「K-POPの成功はチャレンジと苦労から」価値を世界に知らしめた“見せる音楽”とは?古家教授の韓流・K-POP講座 ― Vol.2

Kstyle |

久々の連載となります。お元気でしょうか? 今学生さんは夏休みの方が多いと思いますが、宿題でレポートを書かなければならない人もいるのではないでしょうか。実は僕、1年間に、いくつかの大学や専門学校などで、授業や講演を受け持つことが多いのですが、それは自分の経験を活かして、韓流やK-POPに関して興味を持っている学生さんに、単にファンでいるだけではなく、その成功の背景にあるものや、自分の好きなものを介して、韓国という国への理解を深めてほしいという思いがあるからなんです。

そこで、今回の連載は、7月に早稲田大学のICC(異文化交流センター)が主催して行った「なぜ世界はK-POPに熱狂するのか? ICC K-POP Talk Night」で行った僕の講演の一部を、早稲田大学ICCさん、および参加学生さんから許諾を得て、文章化し、一部情報を加えてご紹介させていただこうと思います。今回はその後編です。K-POP関連のリポートを書こうと思っている学生さんはぜひ参考にしてみてください。

「リスクを冒して、勝機を得る ~ K-POPの成功に学ぼう」古家教授の韓流・K-POP講座 ― Vol.1

 

K-POPが持つ音楽的価値「楽曲とパフォーマンス」

ここまでK-POPの歴史を駆け足で紹介してきましたが、皆さんはK-POPの魅力って、どんなところに感じますか? いくつか挙げられると思いますが、まず一つは、当然、音楽そのものですよね。ただ、最近のヒット曲はいずれも欧米のヒット曲、例えばSpotifyとかApple_Musicで、世界で流行ってる楽曲上位50曲を聴いてみると、なんとなく雰囲気が似ていると感じるはずです。

それは、ここ数年の間に発表されたK-POPの特にアイドルたちの新曲の多くが、欧米の作家の曲だったり、ソングライティングのキャンプを通じて、韓国の方だけでなく世界中の多くの作家が楽曲1曲を作るのに関わっていて、もはや楽曲そのものに、その国らしさや国籍を求めること自体がナンセンスになっているからなんですね。なので、曲を聴いただけでは、どこの国の曲なのかを知る術がなくなりつつあります。

ただ、その中でK-POPらしさを見出そうとすると、骨格は欧米のヒット曲であっても、サビにわかりやすいメロディーを持ってくること、ここにそのK-POPらしさを感じる人が多いようです。これはK-POPの実際の制作者の人たちがおっしゃっていることなんですけど、K-POPと欧米のヒット曲の最大の違いは、そのわかりやすいサビがあると。それがフックになり、パフォーマンスを交えたK-POPらしい価値を作り出せるんだということなんです。

もう一つは、やっぱりパフォーマンスですよね。BTSが欧米の音楽賞の授賞式に参加することになって、初めてK-POPアーティストの実際のパフォーマンスを目の当たりにした人が多かったわけですけど、彼らが初めて欧米の授賞式であるBillboard Music Awardsのステージに立った際は、受賞スピーチのみで、正直その時は、知っている人は知っているけど、彼らについてよく知らない人の方が、会場の雰囲気を見る限り圧倒的に多かったと思います。

それが、後に行われたAmerican Music Awardsで初めてステージパフォーマンスをした後の会場の興奮は、その後の快進撃をある程度予想できる盛り上がりでした。きっとこう感じたと思うんですよね。K-POPって、音楽的には、欧米の流行を取り上げているんだけど、それをカル群舞と呼ばれるダンスパフォーマンスで、音楽的表現力を一段グレードアップさせ、聴くだけでなく、観ても楽しめる新しい音楽的価値を提供してくれていると。

そうなんですよね。時はYouTube時代を迎え、自ら情報や映像を世界に発信できる時代になり、これからは、そんな動画時代にいかにして世界から注目を集められるコンテンツを作ることができるのか。その新時代に、K-POPが持っている力が、マッチしたわけです。
 

音楽との歴史がK-POPの原動力に

では、どのようにして、韓国では“見せる音楽”という価値を生み出すことができたのでしょうか。それは、これまでの歴史を紐解いていく必要が、この場面でも出てきます。それは、韓国の皆さんが、普段どのように音楽と接してきたのかという歴史的な背景です。

古くは朝鮮王朝時代に、農村において、季節ごとに農業の営みとともに伝えられてきた“農楽(のうがく)”という伝統音楽がありますが、その影響を受けてきたと言えます。農楽踊という舞いを伴うこの音楽は、農民たちが豊作を祈願し、豊作を祝い、時には仕事の疲れを癒すために、朝鮮全土で庶民の間で発展してきたものです。そして、その農楽は現代にも受け継がれ、これをアレンジしたサムルノリ(사물놀이)は、農楽を用いた舞台芸術として新しい価値を創造したとされています。また18世紀から19世紀にかけて一気に普及した口承芸術であるパンソリ(판소리)も、庶民の娯楽として普及。これらの音楽に共通しているのは、音楽だけでなく、舞いが伴うということ。

