韓国書籍も続々日本上陸!エッセイからシナリオブックまで古家正亨が語るK-BOOKの魅力

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岩崎書店『パパのかえりがおそいわけ』(キム・ヨンジン 作・絵/古家正亨・Mina Furuya 訳)
つい先日発表されました「2022年本屋大賞」。この「本屋大賞」は新刊書の書店(オンライン書店も含みます)で働く、書店員の皆さんの投票で決定するもので、毎年1位に選ばれた作品は、ほぼほぼ大ヒットしています。

4月6日に発表された、今年の1位に選ばれた『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬 著(早川書房))も(第166回直木賞候補にも選ばれていた作品ですが)ロシアによるウクライナ侵攻を受け、さらなる注目を浴び、売り上げを伸ばしています。
その一方でこの「本屋大賞」では翻訳小説部門も設けられているんですが(本賞ほど話題にはなっていませんが)、今年この翻訳小説部門1位に選ばれたのが、ソン・ウォンピョンさんの長編小説『三十の反撃』でした。実はソン・ウォンピョンさんのこの賞の受賞は2020年の『アーモンド』に続いて2度目となっています。「本屋大賞」の翻訳小説部門で、欧米の小説ではない、アジアの小説が受賞作に選ばれたのは『アーモンド』が初めてだったので、韓国の同一作家による、今回の二度目の受賞がいかにすごいことなのか、わかっていただけると思います。

ここ数年、書店での韓国関連本、いわゆるK-BOOKの存在感が日本でも高まっていますよね。かつては韓流関連のMOOK本が韓国関連の書籍では圧倒的な人気で、小説やエッセイ・絵本といった一般の書籍の人気はそれに比べると、翻訳数も少なく、決して熱い支持を得ているとは言えない状況でした。また一時期、嫌韓本が書店で平積みされていた時期があったことを考えれば、隔世の感を禁じ得ません。

そのきっかけと言えば、2018年に筑摩書房から翻訳本が発売された『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ 著/斎藤真理子 訳)大ヒットでしょう。この作品のヒットで風向きが大きく変わります。もちろん、それまでもいくつかの作品は翻訳され、それなりの支持は得てきましたが、韓国の現代小説の面白さが、この作品によって一気に大衆化したことは間違いありません。ある意味でドラマ界における『冬のソナタ』の役割を果たした作品だったと言えるでしょう。

ワニブックス『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン 著/吉川南 訳)
さらに2019年に「BTSのメンバーが愛読している」と話題になった、ワニブックスから翻訳本が出版された『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン 著/吉川南 訳)がエッセイ本として記録的な大ヒットとなると、あとに続けと様々な韓国のエッセイ本は次々と翻訳され、日本でも発売される現象が巻き起こります。

このように、ここ2、3年で韓国の書籍が日本でも一気に大衆化し、文学分野でも確かに韓国の魅力が広がりつつあります。もちろんその背景には、日本と韓国が共感できる社会やその諸問題を共有していて、それらをテーマにした小説やノンフィクションが特に支持されているということ。さらにK-POPの人気が広まり、K-POPアーティストたちがインフルエンサーとして彼らが読む本、そのものが1つのアイテムと化し、それを共有することがアーティストへの理解に繋がるという流れが後押ししていることは間違いありません。ただ理由やきっかけはどうであれ、ドラマや映画、音楽だけでなく、韓国の本文化に対する理解や関心が高まったことは、素直に喜んで良いのではないでしょうか。

また韓国の絵本も世界的な評価を得る機会が増えてきています。例えば、最近では韓国を代表する絵本作家のイ・スジさんが、国際児童図書評議会(IBBY)が選定する、“児童文学界のノーベル賞”と呼ばれる「国際アンデルセン賞」で画家賞を受賞され、大きなニュースとなりました。IBBYでは2年ごとに「児童文学への永続的な寄与」に貢献してきた作家の全業績に対して、作家賞と画家賞の2つの部門で1人ずつ表彰を行っていて、アンデルセン賞を受賞した韓国の作家はこれが初めてとなります。

実は、僕は韓国関連の本では、まだ子供が幼く、韓国語の学習のためにと圧倒的に絵本に接する機会が多かったんですが、独特な色彩感覚のある作品も多く、またドラマや映画を観るように、韓国独自の生活習慣や家族関係を描いた作品も多いので、難しい言葉や言葉数が少なくても、その画力をもって韓国を感じることができるのが、韓国の絵本の魅力だと思います。

今回、そんな韓国の絵本を翻訳する機会に恵まれ、5月に発売が決まりました。『パパのかえりがおそいわけ』(キム・ヨンジン 作・絵/古家正亨・Mina Furuya 訳(岩崎書店))という韓国を代表する絵本作家のキム・ヨンジンさんが手掛けた2018年に出版されたベストセラー絵本の日本語翻訳本ですが、早く帰ると約束したのに、夜遅く帰ってきたお父さんが「どうしてこんなに遅かったの?」と眠い目でたずねる子どもたちに、パパならではの奇想天外な言い訳を聞かせるという作品です。キム・ヨンジンさんはこれまでも、パパを主人公にした絵本をいくつか出版されていて、そのうちの1つなんですが、僕自身も同世代の子を持つパパとして、主人公のパパの気持ちを考えながら、妻と一緒に今回の翻訳を手掛けました。

