「K-POPのココがスゴイ」まつもとたくお×田中絵里菜インタビュー!読んで深く知る、話題のK-POP本の著者2人が対談

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この春、K-POPについて書かれた本が立て続けに2冊、出版された。今K-POPを知りたい人にも、以前から知っていた人にも刺さる書籍『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』の著者・田中絵里菜さん、そして長年K-POPを取材してきた音楽ライターで『K-POPはいつも壁をのりこえてきたし、名曲がわたしたちに力をくれた』の著者・まつもとたくおさんの2人に、本を書かれたきっかけと昨今のK-POPについて話を伺った。

 

K-POPにまつわる本が同じタイミングで出版

――K-POPにまつわる本が2冊、同じタイミングで出版されました。お2人がこの本を書くきっかけは何だったのでしょう?

まつもと:本が出たのは似たようなタイミングだったけど、田中さんはもうちょっと前から執筆してたっていう話は前に聞きましたね。

田中:そうなんですよ。この本の記事は1年半ぐらい前から書いてました。本当は去年、オリンピックをやるはずだった頃より前に出そうという話をしていたので、実は1年以上遅れてるんですよね。当時、私はまだ韓国にいて、クリエイターの人へのインタビューを結構やっていたんです。私はどちらかというとK-POPのクリエイター側に興味があって、裏方の人とかにお話を伺っていて、そのタイミングで出版社の方に制作者の話をまとめた本を作ったらどうかという提案をいただいて書き始めたという流れだったので、狙ったタイミングで本が出たわけではないんです。でも、以前のK-POPブームとはちょっと違って、「なんでK-POPってこんなに流行ってるんだろう?」とみんなが思い始めたのが今回のK-POPブームなのかな? と感じていて。その結果、K-POPの業界ではない人たちも含めて、K-POPが流行っている裏側の構造を分析したら、K-POP業界ではない人にとってもビジネスのヒントになるのではないか、みたいな考えが生まれたのだと思います。

まつもと:僕の場合は内側からずっとK-POPの音楽を追っかけてるライターなので、ブームを分析する本ではないんですけど、ただやっぱり同じタイミングになったのには何かあるんでしょうね。この本の編集さんに声をかけていただいたきっかけは、BTSの「Dynamite」がビルボード1位になった時、深夜に酔っ払ってハイボールをガンガン飲みながら「ほら見たことか」みたいなことをSNSに書いたことなんですよ。20年前はみんなK-POPを馬鹿にしてたけど、K-POPが世界で1位になったぞ、みたいなね。昔はK-POPを聞いてたり、韓国ドラマを見てる人って感度が悪い、みたいなことを言う人がいたんですよ。「よく知らない人が、よその文化を気に入って」みたいなことを言う人が多くて、その反動もあってずっとK-POPを追いかけてたっていうのもあったんです。で、そんなことを書いていたら、それを見た編集の人が声をかけてくれた、というのがこの本のきっかけですね。熱量のある人に書いてほしいという思いがあったみたいで、僕に声をかけてくださったという。ただ、そのタイミングでそういう編集者がいて、僕みたいな古い人に声をかけてくれるというのは、やっぱり今、K-POPを無視できないという潮流が出てきたのかな? というふうに思いますね。

――まつもとさんはこの本をどのくらいの期間で書かれたんですか?

まつもと:3ヶ月ですね。こんなにお酒を飲む人が、朝早起きして原稿を書いてたっていう(笑)。

田中:すごい! 私は文章を書いたことがなさすぎて……。

まつもと:めっちゃうまいですよ!

田中:本当ですか? ありがとうございます!

――田中さんの本は、おっしゃっていたようにビジネス本としても読める内容でしたよね。

田中:ファンブックにならないようにしようとは思っていました。「K-POPってなんで流行ってるんだろう?」と不思議に思ってる人に届いたらいいなと思って書きましたね。

まつもとたくお / 田中絵里菜
――まつもとさんの本はシリカゲルや空中泥棒についても書かれていて、取り上げているアーティストに“らしさ”を感じました。特にCRAYON POPは個人的にはK-POPの中でとてもエポックメイキングなグループだったと思うので、この本で取り上げられていたのはうれしかったです。

