Vol.2 ― “「応答せよ1997」カン・ジュニに会いに行きます”:SPECIAL INTERVIEW

KSTYLE |

―最初に出演者リストを見て、名前を間違えたのではないかと思いました。演技をするとの話は初耳だったからです。どんなルートでキャスティングされましたか?

INFINITE ホヤ(以下、ホヤ):後から分かったんですが、訛りが話せるほとんどのアイドルがオーディションを受けたそうです。僕のグループでオーディションを受けたのも僕ひとりではありませんでした。さらに、僕は演技をする気がなかったので、当然期待もしていませんでした。デビュー前は演技をするのも面白いだろうなと思ったこともありましたが、グループの活動を初めてからは事務所も僕も、一度も念頭に置いたことがありません。本当にただ訛りが話せるという理由だけでオーディションを受けました。それなのに、信じられないことが起きました。受かってしまったんです。制作スタッフがなぜ僕を選んだのかは分かりません。一週間後に受かったとの連絡が来るまでは、どの役かも知りませんでした。後から聞きました。僕は普段そっち方面(同性愛)には先入観も偏見もないほうなので、あまり負担ではなかったのですが、事務所の代表は少し心配になったそうです。周りはこれからのイメージは大丈夫なのかと心配したりもしていました。僕からしたいと、是非させてくださいとお願いしました。何度も。この役割が、本当にしたかったんです。

―認識が大きく変わったとは言うものの、まだ性的アイデンティティの問題には多少の抵抗があっても仕方がないと思います。ですが、おかしなことにカン・ジュニにはまったく抵抗感がありませんでした。その理由はなんだと思いますか?

ホヤ:はい。周りからよく言われます。まず、制作スタッフの方々が、カン・ジュニという人物を、抱きしめてあげたい人物に、好感の持てる人物に描いてくださったおかげなのではないかと思います。そして事務所の代表もカン・ジュニが守るべき線のようなものを、引き続き教えてくださいました。ドラマが放送されている間もたくさん意見を交わしました。そのようにして、多くの方々のおかげでキャラクターが作られたのだと思います。僕はもともと、グループの中で男らしさ(?)を担当していたじゃないですか、しかもそれなりにカリスマ性のある。しかしカン・ジュニというキャラクターは繊細で優しいので、その二人が上手く調和したのではないでしょうか。だから監督が求めていた中間地点がでたんだと思います。

―まず、Mnet「INFINITE 序列王」と「応答せよ1997」がほぼ同じ時期に放送されましたが「INFINITE 序列王」で最初はかなり悪い男のコンセプトだったホヤが、後になるほど優しいイメージに変わりました。いきなり恋愛模様までできましたし。以前のホヤだったら考えられないことではありませんか?

ホヤ:あ、そんなことを感じましたか。僕も驚いたのが、監督が後になっていたずらっぽく僕に「監督、僕、自分の性的アイデンティティを探しました」とか言うのではないかと思ったとおっしゃいました。冗談だとしても何回もからかわれ、少し心配になりました。けれど、演技を学んだことが一度もないので、たくさん練習するしかありませんでした。繰り返して台本を読み直し、撮影現場ではカン・ジュニになりきっていたので、いつの間にか身に染みついてしまったようです。マネージャーさんも、最近僕の性格が若干変わったようだと言います。さらに親切で柔らかくなったとか。何よりも自信が付いたのは事実です。図々しくなったと言いますか、言葉数が増えたとも言われるようになりました。

―INFINITEの中でのホヤと、ドラマの中でのカン・ジュニは、完全に相反する感じじゃないですか。カン・ジュニを先に見た方は、ステージの上のホヤを見て驚くかも知れないと思いますが。

ホヤ:僕も、事務所でも、その部分を心配しています。INFINITEをよく知らない方々は、僕をただ優しく繊細なカン・ジュニだと認識しているだろうから。ステージでのダークなイメージの僕を見てうろたえるかも知れません。だからといって、カン・ジュニのように笑っているわけにもいかないし。それに愛らしさは他のメンバーが担当しているので、少し心配です(笑)

―初めての演技なのでロールモデルのような存在があると思いますが。

ホヤ:特に誰かのような演技をしたいと思ったことはありません。ただ、台本にあるカン・ジュニをそのまま表現しようと努力しました。今考えてみると、ステージで何とかカリスマ性を放つために、自分なりに演技をしていたと思います。ダンスも演技じゃないですか。

―意外な善戦でファンは喜んでいると思いますが、最初はひやひやしながら見守ったのでは?

ホヤ:INFINITEはファンの力でここまでこれたと言っても過言ではありません。大体のアイドルグループがそうだと思いますが、僕たちのグループは認知度に比べ、ファン層が厚い方です。広報も最初の頃から事務所よりはファンの方々が、影響力のあるネットカフェや掲示板に動画を掲載するなどして、頑張ってくださいました。私たちを元気付けるために色々と支援もしてくださいましたし。僕たちはデビュー前にMnet「INFINITE 私のお兄さん」という番組で認知度を上げました。アイドルらしくない、隣近所の弟のような雰囲気なので、その気さくな面が好まれたのだと思います。なので、デビュー後の初ステージの事前収録のときから、たくさん来てくださいました。思い返しても感動します。僕の個人のファンの方々は、僕がソロアルバムを出す日が来ることを待ち望んでいます。しかし、演技に興味がないと豪語していた僕がいきなり演技を始めて、混乱する部分もあるかと思います。まず、驚いたと思いますし、心配もしたと思います。学んだこともないのに演技をすると言うのだから、心配するのは当然です。いつも頑張っていますので、安心してくださいと伝えたいです。

―PSY(サイ)の強制海外進出とは比べられないと思いますが、僅か2年前に釜山(プサン)から上京した時を考えると、見事な成果ですね?