翻って現代、90年代に、キリスト教徒が全人口の3割を占めるまでになった韓国ですが、キリスト教というと、音楽との結びつきが強いことは想像できると思います。教会や聖堂では讃美歌が歌われ、多くの人が幼い頃から人前で歌うことに対する抵抗感が少なかったことも、日常と音楽との結びつきの後押しになったと言っていいでしょう。

▼農楽(国立民俗博物館 YouTube)


日本発祥のカラオケ文化も、韓国でさらにカルチャーとして花開き、いち早く通信カラオケが普及し、コインカラオケ(いわゆる一人カラオケ)が大人気に。学生や会社での飲み会が急減し、2次会需要の減る中、コロナでの需要減も重なり苦戦を強いられている日本のカラオケを尻目に、韓国のカラオケは時代に適合したビジネスモデルを即座に導入して、常に進化しながら人気を維持しています。でも、これは単にビジネス的な成功だけでなく、そもそも人前で歌うことが好きという人が韓国には多いからこそという風にも言えるのです。ドラマや映画で、今でもカラオケで歌う場面が出てくる作品が多いのもそれを表している1つの例と言っていいと思います。

こういった背景の中で、歌うことに対する、何か特別感みたいなものが、日本と韓国とでは、ちょっと違いがあるような感じが個人的にはするんです。そういった音楽との接し方も含めて考えると、やっぱりK-POPが持つ力というのは、歴史的に音楽と人との関わりの中で、何かこう韓国の人たちは特別なものを持っているといえると思うんですね。だからといって、日本人がその点で劣っていると言っているわけではありません。そういった場というか、歌との接し方が、日本の場合はより特別な能力を持っている人の場になっていて、韓国では日本よりも敷居が低いと言えばいいでしょうか……。

なので、一概にK-POPの成功は、マーケティング上の話だけではなくって、そういった韓国の人たちが持ってきた音楽との歴史とか生き方みたいなもの、そういったものも全てが、今のK-POPの人気、その原動力に繋がってるんじゃないのかと思うんです。
 

YouTubeで一気に世界へ!
K-POPの価値を世界に知らしめた“見せる音楽”

今日は皆さんからいろいろ質問を寄せられていたんですが、時間のある限り、答えさせていただこうと思っています。例えばこういう質問を寄せられました。

「K-POPでは映像の二次使用にかなり緩い印象があります。また無料コンテンツが大量にあることも日本とは異なることだと思います。このマーケティング戦略は今のインターネットが主軸になった世界にフィットしたと思うのですが、韓国のエンタメ業界では、どうしてこうした損して得取れ的な戦略を取ることができたのか教えてください」

という質問がありました。

これについて、皆さんはどのように考えますか? YouTubeが誕生したころ、様々なコンテンツをアップロードしていたのは、日本人が多かったことって、ご存じですか? 日本にはオタク文化があり、マニアの人たちは、時間とお金をかけて自分の好きなものに対して、コレクトする文化がありますよね。そして、映像に関しては、世界中のどこの国よりも、録画文化が定着していたと言っていいでしょう。かつてビデオ時代に、VHSとβという規格競争を行ったのは、日本ビクターとソニーという日本企業でしたし、デジタル時代にDVD規格を主導したのは東芝でした。ブルーレイディスクのレコーダーやハードディスク・レコーダーが普及したのは日本ぐらいで、それ以外の国では販売が苦戦を強いられました。それは、自分の好きな映像はモノとして手元に置いておきたいという文化があったからです。ですから、YouTubeは、そういった貴重な映像を共有しあえる貴重な空間として、日本人のマニアには、とても魅力ある空間だったわけです。

ところが世界的にも著作権管理に厳しい日本ですから、そういったアップされた過去の貴重な映像は、コンテンツホルダー、つまり権利者から削除要請が殺到し、あっという間に、YouTubeはホームビデオのような素人の朗らかな映像を観れるだけの空間に一時的にはなってしまいましたよね。そんな空間に、日本とは逆に著作権に関して比較的緩かった韓国のコンテンツホルダーが自らプロモーションツールとしての可能性を見出して、それを積極的に活用し始めたことが、K-POPの勢いにつながったことは言うまでもありません。

2007年にJYP ENTERTAINMENTがデビューさせたガールズグループ、Wonder Girlsの「Tell Me」というヒット曲のパフォーマンスの動画を一般募集し動画投稿サイトで展開したところ、社会現象となり、これを機にWonder Girlsが国民的人気を獲得。このJYPの動きが、まさに“見せる音楽”としてのK-POPの価値を世界に知らしめたきっかけになったわけです。