まつもと:同じことをこの本の出版記念のオンラインイベントでも話したんですけど、CRAYON POPって音楽の話を取り上げる時は外されがちなんだけど、歴史的にはすごいグループなんですよね。旧態依然とした古い枠組みがある中で、CRAYON POPみたいに勢いのあるグループもあったりっていう不思議さ、未成熟でありながら面白いのがK-POPの業界だったけど、それをいい意味で実現した、面白い動きをしてくれたのがCRAYON POPだったと思うので、この本で取り上げたいというのはありました。どのグループを取り上げて、誰を取り上げてないかまで含めて評論だし、ライターの個性が出るところでもあるんですけど、K-POPの分野はまだそこまで行ってないんですよね。洋楽だとけっこう「このライターはブリティッシュ・ロックが好きだから」というのもあるんだけど、K-POPはまだ全部乗せの雰囲気があるじゃないですか。なので、そこは意識しました。あんまり満遍なくやっちゃうとただのガイドブックになっちゃうし。そこは編集担当の人が理解してくださって、助かりましたね。

――同じタイミングで出版されたK-POPにまつわる本ですが、内容はまったく異なりますよね。お互いの本は読まれました?

まつもと:田中さんの本が先に出ていたので、僕はすぐ読みました。ご本人がいるから言うわけじゃないですけど、「音楽のことは私は専門じゃないけど」という言い方で始めていながらも、極めてK-POPに愛情がある人が書いた本だなと思いましたね。基本的には音楽本だと思って読んだので、すごくシンパシーを感じました。“パリパリ文化”とか、共感するところは山ほどあるし、僕が書いてることとの答え合わせみたいでドキドキなんですけど(笑)、でもあんまり違うところはないなと思って。田中さんみたいに若い世代でも、僕みたいな世代でも、同じことを考えてたんだなという安心感みたいなのを感じました。

田中:まつもとさんの本は、取り上げられているポイントがすごくツボというか(笑)。さっきも話に出たシリカゲルとか空中泥棒もそうですけど、そこを拾ってくれるメディアってあんまりないじゃないですか。今回、自分がK-POPの本を書いて思ったんですけど、日本のメディアってBTSの成功論に集中してて、BTSがすごいのはもちろんなのですが、これまでK-POPという土台が培ってきたものが無視されがちなんですよね。でも、まつもとさんの本はシーン全体を取り上げてくださってて。BTSのことを書いてる音楽ライターさんはたくさんいるけど、まつもとさんは長い間、K-POPを愛してきた人だからこそ、流行ってるところだけじゃなくインディーで活躍してる人たちもうまく説明してくれて、そういうところと流行ってるところが一緒に存在してるのがK-POPというか、全体の厚みを丁寧に説明してくださってると思いました。

まつもと:ありがとうございます。

――K-POPというシーンで培った土壌が豊かになったからBTSのように世界で戦えるグループが誕生したんじゃないか、ということですよね。そして田中さんの『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』はシステム面からK-POPというシーンについて解説されていましたが、今回は本を出版されただけでなく、様々なイベントも展開されていたのが印象的でした。

まつもと:ポップアップの時にカップホルダーを作っていたじゃないですか。ああいうイベントをやるの、カッコいいなと思って見てました。

田中:本当ですか? ありがとうございます!

まつもと:推しを愛でるみたいな韓国のノリを実際にイベントとしてやっていて、カッコいいなと思って。

田中:本で説明していることを実践しようと思って、本を出す前からティザーカレンダーを出して、インタビューに参加してくれた人を毎日ひとりずつ発表したりしてたんですよ。ポップアップも、本の中で説明してるので実際にやってみて、ファンの人が作ったグッズを展示して、こういうことが韓国では起きてるんだよっていうのを本だけじゃなくて見せられたらいいなと思って。

まつもと:そこはさすがデザイナーというか、そういう肌感覚って大事ですよね。

――本の中でも書かれてましたけど、今の世代の人たちって情報をシェアして共有して体験するっていうのをすごく大事にしてますよね。ポップアップはこの体験にあたる部分ですよね。