ホヤ:釜山産まれなんですが、昌原(チャンウォン)に引っ越して17歳まで暮らしました。たまたまダンスが好きになりましたが、進学校だったので、学校の授業とダンスの並行が不可能に思えました。僕は同時に色々なことができないタイプです。そこで中退を考えたのです。父から激しく反対されたのですが、僕が意地を張りました。中学校までは、読書室にも通い、夜遅くまで家庭教師の授業も受け、警察大学に行くと言っていたのに、学校を辞めるなんて、怒って当然です。父にたくさん殴られましたし、母は後ろ盾になりながらもたくさん泣きました。今考えてみれば、本当に申し訳なかったと思います。母とは二日に一回の割合で電話をしますが、釜山の男って分かるでしょう?僕が先に掛けるのは掛けるのですが、ぶっきらぼうに一言二言を話してから素早く切ります。おかしなことに、声も低めになります。なぜでしょうか、これからは親孝行しないと。実はダンスを学ぶためにソウルに来たのですが、都合が悪く、再び釜山に戻りました。ソウルが授業を受ける塾のような雰囲気だとすれば、釜山は競技場のような雰囲気でした。先生から学ぶという雰囲気ではなく、一緒に楽しむという感覚だったので良かったです。

―演技も初めてで、しかも初めて一人で行う活動だったので大変な点があったと思いますが。

ホヤ:僕は人見知りで、他のメンバーなしで何かをするのが初めてだったので、慎重でした。幸い面識のあるソ・イングク兄さんがいて、紹介もしてくれて、架け橋の役割をしてくださいました。そして他の方々が人見知りではなかったので、先に近づいてきてくれました。みんな友達という設定なので、早く親しくならないとドラマの役に立たないじゃないですか。そこで僕も、あえて自身の性格とは違うけど近づこうと努力しました。ウン・ジウォン兄さんの場合、あまりにも大先輩じゃないですか。だから初日だけはよそよそしく、二日目からはすぐ親しくなったのですが、それだけ兄さんの方から心を開いてくださった結果です。ウン・ジウォン兄さんのあだ名である“チョディン(小学生の俗語)”に相応しく、本当に純粋な方です。

―目標も修正されたと思いますが。

ホヤ:欲張りなので、色々としたいことが多いです。1stアルバムのときは、EPIK HIGHのMITHRA先輩がラップを書いてくださいましたが、その後からは僕が自分で書いています。ラップをしていると歌にも意欲が生まれ、ボーカルレッスンも一生懸命に受けています。あまり才能がない方なので、生き残る道は練習しかないと思っています。実は、ダンスも下手でした。努力してここまで来たのです。運動をするように、体でぶつかりながらダンスを学びました。演技も興味はなかったのですが、いざ演じてみると欲が出ます。演技の勉強も本格的にしてみたいです。でも、まだオファーはないそうです(笑)

―「応答せよ1997」に出演しながら、学校に通っていた頃を思い出しませんでしたか?友達との友情とか、惜しいと思いませんか。

ホヤ:学校は中退しましたが、その後は練習室に込もった状態で、共にダンスの練習をした同僚たちと、学校の友達以上の友情を築きました。なので、中退したことを後悔したりはしていません。僕にとってはその頃が、他の人には経験できない大事な思い出だからです。それでも「応答せよ1997」に出演しながら感謝したことは、再び制服を着て友達と共に生活するなど、失われた学生時代を再び見つけたような気がしたことです。言葉では後悔しないと言っても、どことなく名残惜しさがあったようです。一種の間接経験ができてよかったです。何か償いを受けているような感覚でした。

―最後に「ラジオスター」を真似てみましょう。ホヤにとって「応答せよ1997」とは?

ホヤ:一言では表現し難い奇跡のようなものです。本当に多くのことを学ばせていただいたので。素敵な方々にも出会えましたし、何日間か連続で徹夜をしても大丈夫なほど楽しい日々でした。僕は普段、趣味はありません。他のメンバーが僕に職業が趣味だと言ったほどです。時間ができれば練習室に向かい練習をしながら暮らしてきました。しかし、演技ということを知り、演技をするためにはまた色々な経験が必要じゃないですか。また演技を通じて間接経験もたくさんできそうで良いと思います。また認知度も上がりました(笑)

エピローグ
2012年の現在を生きる33歳の男女の同窓会から始まった「応答せよ1997」は、新しい恋を探すカン・ジュニの後ろ姿で終わった。最終回のタイトル「初恋が叶わない理由」は、カン・ジュニへの制作スタッフの配慮ではないだろうか。カン・ジュニを迎えに来た赤い車の持ち主が男なのか女なのかは気にならない。カン・ジュニがこれ以上寂しい思いをしないのが嬉しいだけだ。カン・ジュニが幸せになったことと同じくらい嬉しいのは、ホヤの飛躍だ。それはデビュー1ヶ月ほど(?)の、危うくて、どこか物足りないINFINITEと会ったことがあるからだろう。一人で地方から上京したと言うけれど、中退したと言うけれど、ダンスは上手いと言うけれど、アイドルを育てた経験の無い事務所だけれど……。心配そうな目で見ていたその子が、出世と言うものをしたわけである。一方では涙ぐましい。この2年間、一人でどれだけ頑張ってきたのかが想像できる。よくやった、ホヤ!

文:コラムニスト チョン・ソクヒ

「NAVER スペシャルインタビュー」では、今話題の人物にコラムニストのチョン・ソクヒさんがインタビューを実施。韓国で一番ホットな人物の本音をお届けします。

記者 : チョン・ソクヒ