「弁護人」ソン・ガンホ“80年代の人々を通して2010年代を生きていることを感じてもらう映画”

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お金もなく、コネもなく、学歴も低い税務弁護士ソン・ウソク。“お金”が全てだった彼は、毎日のように立ち寄るクッパ(韓国風雑炊)屋の息子ジヌ(ZE:Aシワン)が「釜林(プリム)事件」によって逮捕されてしまい、人生ががらりと変わる。映画「弁護人」の主なストーリーである。そしてこのストーリーには故ノ・ムヒョン前大統領と接点もある。1981年に起きた「釜林(プリム)事件」と、故ノ・ムヒョン前大統領がまさに「弁護人」のモチーフだ。映画の中でジヌが巻き込まれた容共捏造事件(全斗煥(チョン・ドゥファン)政権時の1981年、学生、教師、会社員など22人をクーデター集団だと罵倒し、共産主義の学習を受けたとの疑いで令状無しで不法に監禁し、殺人的拷問を加えた事件)が「釜林(プリム)事件」である。そして、ソン・ガンホ演じるソン・ウソク弁護士が故ノ・ムヒョン前大統領だ。そのような理由から、製作が始まると早くから社会的に話題を集めていた。さらにソン・ガンホは今年「スノーピアサー」「観相師」そして「弁護人」まで、立て続けに3本の映画に出演し、「スノーピアサー」「観相師」が観客動員数900万人を超える大ヒットを記録した。このことから故ノ・ムヒョン前大統領がモチーフでなかったとしても、今年最高の興行成績を収めたソン・ガンホの次回作という点で「弁護人」への関心が高まっている。ソン・ガンホと会い、故ノ・ムヒョン前大統領役についての論争、そして映画の興行について話しを聞いた。

―「スノーピアサー」「観相師」そして「弁護人」まで3本の映画に続けて出演した。ジャンルも題材も全く違うため、公開後の感想もそれぞれ違うと思うが。

ソン・ガンホ:たまたま立て続けに映画を公開したというだけで、それほど忙しくはなかった。「スノーピアサー」も「観相師」も結構前から準備をしてきたので時間に追われることもなかった。ただ、3本も立て続けに映画を公開したので観客もどうして僕がこんなにたくさん出演したのかと驚くかもしれない。しかし、幸いにも映画のジャンルも違うし、役柄も全く違う。背景や過去、現代、未来がそれぞれ異なる。「弁護人」は30年前の話ではあるが、現代的な話だ。このように時間軸と空間軸が全く異なるので観客も飽きないだろうと思う。

―「スノーピアサー」「観相師」が共に観客動員数900万人を突破するという大ヒットを記録したが、今回の「弁護人」はどうだろう。前作の成績を追い抜く興行成績を出さなければならないというプレッシャーもあると思うが、逆に少し余裕もあるかもしれない。

ソン・ガンホ:幸福な年があるように憂鬱な年もある。時間は自然に流れている。喜ぶ必要もなければ憂鬱になる必要もない。役者を始めて18年になるが、18年間そう思ってやってきた。その中で今年は本当に幸せな年だと思う。

―立て続けに3本も映画に出演したことで「急にお金が必要になったのでは」という記事まであった(笑)

ソン・ガンホ:記事は遅れて読んだ。色んな反応の中の一つと考えればそれほど不快には思わなかった。「スノーピアサー」「観相師」など、映画に対する反応は様々だ。多くの方に愛され、観客動員数1000万人近くの記録を出したが、その映画も反応は様々だ。「弁護人」も同じだと思う。もちろん他の2つの作品に比べて性質も異なるが、基本的にオープンな映画だ。ただ、僕たちからすると映画に対する先入観があると思うので、そこが心配だ。マスコミ試写会の後に記者会見を行った際、故ノ・ムヒョン前大統領とは言わず“あの方”と表現したことについて記事になったが、わざとではなかった。製作陣に頼まれた訳でもなく、共演者同士で約束していた訳でもない。自然とこの映画はそのような先入観から始まった映画ではないということを暗黙のうちに意識していた。トリビュート映画、美化映画や政治的なものさしで映画を判断しないでほしい。モチーフを基に作られた映画だが、ストーリー自体は80年時代を生きた人々を通して2010年代を生きていることについて多くを感じてもらう映画だ。それが一番重要だと思っている。

―最近の記事を見ると「観相師」は本当に出演したかった映画で、「弁護人」はリラックスした気持で臨んだ映画だとあるが、その言葉の意味は?