田中:ちなみにヨントン(テレビ電話)もやったんですよ(笑)。ファン文化をどんどん見せていこうと思って。

まつもと:今の話でなるほどなと思ったんだけど、10年前にKARAとか少女時代が日本に来て、「K-POPブームが来た!」という時も本が当時たくさん出たけど、その時って「この人、誰?」みたいな研究家が多かったじゃないですか。でも、そこには田中さんみたいな同世代感覚はなくて、「昔から知ってた」というような人の、いわゆる「教授の分析本」なんかが多くて、全然音楽本じゃなかったんですよね。今、確実に違ってるのは、田中さんみたいにファンの目線を持っている人、ただ分析して上から話しますというんじゃなくて、ファン文化の中に入ってる人が書いてるっていうのは、やっぱり違いますよね。当事者が書いている感じがある。

 

クリエイターの視点から見たK-POPの魅力


BLACKPINK「DDU-DU DDU-DU」ミュージックビデオ


――K-POPが好きな当事者でありつつ、クリエイター側の視点があるというのも面白いですよね。お話してくださった方も、田中さんがデザイナーさんでありクリエイター側の人間だからこそお話してくれた部分もあるのかなと思いました。

まつもと:適当にあしらって話してるんじゃなくて、すごくちゃんと話してくれてますよね。

田中:K-POPはすごいお金をかけてMVを作ってるとか、すごいお金をかけて練習生を育ててるっていう話は、噂レベルではネットに出てるけど、それが実際にどのくらいのお金がかかっていて、どのくらいの歳月を費やしているのか、曲をどのくらいで録ってCDになってるのか、そういう話を実際に聞けたのはよかったなと思いました。みなさん、案外しっかりお金の話をしてくれて。お金の話を聞くのは微妙かなとは思ったけど、そこが一番、噂レベルで終わってるところだなと思ったので、思いっきり聞いてますね。「K-POPはお金がすごくかかってるって言われてるけど、実際はいくらなの?」みたいな(笑)。

まつもと:K-POP界隈で何かあると、取材したわけでもないのに過去にあった出来事と重ね合わせて語る人っているけど、あれって結局、噂の範囲に過ぎなくて。だから、実際に現場の人に話を聞いて書かれたこの本はすごくちゃんとしてるなと思いましたね。今、その基本ができてないメディアもあるから、どうなんだろうっていうのも感じるし……。

田中:今回、この本を書いてみて、本を書くのは大変だなと心底思いました。中でも特にファクトチェックが大変だったんですよ。事実関係は相当調べました。原稿を書くのにも時間がかかってますけど、ファクトチェックにはすごく時間を割いてますね。韓国コンテンツ振興委員会が出してる年間の資料や予算割当もかなり読みましたし、日本と韓国の著作権の法律がどう違うのかというのも調べました。韓国のCDのパッケージが何でこんなに自由なのかについても、どこまで自由でどこからは規定があるのかっていうのは法律を調べないと出てこないので……。噂レベルではみんな「韓国は著作権が緩くて、パッケージもルールがないから自由なんだ」みたいことを言ってるんですけど、それがどこまで本当なのかっていうところまでは調べてる人がいなくて。実際に事実がどうなのかを調べるのは本当に大変でした。

まつもと:音楽の話でも、情報の出どころがどこにもなくて、よくよく調べてみたら日本人が書いた文章が根拠だった、みたいなことってありますよね。

田中:それ、すごく思いました! 韓国の人ってK-POPブームについて、あんまり分析してないんですよね。検索すると、日本のファンの人が書いてるブログが出てくることが多いです。日本人の気質なのかもしれないですけど。韓国で本になっててもいいような気もするんですけどね。

まつもと:売れないんでしょうね。

田中:何でだろう? やっぱりコレクター気質がないのかな。

まつもと:あと、パッケージを愛でるというのも独特ですよね。有名アーティストはちゃんとフィジカルをリリースするけど。日本人の方がもうちょっとパッケージ愛がありますよね。

田中:わかります、モノへの愛着が強いというか。

まつもと:昔よく明洞の地下の中古レコード屋に行ってたんですけど、保存状態が日本と全然違うんですよね。韓国だと、中古レコードは角がつぶれちゃってるものが多いんですよ。でも日本だと丁寧に保存してあることが多い。そういうところでも国民性の違いは感じますね。だからといって韓国の人はこうだからどうだとは思わないけど。パッケージの面白さで言ったら、田中さんも本で書いてるけど、韓国には面白い形のものが山ほどあるじゃないですか。そういうところはすごいなって感じますよね。

