「誠実な国のアリス」イ・ジョンヒョン“狂気のキャラクター、特に大変なところはなかった”

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映画「つぼみ」(監督:チャン・ソヌ)を凌駕する演技だ。映画「誠実な国のアリス」(監督:アン・グクジン、制作:KAFA FILMS)の中のイ・ジョンヒョンのことだ。

19年前、5月の光州(クァンジュ)の悲劇を身体で受け止め、頭がおかしくなってしまう少女を演じたイ・ジョンヒョンは強烈だったデビュー作以来、長い間女優としてスランプに陥った。イ・ジョンヒョンのクレイジーな演技を盛り込むことの出来る作品がなかったのだろうか。ホラー映画の提案だけが殺到した。

厳しい現実の壁にぶつかり、挫折すること数回、パク・チャヌク監督からかかってきた一本の電話がイ・ジョンヒョンの人生を揺るがした。個人的な親交がまったくなかったパク・チャヌク監督はイ・ジョンヒョンに電話をかけ、スマートフォン映画「波乱万丈」(2010)出演を提案した。「波乱万丈」で長い間の演技への乾きを解決したイ・ジョンヒョンはその後、「犯罪少年」(監督:カン・イグァン)で再び女優活動に拍車をかけた。

「波乱万丈」の出演は様々な面でイ・ジョンヒョンのフィルモグラフィーに一線を引いた。「波乱万丈」を印象深く見たキム・ハンミン監督がイ・ジョンヒョンに「バトル・オーシャン/海上決戦」出演を提案し、おかげで1700万観客を動員した女優という例のない修飾語も得た。「つぼみ」以来19年ぶりのワントップ主演映画である「誠実な国のアリス」もパク・チャヌク監督の推薦で出演することになった。イ・ジョンヒョンがパク・チャヌク監督について「命の恩人」というのが大げさなことではない理由だ。

「誠実な国のアリス」は一生懸命に生きていれば幸せになれると思っていたスナム(イ・ジョンヒョン)の波乱万丈な人生の逆境を描くコミカルな残酷劇だ。「第16回 全州(チョンジュ)国際映画祭」の韓国競争部門で大賞を受賞した。短編「ダブル・クラッチ」「うちに遊びに来てください」を演出したアン・グクジン監督の長編デビュー作だ。

イ・ジョンヒョンは自分の手先の器用さを変わった方式で使うあくどい生活の達人、スナム役を演じ、代替不可能な狂気の演技を披露した。子どものように明るくも、一瞬にして毒気を放つ眼差しが、19年前の強烈だった「つぼみ」を思い出させる。小柄の身体から出るイ・ジョンヒョンの“クレイジーな熱演”だけでもスクリーンがびっしりと埋まる。19年ぶりにデビュー作を越える名演技を披露したイ・ジョンヒョンの帰還が嬉しい限りだ。

以下はイ・ジョンヒョンとの一問一答である。

―演技をする上でもっともポイントだと思った部分は何か。

イ・ジョンヒョン:まず、“子どもっぽく”見えるように努力した。一人の男のためにこれほど極端な行動をする人は珍しいじゃないか。スナムが普通の女性より純粋であるが故に出来ることだと思った。それで文字も子どもっぽく書こうと努力した。4歳の甥っ子の文字を参考にした。

―シナリオを読んで1時間で出演を決めたそうだが。

イ・ジョンヒョン:最近、女性が主人公の映画がなかなかないじゃないか。これまで良いシナリオは1年に一度出会えるかどうかなのに、さらに女性ワントップ映画で。こんなチャンスにいつまた出会えるかと思った。パク・チャヌク監督の影響も大きかった。監督が最高のシナリオだとすごく絶賛した。映画が上手く出来上がらなかったら、パク・チャヌク監督のせいにしようと思ったが、幸い出来が良くて(笑) 命の恩人だ。

―「波乱万丈」の時もパク・チャヌク監督のラブコールにすぐに応じたと聞いた。パク・チャヌク監督に弱すぎるのではないか。

イ・ジョンヒョン:ハハハ。本当に尊敬する監督だ。「波乱万丈」を撮影する前までは監督とは個人的な親交がなかった。いきなりキャスティングの電話をしてきてびっくりした。

―「波乱万丈」のおかげで再び映画活動にエンジンをかけた。パク・チャヌク監督が女優イ・ジョンヒョンに及ぼした影響力が相当だ。

イ・ジョンヒョン:「波乱万丈」もシナリオを見てびっくりした。監督が演技指示をするとき、たくさんのことを言うタイプではないが、ポイントをしっかりと掴む一言を言う。それが演技にすごく役立った。「波乱万丈」のおかげで「バトル・オーシャン/海上決戦」にも出演し、「誠実な国のアリス」も出会えた。