ソン・ガンホ:「弁護人」という作品が楽だったと言うよりは、「スノーピアサー」「観相師」などの大きな作品を終えた後、最後に臨む作品ということで気持ちが楽になった。正直「スノーピアサー」はポン・ジュノ監督という柱の下にあり、何をしても強力なアーティストが支えてくれたので安心して仕事ができた。「観相師」は初めての時代劇でありファクション(ファクト+フィクション)だ。ネギョン役を上手く演じられるかプレシャーを感じた。そして僕が最年長の先輩だったので、この映画の結果に責任を取らなければならないという大きな責任感もあった。「観相師」はそのような点で重圧感があり、成功させたかった。

―映画の主な舞台は80年代だ。ソン・ガンホの80年代はどのようなものだったのか。

ソン・ガンホ:激動の時代を過ごした。中学校、高校、大学、軍隊そして演劇まで。この全てのキーワードが80年代に作られた。90年代からはずっと役者として生きてきた(笑)

―80年代は激変の時代と記録されていうるが、その時代に若者だった一人として被害意識のようなものはあるのか。

ソン・ガンホ:軍隊にいた時に6月民主抗争(韓国における民主化運動)が起きた。87年1月に入隊して最前線で働いた。インターネットもない時代だったので社会でどんなことが起きているのか全く知らなかった。特に鉄柵線境界勤務を務めた時期は、夜に勤務して昼に寝る生活を6~7ヶ月繰り返した。そして13ヶ月ぶりに初めて休暇に出た。民間人を見たのが1年1ヶ月ぶりだった。だから人が本当に恋しかった。それに被害意識を持つほど当時の僕は社会的な自覚や確固たる信念はなかった。ただ平凡な学生生活を送っていたと思う。それでも基本的な常識が僕を支配していた。その常識がこの映画でも一番重要な部分を占めている。だから、この映画が馴染み深く感じる。


―クッパ屋の息子ジヌの弁護を引き受けたことがソン・ウソクの人生を変える瞬間となるが、ソン・ウソクを演じたソン・ガンウの人生を変えた決定的な瞬間とは?

ソン・ガンホ:そのような決定的な瞬間はなかった。僕は平凡に生きてきた。ずっと俳優として生きてきたので、別の見方をすれはとてもシンプルな人生だ。他の職種を経験することなく、ひたすら演技だけを続けてきた。だからまだ世間知らずと言うか、もう少し生きてみなければ……(笑)

―最近出演した映画の中でも「弁護人」はセリフが一番多いように思う。そして、一番論理的で知的なセリフだと感じる。

ソン・ガンホ:今年だけではなく、今まで出演した作品の中で一番セリフが多かった。「観相師」の撮影時、こんなにセリフが多い映画は初めてだとハン・ジェリム監督に話した覚えがある。最初から最後まで出番があるし、セリフも普段より多く編集された部分もある。それまでの経験からしてセリフがとても多い映画だった。それなのにその後、更にセリフの量が多い映画が待っているとは誰も予想していなかっただろう。今後どのような映画を撮影することになるか分からないが、こんなにもセリフが多い作品に出会うことは中々ないだろう。特に裁判所の公判シーンと映画序盤の日常シーンは、キャラクターの出方を異なる感じで表現しなければならなかった。日常シーンはいつもそうしてきたように撮影現場の雰囲気を中心にし、アドリブも少し入れて躍動感を出すために普段通りに演じた。だが、公判シーンは少し違った。今回の映画には5回公判シーンが出てくるが、下手すると平面的で退屈になるかもしれないと言われ、キャラクターをよりリアルに作る必要があると思った。公判ごとにキーポイントが違うため、そのキーポイントの特徴を生かして表現しようと準備をした。両水里(ヤンスリ)の撮影セットで10日間に渡り全ての公判シーンを撮影したが、撮影の5日前、一人でそこに行ってリハーサルをやってみたり、感情表現を練習していた。そしたら、その話を聞いた監督と撮影監督が駆け付けてきた。撮影監督は僕が練習しているところを見てカメラの位置を考えるなど、そんな風に5日間リハーサルを行った。こんなことをしたのは今回が初めてだ。

―ところで、ソン・ガンホは故ノ・ムヒョン前大統領を支持する側だったのか?

ソン・ガンホ:この映画の話に僕の個人的な意見はあまり重要ではない。ソン・ウソクというキャラクターは平凡な国民の一人として、最も象徴的なマインドを持つ市民だと思うが、それを基準に考えた時、特に80年代の故ノ・ムヒョン前大統領の生き方や価値観、そして激しさなどは、僕だけでなく、誰が見ても響くものがあると思う。

―先ほど、公判シーンのために準備やリハーサルを入念に行ったと言ったので聞きたいことがある。その前に実在の人物を描写するつもりはなかったと話していたが、もし故ノ・ムヒョン前大統領の支持者であった場合、自分でも気づかぬうちに役に投影されたのではないかと思うが。

ソン・ガンホ:徹底的に客観的な視点をキープした。台本やシーンが与える一番客観的で、一番冷静な視線で演じた。表面は熱い人物に見えても、演技する側は個人的な感情よりも客観的な事実や感情を持とうと努めた。俳優として適確な感情を考えることが一番重要だと思った。

―公判シーンの中で、故ノ・ムヒョン前大統領のモノマネのように聞こえる瞬間もあったが。

ソン・ガンホ:基本的に故ノ・ムヒョン前大統領を真似しようとしたことはない。僕がこの映画にキャスティングされた一番大きな理由は、釜山(プサン)出身だということだ。キャラクターが持つ言語的な側面、言語が与える情緒を上手く表現できる俳優の一人であるとの理由から、僕が優先的にキャスティングの候補にあがったようだ。だから、もし観客が故ノ・ムヒョン前大統領と映画の中の人物が似ていると感じたなら、それは言語面であの方と似ていると感じたからだろう。実際は僕の外見も身長も全く違うじゃないか(笑) もちろんヘアスタイルや衣装は当時に合わせたものだ。でもわざとあの方にそっくりにしようと演じたことはない。

―本当にセリフが多い役を演じきったが、その中で一番気持ちがすっきりして記憶に残るセリフは?