田中:調べてて思ったのは、BIGBANGとYGの存在が大きいですね。BIGBANGが王冠型のペンライトを作ってからペンライトの形が多様になりましたし、パッケージもPSYやBIGBANGの頃に変わった形状を色々出していて。YG ENTERTAINMENTはクリエイティブに長けていて、流通に乗せられるギリギリのところを攻めていたのはやっぱりYGだなって思いました。

miss A「Bad but Good」/ 2010年7月
まつもと:変わった形のCDといえばmiss Aの三角形のアルバムもありましたけど、あの当時にあれを出したのはかなり目立ってましたよね。いまだにCD棚に入らなくて困ってるけど(笑)。

田中:あれ、カッコいいですよね、今見てもカッコいい。

まつもと:しかも程よいサイズじゃなくて、中途半端にデカイんですよ(笑)。そういうところもカッコいい。

田中:衝撃でした! その頃、ちょうどK-POPの世界に入ったばかりだったので、こんな形のCDがあるんだ、みたいな(笑)。

まつもと:ちょっと話それちゃうんですけど、日本でJYPファミリーコンサートをやった時、オープニングがmiss Aだったんですよ。登場から4人が床に寝そべってて、足を上げるんですけど、その足を重ねて「A」という文字を作ってて。それが本当に寒気がするほどカッコいいなと思いました。斬新すぎる!

田中:たしかに、見たことないですね。

まつもと:パッケージとか、音もそうなんですけど、キメを考えるっていうか、ハッタリをかますところをちゃんと作りますよね。フックというか。K-POPはすべてにおいてそれを考えてる。

 

最近のK-POPの動向とファンの流れ


NCT 2020「RESONANCE」ミュージックビデオ


――この10年でK-POPとそのファンはどのように変わったと感じていますか?

田中:昔は○○ダンスというのを必ず作ったり、曲ごとにコンセプトをガラッと変えたりするのが当たり前でしたけど、最近は普通にポイントをつけなくなりましたよね。音楽的なことはわからないですけど、普通に曲としてクオリティが高くなってるし、一時流行っていたフックソングとかポイントダンスより、全体の構成としてかっこいいものを純粋に求め続けた結果、今のK-POPになってる感じがしました。それこそTikTokでバズるためにポイントダンスを作ったりするグループもいますけど、だんだんそういうのじゃなくなってきましたよね。集団として魅せるパフォーマンスが増えてきたというか。

まつもと:それって単純に、K-POPがブームという一過性の現象ではなくなって、大きなジャンルになっちゃったからじゃないですか。初めはちっちゃな雪だるまを手で包んで大きくしていたのが、転がしていったらどんどんデカくなっちゃって、加速がついて止まらなくなったっていうのが今のK-POPの現象だと思うんですよね。今や南米でK-POPグループのオーディションをするとか、SMがハリウッドでNCTの追加メンバーをオーディションするとか、K-POPにフックがいらなくなってきちゃった。K-POPっていうブランドだけで成り立ってしまう、K-POPというジャンルが拡大の一途を辿っているのが今の現象なんだと思います。

田中:たしかに。説明的なことをしなくても、純粋にカッコいいと思ってることを追求すればいいというフェーズに来てるんでしょうね。

まつもと:SMエンターテインメントのイ・スマンさんが数年前に言ってたんですけど、K-POPには3段階あって、第1段階が海外に進出して成功する、第2段階がローカライズで海外のメンバーを入れる、今はもうそれを越えちゃったから、あとはもう現地の人を使ってK-POPをやるっていうところに来てるし、そういうことを集中的にやる時期なんだって。

田中:まさにそう思います。もはやミックスカルチャーみたいな感じで、最近では韓国で曲を作っていなかったりするし、コレオグラファーも韓国の人ではなかったりするので、韓国から発信されてはいるけど、いろんな国のカッコいいものを取り入れてるっていう認識。だから国籍についても若い子たちはあんまり気にしてないと思うんですよね。とにかくカッコよくて実力がある人たちで一緒にやっていこうよっていうムードはすごく感じます。