▼Wonder Girls「Tell Me」


実はそれまで、K-POPのMVなど映像関連コンテンツは、国内のインターネット空間では観たり聞いたりは出来ましたが、海外での視聴には制限がかけられ、音源を含めて、インターネット上では、国外でそれらを観たり聴いたりすることは不可能だったんです。ですから、僕も毎月韓国に出張し、CDを買ったり、芸能事務所から直接MVのマスター映像を借りたりしていたぐらいです。なので、Wonder Girlsのこの展開は驚きましたし、JYPの判断の凄さには驚かされました。そして、この後各芸能事務所がYouTubeをはじめとする動画投稿サイトを活用した映像プロモーションを積極的に展開していくわけです。

そして、これらの動きはそもそもMVや音源で稼ぐというビジネスモデルが、違法コピーやダウンロードの多かった韓国では難しかったからこそ、これらを思い切ってプロモーションツールと割り切ったからこそ、出来たともいえるわけです。そこが日本とは決定的に違ったわけですね。つまり、著作権から本来得るべき収入をアーティストが得てなかったっていうことでもあるわけです。でも、それに対して、ある種どうでもいいという感覚があったからこそ、映像や音源を、世界に広めるチャンスができたわけです。

当然そこにはお金は生まれない。だけれども、その先に生まれるお金を、彼らは期待してやってるわけですよね。それがライブだったりとか、そこから知名度が上がって得られるCM契約だったりとか、そこで収入を得られればいい、という感覚ですよね。

一方日本は、権利ビジネスで成功体験を得てきているから、その成功体験をゼロにしてまで、新しい成功体験を得ようとしないんですね。でも韓国では「とりあえずやってみよう、やってみなければわからない」という感覚で仕事に取り組むわけです。
 

チャレンジと苦労から成り立っているK-POPの成功

ただ、これはわかってほしいんですが、だからといってすべて成功しているわけではないんです。むしろ失敗の方が多いかもしれません。でも、成功した時のその体験が大きく報道されますから、「K-POPはすごい!」となるわけです。僕はどちらかというと今では裏方、K-POPを支える立場の人間になりつつあるので、その失敗も含めていろいろと現場で見てきていると、かなり苦労した上で成り立っている成功だと言っていいと思います。リスクを背負って新しいことに取り組んでいるんですね。しかも、どんどん若い人たちに権限を与えて、新しいことにチャレンジさせています。

今、この講演に参加されている方の中には、韓国の音楽やその業界に憧れている人はもちろん、その世界的な成功の背景にあるものを知りたくて参加されている方も多いでしょう。今、皆さんが韓国の音楽界、業界から学べることは、まさにそのリスクだと思うんですね。保守的になりがちな日本に新風を吹かせたいならば、どんどん若者たちに権限を与えて、チャレンジさせてあげることが大切だと思います。大人はそのリスクを背負ってあげること。どんなに良いコンテンツがあっても、可能性があっても、それを生かすも殺すも、日本の大人たちの考え方1つで、日本は変われると、僕は信じています。ぜひ、ここにいる皆さんが、将来的に皆さんの目指すフィールドで、チャレンジャーになって欲しいですね。

「リスクを冒して、勝機を得る ~ K-POPの成功に学ぼう」古家教授の韓流・K-POP講座 ― Vol.1

古家正亨×Kstyleコラム Vol.21

古家正亨(ふるやまさゆき)

ラジオDJ・テレビVJ・MC
上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士前期課程修了。2000年から韓国音楽を中心に、韓国の大衆文化をあらゆるメディアを通じて紹介。昨年までは年平均200回以上の韓流、K-POP関連のイベント等のMCとしても活躍している。

現在もラジオでは、NHK R1「古家正亨のPOP☆A」(土曜14:05~)、FM NORTH WAVE「Colors Of Korea」(土曜11:00~)、CROSS FM「これ韓~これであなたも韓国通~」(土曜18:30~)、テレビではMnet「MタメBANG!」(隔週日曜20:30~他)、テレビ愛知「古家正亨の韓流クラス」(隔週火曜 深夜0時30分~)、BSフジ「MUSIC LIST~OSTってなに~」(不定期)、配信では韓国文化院YouTubeチャンネル「Kエンタメ・ラボ~古家正亨の韓流研究所」といった番組を通じて日本から韓流、K–POP関連の情報を伝えている。

自身のYouTubeチャンネル「ふるやのへや」では妻でアーティストのMina Furuya(ホミン)と共に料理やカルチャーなどの情報を発信中。

Twitter:@furuyamasayuki0

記者 : Kstyle編集部