ソン・ガンホ:そうだね。素晴らしいセリフが本当に多い。予告編で出てくる4回公判のセリフも良いし。でも、記者会見の時にも話したが、映画で公判シーンを撮ったので憲法条項も覚えるようになったが、言葉が本当に美しいと思った。世界がこんなにも美しく、人生の理想を正確に書いてあるものが憲法だと思う。監督は好きなセリフが2つあると聞いた。「国民が貧しいからといって民主主義も法律の保護を受けられないというのには同意できない」というセリフと、最後に「だから法曹人が一番前に立つべきです」というセリフだ。ああ、そうだ。僕も好きなセリフがある。完成した映画を初めて見たのが技術試写会の時だったが、自分が演じたのに“あんなに良いセリフあったかな?”と思った部分がある。公判シーンでクァク・ドウォンに「それが本当の愛国だ」と言うシーンだが、そのセリフが本当に気に入っている。

―「弁護人」は俳優たちの演技に注目することも大きな楽しみだ。

ソン・ガンホ:クァク・ドウォンとは初めての共演だった。あ、映画「グッド・バッド・ウィアード」の時も共演しているが、その時はドウォンが悪役の中の一人だったから共演シーンはなかった。良い役者は相手の演技を上手く受け取ってくれるが、ドウォンはそれが非常に上手いので驚いた。オ・ダルスとは何度も共演した。彼は目を見るだけで面白いので演技ができない(笑) シワンは若くして映画に出演しているが、良い俳優の資質を持っている。キム・ヨンエは貫禄の演技というものを身を持って見せてくれた。実に驚いた。貫禄が与える実力だと思う。彼女のような演技をするためには、より頑張らなければならないと思うほどだった。

―恐らく色眼鏡で映画を見る観客もいるだろう。また、ソン・ガンホ本人だけではなくソン・ガンホの家族にも悪質な書き込みなど、言葉の暴力を振るう者も出てくるかもしれない。それについての不安は?

ソン・ガンホ:映画の内容や趣旨自体が多くの人が思っているものとは違うということを既に知っているので、あまり心配していない。そして万が一そんなことが起こっても、それも映画を見る視点の一つだとして受け入れるしかないと思う。まったく予想していない訳でもないのだし。ところで、本当にそのような映画ではないのに、どうして皆そう思っているのかよく分からない。観客たちの判断が一番正しいと思っているので、映画が公開されたらむしろ静かになるかもしれない。今はまだ公開前で皆映画を見ていないので、より先入観を持ってしまうのだろう。

―この映画に出演するかどうか悩んでいた時、奥さまが「恐れる必要なんてないよ」と言ったと聞いた。今まではソン・ガンホの奥さまがどんな人物なのか関心がなかったが、今回その話を聞いて知りたくなった(笑)

ソン・ガンホ:(笑) 外的な何かを恐れていた訳ではなく、誰かに迷惑をかけてはいけないという気持ちだった。依然として故ノ・ムヒョン前大統領を愛し、慕っている人たちが多い中、ただの俳優である僕にそれほどの能力があるのだろうかと悩んだ。まあ、これも一種の“恐怖”かもしれないが。とにかく自分で妻にアドバイスを求めた。妻は違う風に解釈していたかもしれないが。そして、いつも重要なことは家の中で決まる(笑) いくら素晴らしい監督や俳優、師匠がアドバイスをしてくれたとしても、最終的に気持ちが動くのは家の中だ。

―「シークレット・サンシャイン」で共演したチョン・ドヨンも「マルティニークからの祈り」で久しぶりにスクリーンに復帰した。1週間の差はあるが同時期の公開だ。そして、主演女優のチョン・ドヨンが“避けたい俳優”としてソン・ガンホを挙げているが。

ソン・ガンホ:(笑) その映像を見た。実はチョン・ドヨンさんとテキストメッセージも交わした。お互いにVIP試写会を見に行こうという約束までしたが、同時期に公開となると行きたくても行けない場合が多い。PR活動のスケジュールが重なったりもするし。だからお互いに残念だというテキストメッセージをやり取りした。「サスペクト 哀しき容疑者」も同様だ。パク・ヒスンが親しい後輩なので12月にお互いの映画を見て励まし合おうと話した。チョン・ドヨンさんも「マルティニークからの祈り」で熱演されたそうだし、とにかく皆の映画が全て成功してほしい。

記者 : ファン・ソンウン、写真 : ペン・ヒョンジュン