BTS「Butter」ミュージックビデオ


――BTSも英語のみの楽曲を発表していますしね。

まつもと:やっぱり「Butter」を聞くと気持ちが上がるね。いい曲だし、よく作ってるなと思いました。

田中:全世代に受ける楽曲ですよね。

まつもと:ちょっとマニアックな話になっちゃいますけど、「Butter」はあえてちょっと古めの音を使ってるんですよね。40年くらい前にアメリカで流行った音をわざと使ってて、年上の人たちにも受け入れられるサウンドにしてるんですよ。しかも「Dynamite」みたいに歌詞を全部英語にして。「Life Goes On」で自国の言葉で曲を出した後に、また英語の曲をやるっていうのもカッコいいなと思いますね。この勢いはもう止まらないだろうな。

田中:いや、本当ですよね。

――たしかに、「Butter」以降BTSにハマる年輩の方が増えた印象はあります。

まつもと:それはやっぱり音の力だと思うんですよ。「Dynamite」のヒットで、BTSってすごいんだよっていう空気感が世の中的に生まれた後、自分たちが受け入れられる音の曲を出してきたということなんですよね。BTSのほうから歩み寄ってきたというか(笑)。そこらへんも考えて作られてると思うんですよね。ドラムの音とか、絶妙に古いんですよ。ドラムの音ってエコーをかけると「ファンファンファン」って広がっちゃうんですよ。その残響音をカットするのを“ゲートエコー”と言って、30、40年ぐらい前に流行った音なんですけど、あれを使って古くさくなく作ったのが「Butter」なんですよ。そういうマニアックな音を作りつつ、ARMYに向けてのメッセージも入れてくるとは、心にくいですよね。あれは粋だった! ちゃんと同時代の人のことを考えて、古いところもちゃんと目配せしてっていう、プロの音づくりだと思いました。

――お2人が一番魅力を感じているK-POPのよさは何ですか?

田中:変化していくことですかね、うまく言語化できないですけど。自分がハマった時と今のK-POPってまったく同じものではないんです。スタイルも違うし。K-POPとは言われてるけど、あの時と今でまったく同じことをやってるかって言ったらやっぱり全然違くて。それなのに何でハマり続けてるのかって言うと、想像できない面白さみたいなのが常に提供されているからなのかな、というのはありますね。私はK-POPを好きになって韓国に行っちゃいましたけど、別に行かなくても楽しめるぐらい距離が近いから、疎外感みたいなのはあんまり感じないんですよね。ファンダムの話でも連帯がテーマになりますけど、個人で応援するよりみんなで連帯してグルーヴを作るというムードがシーン全体にあって、帰属意識のようなものがあるからさらに面白い、みたいなのはやっぱり大きいような気がしてます。ファンダムに所属していることへの面白さみたいなのがずっと維持されてるっていうのも感じます。あとはまあクリエイティブがとにかく素晴らしい。そして、とにかく規模感が景気いい(笑)。本当にアホみたいに爆発したりCG使ったりするので、やっぱ最高! って思います(笑)。

まつもと:「Butter」なんかも祝祭感がありますよね。

田中:「Butter」で思ったのが、さっきまつもとさんが音楽面でうまくバランスを取ってるっておっしゃってたけど、クリエイティブも本当にそうなんですよ。ENHYPENとかTOMORROW X TOGETHERはめちゃめちゃ作り込んでるんですけど、BTSって案外、作り込み過ぎてない。セットも意外と簡素なんですよね。あれだけお金があって、何でもできるぐらいの状況にあるんだけど、初見の人でも引かない感じになってるっていうか。うまく言えないけど(笑)。

まつもと:あれはプロの仕事だと思う。

田中:そう! 緩急がうまい。ティザー的に出してたコンセプトクリップも、ただ壁の前で踊ったりしてる映像なんですよ。暗い部屋の中でライトが照らすだけで、すごくラフに撮影していて。メンバーごとに大きく作り変えたりとかもしてなくて、本当にシンプルなんですよ。そこに全世代向けに作ってるんだなっていうのを感じるし、事務所側の考えみたいなのを感じました。若い女の子だけに向けたものというよりは、すべての世代が受け入れやすいものというか。

まつもと:全方位だよね。

田中:本当にそうなんですよ。音楽もそうですけど、クリエイティブにもすごくそれを感じます。

まつもと:田中さんはデザインをやってるからよくわかると思うんですけど、ああいうのってどんどん足しがちじゃないですか。引き算ができないっていうか。でも彼らはそれがよくできてるよね。