―一見「親切なクムジャさん」や「ビー・デビル」を思い出す部分もある。

イ・ジョンヒョン:私は最初から両作品とも念頭におかずに演じた。「親切なクムジャさん」より子どもっぽく毒々しいキャラクターじゃないか。シナリオだけを見たときはパク・チャヌク監督のカラーが見えた。クエンティン・タランティーノのようでもあった。

―今回も頭がおかしくなった女性だ。

イ・ジョンヒョン:シナリオがあまりにも良くて、キャラクターをすぐに決められた。特に大変なところはなかった。努力した部分があるとしたら、出来るだけ綺麗に見えないようにしたというところ? 実はスナムのすべての衣装は花柄だった。蒼井優みたいな重ね着スタイルがあるじゃないか。いざ着てみると服が全部可愛かった。スナムとは少しかけ離れた衣装だと思った。初撮影のとき、監督のところに行って「綺麗に映りそうでありがたいが、スナムのキャラクターを考えると、こんな衣装はダメだと思う」と話した。監督がすごく怒ると思ったが、「僕もそう思う」と同意してくれた。それで、今みたいに可愛くないスナムに変わった。ハハ。

―チラシを飛ばすところが、普通の腕前じゃなかったが。

イ・ジョンヒョン:SBS「生活の達人」名刺の達人編を見てたくさん練習した。

―洗濯機拷問シーンもすごかった。

イ・ジョンヒョン:怖かった。洗濯機の中で泣くシーンはセットだったが、フルショットは洗濯機の中に入らなければならなかった。寒くもあり、水が出てくるのが怖かった。

―スナムの夫に対する盲目的な愛が理解できたのか。

イ・ジョンヒョン:映画に出てはいないが、スナムはきっと孤児だと思う。頼れる人が夫しかいないので、盲目的な愛が出来るのだ。しかも、スナムが夫に対するものすごい罪悪感に陥るじゃないか。罪悪感のため、さらに狂気に陥るようだ。

―実際のイ・ジョンヒョンだったらどうだったと思うのか。

イ・ジョンヒョン:似ている。周りからおバカだといわれる。どれだけカッコよくて、能力のある人が現れても、自分の男だけ見つめる。一度付き合ったら長続きするタイプだ。普通3~5年ぐらい付き合う。

―ノーギャラ出演でも足りず、私費まで使って食事代まで出した。

イ・ジョンヒョン:「誠実な国のアリス」のために集まった人が好きだった。制作費で食費が占める割合が大きいじゃないか。最初は撮影分量も多いのに遅くに呼ぶから、空気が読めず「なぜこんなに遅く呼ぶの」と聞いたら、食費を節約するためにそうしたといわれた。食費ぐらいなら。でも、意味のあるお金の使い方をしたので、全然もったいないと思わなかった。

―強いイメージ、独立映画中心の活動のため損するとは思わなかったのか。

イ・ジョンヒョン:もちろん、「誠実な国のアリス」を100億ウォン(約10億円)の制作費で撮影できたらどれだけ良かったことか。「バトル・オーシャン/海上決戦」のような大作映画もいいが、女優として意味を見つけるのも重要だ。俳優たちは助演までも忙しいのに、女優はみんな暇だ。1年に1本できれば多作な方だ。商業映画の中で女性キャラクターは消耗的だったり、平易なキャラクターだらけだ。私はそれよりもう少し深い感動、強い印象を残したいと思うので、小さな規模の映画を求めるようだ。

―今回の作品で主演女優賞への欲が出そうだ。

イ・ジョンヒョン:もらえたら嬉しい! でも、こうして期待すると絶対もらえない。年を取って学んだことがあるとしたら、諦める方法かな?(笑)

―イ・ジョンヒョンもスナムのようにいくら努力しても現実の壁のため挫折したことがあるのか。

イ・ジョンヒョン:20代のとき、すごく演技がしたかったのに、幽霊の役だけ入った。その時が演技の面でスランプに陥った。幸い中国作品では明るく、女性らしい演技もしたが、いつも韓国映画が恋しかった。スランプから脱出させてくれたのが「波乱万丈」のパク・チャヌク監督だ。実際、悩みが多いとき、慎重に監督に電話をかけてアドバイスを求めたりする。監督は他の挨拶メッセージには返信が遅いのに、仕事で質問するとすぐに電話してくれる(笑)。

―“私が演じたら、上手に出来たと思う作品”があるとしたら。

イ・ジョンヒョン:「ブラック・スワン」(監督:ダーレン・アロノフスキー)。ブルーレイDVDが出た直後に買ったぐらい、本当に好きな作品だ。

―最近、イ・ジョンヒョンのもっとも大きな悩みは何か。

イ・ジョンヒョン:次の作品契約をするのが不安で不安で。これでまた何年も休んだらダメなのに。それなりに作品を見る目が厳しくて。女性が主人公である映画がさらに増えたらと思う。

記者 : キム・スジョン、写真 : ムン・スジ