ムン・ジョンヒ「サイコから貧乏くさいおばさんまで…天に感謝します」

OSEN |

写真=チョン・ソンイ
未だに誰かはその姿を忘れられないという。映画「かくれんぼ」で両目を光らせながら自身の家だと叫ぶ女優ムン・ジョンヒの姿をだ。また、誰かは教育熱心な貧乏くさいおばさん、MBCドラマ「ママ」のムン・ジョンヒを忘れられないかもしれない。ソン・ユナとの“ウーロマンス”(ウーマン+ロマンス)で視聴者を泣かせたため、それも可笑しくない。

そんな彼女は今回、不当な待遇に立ち向かう大手スーパーの女性職員になった。スーパーのレジで立ったまま顧客に笑顔を作り、不当な扱いにも子どものためにじっと我慢するが、会社側から一方的な解雇通知を受けて反発するヘミとしてムン・ジョンヒが戻ってきた。

多彩なイメージチェンジに本人は天に感謝すると述べた。あえてイメージチェンジを意図して作品を選んだりはしないが、良い結果が出てよかったと思っているという。挑戦に対する躊躇いはないとしながら、これからも多彩な姿を見せたいとした。

写真=チョン・ソンイ
「イメージチェンジを意図したことはありません。一度もそのような意図を持って作品に接したことはありません。ただ、天に感謝するだけです。オファーが来る作品に対し『しません』と言ったことはありません。『かくれんぼ』は女優たちが避けたようでした。私はすると言いましたが、むしろ向こうが私を断りました(笑) 女らしい見た目がダメと言われ、私が説得しました。ハハ。『ママ』は温かい作品でした。私は、もう一度『ママ』に出演してもソ・ジウン役を演じると思います。見せられるものが多い役柄です。スペクトラムが広く、世間知らずの女性だったのが、自我を探しに行く感情的なスペクトラムが広かったため挑戦したいと思い、欲が出たのです。そして『明日へ』も観客に披露できる、今まで見せたことのない一風変わった姿だと思い選択しました。挑戦には躊躇いがないと思います」

イメージチェンジに対する躊躇いはなくても「明日へ」のように社会的問題を扱う映画への出演は、女優として躊躇いがあっても可笑しくない。彼女もそうだった。さらに「明日へ」は労働組合に対するストーリーであるため、彼女は自身が持っていた労働組合に対する先入観のため「明日へ」への出演を躊躇ったという。しかし、彼女の気が変わった理由は何だろうか。それは、立場を変えて考えてみたことだった。

「最初は先入観がありました。労働組合は政治的に利用されるケースがあったからです。本当に自分たちのストーリーと声を伝えるためのものもありますが、政治的、経済的に利用するために労働組合を買収するケースもあります。そこで私には『うるさい消費者にとって都合の悪い映画に私が出演する必要があるか?』と思いました。私も最初は消費者だったからです。しかし、あの人たちの立場はどうだろうか、あの人たちの立場があるはずなのに。シナリオを読んで、反省してしまう状況でした。立場を変えて考えずに、私の立場だけを考えていたと思います。消費者の立場なのか、マートのレジの立場なのか、どこに立つのか、どのような立場から見るかは観客が選択することですが、この映画は少しは違う立場から見ることをお勧めする映画になればと思っていて、ムン・ジョンヒという女優としてこの映画を選択した時は、確かに不意を突かれる部分がありました。私はこのような立場でしたが、消費者として、マートで働く労働者たちは厳しい人生を送っていただろうな、正社員も難しかっただろうなと思いました」

夫の応援も「明日へ」に出演するにおいて重要な役割を果たした。「明日へ」に対する話を聞いたムン・ジョンヒの夫は、この映画を積極的に薦めたという。どこかで疎外されている人たちの声に耳を傾ける「明日へ」が意義深いとした夫の言葉が、ムン・ジョンヒの心を動かした。

写真=チョン・ソンイ
「これを撮ると言ったら、夫がこのような良い映画は絶対出演するようにと背中を押してくれました。この映画に出演して欲しいと応援してくれました。社会問題を扱う映画ですが、それを告発するのは映画の仕事ではないと思います。それよりも共感を得て、それを私たちの話にすることが映画の仕事だと思いますが、夫はそういったことが大好きです。そのような、意味のある映画に出演することを応援してくれました、『明日へ』の撮影は大変でしたが、家族から力を得たと思います」

社会的問題について、普段から「自身の話」だと思って興味を持つムン・ジョンヒの性格も「明日へ」の出演に決定的な役割を果たしたようだった。寂しく一人で人生を終える年寄りを見ると、他人の話とは思えないとするムン・ジョンヒは、いつかは自身の話になる問題としながら、そういった問題について興味を持っていると述べた。

「社会的弱者が何なのかはよく分かりませんが、私も韓国で暮らす小市民だと思います。誰にでも悔しく思っていることがありますが、それを訴えられる場所が必要です。それがないため、SNSに小さい声を出して、それがニュースになる時代になりました。小市民たちが一つの声を出した時、それが誰かに聞こえるようになり、対案が設けられ、前向きな方向で展開して欲しいと思っています。一人で人生を終える年寄りたちを見ると、他人の話とは思えません。『社会問題』というと距離感がありますが、『自身の問題』というと近く感じられるようです。知的な人、そういったことはよく分かりませんが、他人の話ではなく、私の話として受け入れられることが政治、社会だと思い興味を持っています。近いうちに私にも来るかもしれないことだからです」

記者 : キム・ギョンジュ