田中:『LOVE YOURSELF』シリーズぐらいからパッケージもシンプルになってるんですよね。初期の作品を見るとアイドルっぽいことやってるんですけど、2017年にブランディングイメージをBTSに変えてから一気に全世代向けに作り替えてるのは感じますね。そこの切り替えがとにかくうまかったような気がします。

BTS「Love Yourself 承 'Her'」/ 2017年9月
――しかもそれを全面に出さず、さりげなくやってますよね。

田中:いい意味でK-POPすぎないですよね。作り込みすぎると初見の人は「わあ、アイドルだ!」ってなるから。

まつもと:絶妙な敷居の低さだよね。

田中:意外とTシャツとジーパンとかで踊ってたり。こんなに売れてるのに。

まつもと:一方で、メンバーのあでやかなカッコよさはしっかり映してるしね。

田中:カッコよさは残しつつ、力は抜きつつ、みたいな。

まつもと:K-POPのよさについて語ると、僕も基本的には田中さんが言ったのと同じになっちゃうと思うんですよね。世代は違うけど。でもやっぱり、その時にいいと思ったものを瞬間的に作って、組み合わせて出しちゃう勢いとか、それは20数年前から変わってないんですよ。そこが好きなところですね。僕がK-POPを聞き始めた当時、日本では中島美香とかMISIAとか、女性R&Bシンガーが流行ってたんです。それをちょっと遅れて韓国が取り込んだ、みたいなこと言う人がいるけど、でも当の韓国の音楽業界ってそんなこと全然考えてなくて、いいと思ったものをどんどん取り入れてただけにすぎないんですよね。この本にも書いたんですけど、韓国は日本を見ていたわけじゃなくて、どちらかというとアメリカの音楽業界を意識して音を組み立てただけで。いいと思ったものは迷わずどんどん取り入れて、その結果の蓄積が今のK-POPなんじゃないかな。その勢いが、僕は痺れるほど好きなんですよね。田中さんと世代は違うけど同じだなと思うのは、その迷いのない音の作り方とか勢いとか業界の流れとか、それを取り囲むファンダムとかのポジティブなオーラみたいなのが好きなんだろうなと思いますね。

田中:たしかに、迷いないですよね。真似することにも恥じらいがないっていうか(苦笑)。いいんだったらみんなやろうよ、みたいな。二番煎じとかでも気にしない。

まつもと:日本人だと、「こんなの格好悪いよな」とか「アメリカに遅れてるよな」とか考えちゃうじゃないですか。でも、そういうこと考えないですから。

田中:カッコいいものになるんだったらそっちに行こうよって感じですよね。そこにためらいはない。

まつもと:昔はよく海外の流行の音楽をパクってたけど、パクった方がカッコよかったりするわけですよ(笑)。そういう曲、いっぱいありますよね。それでオリジナルの人に怒られて、あっさり謝っちゃうとかね(笑)。そういうところも含めて僕はK-POPが大好きだから(笑)。オリジナリティがないって言う人もいるけど、いいと思ったものをどんどん取り入れて、時々行き過ぎちゃって、でもすぐごめんなさいって謝って。それも勢いだなと思うから。

田中:トライアンドエラーっていう感じですよね。日本は「転ばぬ先の杖」というか、とにかく安全面を確認してからやってみるけど、韓国はやって事故ったらその時に考えよう、みたいな(笑)。

まつもと:デザイン関係でもそういう違いってあります?

田中:あります、あります。トレンドを出すためだと思うんですけど、盗作やコピーも多くて問題になってます。モラルとクリエイティブのクオリティのバランスはもうちょっと考えた方がいいのかなとは思うんですけどね。実際に韓国で働いててもびっくりしたんですけど、一発入稿でそのまま本になることとか普通にありますし。色味の確認とかしないですぐ本になっちゃうから、誤字とか印刷ミスとかめちゃくちゃあるんですよ。その辺はやっぱり雑だなと思うんですけど。とにかくスピード感みたいなのはあるので、どこよりも早く出すという意味では強いのかなとは思いました。