これまでも、K-POPの歌詞翻訳や日本語ヴァージョンの作詞などを手掛けたことはあったのですが、こんなに絵本の翻訳が難しいとは思いもしませんでした。

今や世の中なんでもGoogle翻訳を使えば、ある程度の意味が解釈可能で、かつてほど外国語を理解する能力がなくても、自分の言葉にAIが置き換えてくれる便利な時代になりましたが、書籍の翻訳は、そう簡単なものではありません。特に絵本は、子供が理解できるかどうかが重要で、ただ単に韓国語を日本語に置き換えるだけでは翻訳とは言えないのです。また、その国独特のユーモアや言い回しなども直訳では伝わりにくく、それを大筋変えずにいかに日本語にわかりやすく置き換えられるか……。今回の作業を通じて、翻訳家の皆さんを改めて尊敬することになりました。なので、昨年から行っていた作業でしたが、ようやく5月に出版! まで辿り着けたのです。それに加えて絵本の場合は、読み聞かせを意識した文章にしなくてはならず、その読みのリズムも日本語と韓国語ではまったく違うため、その調整にも時間と手間がかかりました。つまり僕が言いたいことは、今数多く出回っている韓国関連の日本語翻訳本には、訳者と出版社の編集担当の皆さんの表向きには見えない、大変な労力があるということです。もし宜しかったら、お近くの書店で覗いてみて下さい。

一方韓国では、相変わらず日本の現代小説への支持が熱く、ベストセラー本の常連となっています。そしてこの現象は、僕が韓国に留学していた90年代後半から続いていて、単なる流行を超えて、日本の小説やエッセイ、自己啓発本は、1つの文化・ジャンルとして根付いているものなのです。

そんな韓国の書籍・出版業界で熱い視線を注がれているのが“シナリオブック”というジャンルの本です。特に昨年から今年にかけて新刊が続々と発刊され、いずれも好調な売り上げを記録しています。

韓国聯合ニュースの報道によると、韓国の大手書店の教保文庫では、このシナリオブックを中心とするドラマ関連書籍の売り上げが、前年同期に比べ2.7倍に増加したそうです。一体、このシナリオブックとはどんな本なのでしょうか。

このシナリオブックは韓国では“脚本集(각본집)”として売られているもので、日本でも同じようなシナリオ集はずいぶん昔から存在していますよね。中身と言えば、映画やドラマの台本をそのまま文字起こししたものや、小説タイプに読みやすくしたものまでいろいろありますが、これまでは社会現象になった映画やドラマのシナリオブックが出版されるくらいでしたが、韓国映画やドラマが世界的な支持を集めるにつれ、その出版数は増加傾向にあります。

また、その映画やドラマファンが、1つの作品に関わるグッズとして考える人も多く、装丁やデザインに凝り、付録として画コンテを加えるなど、アート作品としての価値を高める傾向が強まったことが、売り上げ増につながっているとみる関係者も少なくありません。

特にここ数年ではドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』(2018)のシナリオブックは予約だけで、教保文庫の芸術分野のベストセラー1位を獲得。また映画『パラサイト 半地下の家族』(2019)のシナリオブックは、映画の世界的評価獲得から大ヒットとなり、コロナ禍の2021年に出版されたシナリオブックは82作品と急増。今年も3月現在で17作品が出版されたほか、今後も『39歳』『赤い袖先』などの話題作の出版が予定されています。

ちなみに教保文庫の調査によると、このシナリオブックの読者は女性が7割を占め、20代が36.2%、30代が28.5%と、いわゆるマーケットを動かすF1層に熱く支持されていることも、出版ラッシュの後押しとなっているようですね。

すでに日本でも人気のドラマに関しては、一部シナリオブックが翻訳され出版されているものもあるようですが、今後、この手の作品の日本上陸も増えてきそうです。K-BOOKの波は、2022年にもまだまだ日本に押し寄せてきそうですね。

古家正亨×Kstyleコラム Vol.19

古家正亨(ふるやまさゆき)

ラジオDJ・テレビVJ・MC
上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士前期課程修了。2000年から韓国音楽を中心に、韓国の大衆文化をあらゆるメディアを通じて紹介。昨年までは年平均200回以上の韓流、K-POP関連のイベント等のMCとしても活躍している。

現在もラジオでは、NHK R1「古家正亨のPOP☆A」(土曜14:05~)、FM NORTH WAVE「Colors Of Korea」(土曜11:00~)、CROSS FM「これ韓~これであなたも韓国通~」(土曜18:30~)、テレビではMnet「MタメBANG!」(隔週日曜20:30~他)、テレビ愛知「古家正亨の韓流クラス」(隔週火曜 深夜0時30分~)、BSフジ「MUSIC LIST~OSTってなに~」(不定期)、配信では韓国文化院YouTubeチャンネル「Kエンタメ・ラボ~古家正亨の韓流研究所」といった番組を通じて日本から韓流、K–POP関連の情報を伝えている。

自身のYouTubeチャンネル「ふるやのへや」では妻でアーティストのMina Furuya(ホミン)と共に料理やカルチャーなどの情報を発信中。

Twitter:@furuyamasayuki0

記者 : Kstyle編集部