことですが、一般人の加害者含め、再照明されることは嬉しいです。「私たちのような一般人に一体どんな打撃があるのか」というセリフがありますが、公人、あるいは芸能人ではなく、一般人であっても気をつけなければならず、誰もが勇気を出せるということを知ってほしいです。
――学生時代を振り返ることもあったのではないでしょうか。
キム・ヒオラ:そうですね。私も20年前でしたが、学校生活や両親と子供の関係そのものが、昔はああいったのが多かったですから。私はどうだっただろう? と思いました。そういったことを覚えておいて、子供たちに話してあげたいです。まだ成熟しきれていない時は社会よりも友人が重要で、母親より先生が怖いんです。それがすべてではなく、恐い時は手を握っても良いという話をしてあげたいです。
――「キム・ヒオラの発見」「最大の受益者」という言葉がありますが、「ザ・グローリー」出演後に変わったことはありますか?
キム・ヒオラ:私は演技を長くやってきましたが、知られていることはあまりなく、監督も好意的であったものの、たくさん悩まれた部分があったのですが、「ザ・グローリー」の後、楽しい仕事をたくさんすることになりましたし、私という人間を多くの方が知るようになりました。最近では良い作品についても話をしていて幸せです。一生懸命やった分、ご褒美を今もらっているようで、周りも「あなたがご褒美をもらっている気分だよ。おめでとう」と言ってくれます。
――どのような女優として人々の記憶に残りたいですか?
キム・ヒオラ:ずっと、そしてまた見たい、見れなくなったら見たくなる女優になりたいです。1等をとるとか、作品に出演する度に話題になるより、「最近なぜ出てこないんだろう? 見たいのに」と思われたらいいなと思います。長く活動したいです。様々なキャラクターに挑戦してみたいですし、失敗を恐れないようにしています。
――「ザ・グローリー」はどのような意味を持った作品として記憶に残ると思いますか?
キム・ヒオラ:私にとって“グローリー”と言うにふさわしい作品ではないでしょうか。昨年、このようなインタビューを想像したでしょうか。すべてがありがたい“グローリーな”作品です。
記者 : イ・ミンジ