――本でも書かれていましたけど、韓国のクリエイティブの現場は若い人が多いイメージがあります。

田中:飽きっぽいのと“パリパリ精神”も関係してるのかな。誰も頼んだことのない若い子をインスタで見つけてきて仕事を依頼したりとか、そういうのはありますよね。私の友達が、もともと「DAZED」のフォトグラファーアシスタントのチームにいたんですけど、韓国の雑誌ってインスタに短いメイキングフィルムを出すじゃないですか。あれがよかったといって、最初にWay Vで起用されたんだったかな? MVを撮ったこともない子たちをそのまま使って、今ではTHE BOYZを撮ってたりとか、ちょっとびっくりしますよね。大企業がまだプロにもなってない若い子を大抜擢するということが韓国では結構あるんですよ。SuperMのコンセプトビデオもそのチームが作ってたんですけど、当時友達はまだ大学生だったり、他のメンバーもまだみんな20代で。日本でこのレベルの芸能事務所が、ここまでキャリア年数の浅い若い人たちを起用することってあるのかなっていうのはすごい思いました。でも、任せてみたらみんなフレッシュっていうか。

まつもと:死ぬ気でやるしね。

田中:そうそう(笑)。ファンとも世代が近いから感覚が近くて、カッコいいものだったり今っぽいものが生まれるのかなと思いました。若ければいいという問題ではないけど、でも年齢とかキャリアに縛られず、ただいいと思ったかどうかだけで人選をするというのはすごくいいなと思いましたね。フラットっていうか。

――新規参入しやすいわけですね、若い子でも。

田中:ただ、続かないっていう問題もあるんですけど。回転がめっちゃ速いので。

まつもと:K-POPが今、田中さんがおっしゃってたようなこともあって勢いづいているというのはありますね。
 


いま注目しているK-POPアーティスト


EVERGLOW「FIRST」ミュージックビデオ


――今、注目しているK-POPアーティストや曲はありますか?

田中:EVERGLOWの「FIRST」です。今、みんなaespaにハマってるけど、EVERGLOWも観てほしい! すごくカッコいいんですよ。本の中でもリア・キムさんが、韓国のガール・クラッシュは振り付けの面でも変わってきたという話をしてるんですけど、EVERGLOWがまさにそれなんです。今までのガールクラッシュって、体のラインが出る振り付けだったり、あくまで女性としての強さみたいなところが打ち出されていたんですけど、EVERGLOWはたぶんそれを意識的に排除しているんですよね。女性らしい体のラインが出る振り付けをまったくしてないですし。本当にボーイズグループみたいなダンスなんですよ。「KINGDOM」に出てないのに、「KINGDOM」みたいなことをやってて。忍者みたいな男の人たちの上をのし上がっていく振りがあって、すごいんですよ(笑)。キャラづくりも最高だし。クリエイティブも、チョ・ギソクという今、すごくイケてる20代のカメラマンを使っていたり、HYUKOHのクリエイティブをやってるdadaism club(ダダイズム・クラブ)の子たちがディレクションをやってたり、感覚がすごくいいっていうか、全部カッコよかったですね。CDもカッコよかったですし、MVもカッコよかったです。全部!

まつもと:実は、この本で一番推してたのはBIBIなんですよね。BIBIも田中さんがおっしゃったように今までのガールクラッシュにはおさまらないアーティストです。最近のガールクラッシュってなんだかすごく型にハマってるなと思うことが多かったんですけど、ガールクラッシュにもいろいろあるんだぞというのが、田中さんが推してるEVERGLOWであったり、BIBIだったりするんですよね。一口にガールクラッシュと言っても、たとえば自分らしくいることだったり、もっと多様性があってもいいなと思っていたところにBIBIが来た、という感じですね。あの人は完全に自分が女であるということを意識したダンスをするし、自分のドロッとしたところも出していて、きれいに見せようとしてないところがあるんですよ。女性ではない、僕みたいなタイプから見てもカッコいいと思わせる説得力があるし、やっぱりすげえなと思いますね。


BIBI「KAZINO」ミュージックビデオ


――最後に、Kstyle読者のみなさまにメッセージをお願いします。

まつもと:『K-POPはいつも壁をのりこえてきたし、名曲がわたしたちに力をくれた』というタイトルは、実はこの本の編集者さんが最初から考えていたタイトルなんです。K-POP初心者の方も、もっとぐっと入り込んだ方も入れるような間口の広い本にしました。読み進めていけば、なんとなくK-POPのここ十数年の流れがわかるように書いたつもりです。漏れてるものがあるじゃないって思う人もいるかもしれないですけど、この本をとっかかりにして、もっといろいろ聞いてみようと思ってくれるとうれしいなと思います。表紙のイラストは、実はITZYから来てるんですけど、この本の裏テーマはガールクラッシュです。韓国にはまだ旧態依然とした風潮、男尊女卑の雰囲気もあるけど、一方で女性の平等を強く訴えるような運動をちゃんとやっていて、K-POPのシーンではそれで支持を得ているグループもいる。そういうところが韓国はすごいなと思うんですよね。そこをちゃんと大切にしたいと思って書いたのがこの本であり、裏テーマになっています。この本は基本的に全ページ青字で印刷されてるんですけど、ガールクラッシュについて書いた第3章の扉のイラストのページだけ赤いんですよ。それは、そういうことなんです。この本で一番訴えたかったのはそこです。韓国はLGBTQに対して正直まだまだなところもあって…。でも、そんな中でハリスというアーティストが生まれて、ちゃんと支持を得ている。そこもK-POPのひとつの傾向なのかなと思って、この本でハリスを取り上げました。今、僕が取り上げないとだめだろうというアーティストについて書いています。

田中:『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』というタイトルどおりの本ですね。さっきもちょっとお話したんですけど、去年は今までアイドルファンではなかった人にもK-POPが広がった年だったと思うので、「結局K-POPって何なんだろう?」とか「K-POPの仕組みってどうなってるんだろう?」と考えている人、ビジネス的に気になってる人にも届いたらいいなって思って書きました。自分がちょうど韓国にいた時期に取材していたものなので、今となっては貴重な資料になりましたね。結局、実際に中にいる人たちがどういうことを考えていて、なんでこうなったのかという話や、ファンの人たちがどういう動きをして、こういう文化を創り上げてきたのか、という話がまんべんなく取り上げられています。K-POPの仕掛けとか仕組みみたいな部分を丁寧に説明した本なので、詳しい人はもちろん、初心者の人にも読んでいただいて、「こういうところが面白かったよね」と感じてもらえたらうれしいです。今までインタビューしてきた記事を全部引用にすることもできたんですけど、その時に聞いた話を自分に落とし込んで、自分の言葉で書き直してるので、カギ括弧ついてないところでもインタビューした時に聞いた話は反映されています。

まつもと:加茂啓太郎さん(氣志團や相対性理論、赤い公園などを手掛けた音楽プロデューサー)に会った時、田中さんの本すごく面白かったって言ってたんですよ。音楽業界の人にめちゃくちゃ刺さってるんだよね。

田中:実はポップアップをやった時、いろんな事務所の方が来てくれたんですよ。関係者の人たちも読んでくれてたみたいで、うれしかったです。

まつもと:田中さんとは仲よくしとこ(笑)。でもほんと、話を聞くだけじゃなく、一回自分で整理して、落とし込んで、噛み砕いて書いてるのがすごくわかるよね。すごくいい本だと思いました。

田中:日本人的視点というか、韓国のことをそのまま羅列するだけじゃなくて、ここが気になってて、やっぱりこうだよね、みたいな感じで書きました。

まつもと:しかし、本当ならこういう話は飲みながらしたいよね(笑)。

田中:行きたい! 最近はそういうところに全然行けてないですよね。

――行けるようになったらぜひ、今度はビールでも飲みながらお話を伺わせてください。今日はありがとうございました!


取材:尹 秀姫

■田中絵里菜プロフィール
日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン・編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年帰国後、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。2021年4月に著書『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』を発売。業界内外で注目を集めている。

Instagram:i.mannal.you

書籍『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』
著者:田中絵里菜(Erinam)
出版社:朝日出版社
発売日:2021年04月3日
定価:1,870円(本体1,700円+税)
https://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255012124/

■まつもとたくおプロフィール
音楽ライター。ニックネームはK-POP番長。2000年に執筆活動を開始し、現在は「ジャズ批評」「韓流ぴあ」で連載中。K-POP関連の著書・共著も多数あり。

書籍『K-POPはいつも壁をのりこえてきたし、名曲がわたしたちに力をくれた』
著者:まつもとたくお  
出版社:イースト・プレス
発売日:2021年5月18日
定価:1,540円(本体1,400円+税)
https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781619774

記者 : Kstyle編集部