Vol.2 ― ナム・ギョンジュ「生の波を乗り越える信念が私の力」

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写真=AGA Company
俳優ナム・ギョンジュは、今年の上半期だけで「ラ・カージュ・オ・フォール」と「シカゴ」の2作を演じていた。それも、ひとつのシーズンに、次のシーズンへ移ってるのではなく同時にである。こうしてミュージカルへの愛に浸っている彼に、休みの間はどうするかを尋ねた。

「私は、忙しいときほど多くのことをやるようにしています。休んでいるときは何もしないで休みますけれど、忙しいときほど本を読むようにしていますし、休みのときよりも忙しいときに時間を割いてジムに行ったり、他のことをもっとやったり……元々、そういう性格みたいです。仕事があるときは、もっと自分自身を厳しく引き締めてエネルギーを作り出す、いわば自分で発電させる“自家発電”スタイルです。そして休むときは、自分の中のエネルギーを完全に放電させるんです。

妻から見たとき『夫がいま働いているかどうかわからない』と思うほど、そういう気配を出さないほうです。今日も、朝の6時50分に飛行機で済州(チェジュ)島に行き、子供キャンプで講演して、また戻ってインタビューに応じているんです。他の人達は、今夜公演があるにも関わらず私がこうやって忙しく飛び回っているなんて信じません。こんなに忙しいのにどうやって公演できるかってね。

でも私は、私なりのノウハウがあります。仕事をするときだけ集中し、起こっていないことや今後のことについては心配しません。もちろん、準備すべきことについては徹底的に備えます。予め準備して、それからのことが心配にならないようにしておくんです。

ステージに上る前に、楽屋でどれほど綿密に準備したかによってステージの上で自由を満喫できるように、自分を拘束しなければならないときは、確実に自分を拘束します。しかし、ステージに上るときは自分をありのままに表現します。今日も、あと少しでステージに上りますが、緊張よりは期待の方が大きいです。どんなことがステージで起こるかな、という楽しみの方が大きいんです」


“結果”より“過程”を重要視するナム・ギョンジュ

ナム・ギョンジュは、仕事はするが、仕事を“楽しめる”俳優だった。彼は忙しいスケジュールのなかで、仕事に苛まれることなく、仕事からエネルギーを得て、その仕事を通じて自分自身を成長させられる俳優だった。ステージに上がる前に“緊張”は楽屋の中に残し、ステージの上では“嬉しさ”を抱えて行くことができる俳優だったのだ。

ナム・ギョンジュは“結果”よりは“過程”を重要視する俳優として、ミュージカル界では有名だった。最高の“結果”を重要視するよりは、どれほど最善を尽くして準備したかを重要視する“過程中心主義者”でもある。“過程”を重要視することになった特別なきっかけがあったのか聞いてみた。

「20代は、自分が好きなことはミュージカル俳優だということを発見した年頃でした。ミュージカルを演じてみて面白かったから『性に合う』と天職だと思うようになりました。そして、ミュージカルについて知りたかったので、ただ闇雲にミュージカルの練習と勉強をしました。20代のときも、自分で認識していませんでしたが、過程そのものが楽しかったわけで、何かを望んでやったことではないんです。

私が20代の頃は、人々にミュージカルがそれほど知られていない時代でした。なので、私なりの夢がありました。後で人々の口からナム・ギョンジュという名前が出たとき『ああ、あの人がミュージカル俳優だね』とだけ知ってもらいたいという小さな夢でした。

20代の夢が叶ってからは、結婚して夢が変わりました。『良い父親になりたい』というふうに。『良い父親になるということは、つまり良い俳優になることだ』と思ったんです。娘に恥ずかしくない父親になることが、良い父親になることだと思います。

俳優として恥ずかしくないことは何かを考えてみたら、自分が与えられたことに最善を尽くし、準備し、それを楽しむことができて、結果よりは過程を楽しむことができる人間になれたなら、良い父親になれると思います。家族にこのような過程本位の人生について話して、このような方式で一緒に生きていけたらと思います。こんな過程本位の人生は、本から学んだ部分もありますが、経験から理解した部分もあります。

でも、過程を楽しむといっても、ただ楽しむだけとは思いません。例えば、アスリートが試合を楽しむためには、技術も必要ですし、試合の運用能力も必要ですし、体力も必要なように、様々な能力が必要になります。

これは、人生も同じですし、役者という職業も同じだと思います。俳優なら基本的なスキルから初めて、本人ならではの芸術哲学、様々な表現方式などをすべて備えることも重要ですが、何より先に人間になるべきです。人間になるための悩みは重要だと思います。どんなことが幸せな人生で、人間らしい人生かを悩みながら、自分が良い俳優として、良い父親として生きていけるのではないかと思います」

ナム・ギョンジュは、家族を重要視する大黒柱だった。良き俳優になる前に、まずは良き父親になろうというナム・ギョンジュの哲学を拡張してみたら、彼の人生自体が娘に、家族にメンタリング(人の育成、指導方法の一つ)として伝えられるという意味深さを持っているからだ。言葉で教える前に、人生を通じて家族に、娘にとってモデルになろうとする彼の家族中心の哲学は、役者としての個人哲学とも密接に関連していることがわかる。

「ジュリアス・シーザーの“勝利の道”が好きです。『勝利は信念から始まり、信念は知識から始まり、知識は訓練から始まる。訓練が不足すれば知識が足りず、知識が不足すれば信念が達成できず、信念が不足すれば勝利を達成できない』

これは経験から会得したことですが、頭でだけ一生懸命考えたとしても、良いアイデアは浮かびません。運動をしたり、楽器を弾いたり、楽屋で音楽をながして体を動かしたり、このような一連の活動を通じて得る知識は、本から得られる知識とは違い、カエサルが話した“信念”を得られる土台を作ってくれるんです。

人はアップダウンの浮き沈みがありがちです。信念を持ったら、人がどれほど暗い状況にあるとしても、諦めたり恐れたりせず、それを乗り越えるために挑戦していくと思います。でも、信念がないなら、そこで躓いてしまうと思います。人生は短時間で結果を得られるものではありません。長い歳月が必要ですが、長い歳月を耐え忍ぶためには信念が必要だと思います。

そこで、信念を必要とするためには、先ほど良き父親、良き役者について話したときのように、守るべき基本的な土台の上に築き上げられるものなのです。私が見た限りでは、基本がぶれると、どれほど頑張ったとしても虚しい動きにしかならないと思うんです」

ジュリアス・シーザーを取り上げてまで、彼が最終的に話したかったのはこれではないかと思った。生の波を乗り越えるためには、信念は必ず必要なものだ。しかし、この信念を備えるためには、しっかりとした基本が必要だ。基本が十分でない場合、決して信念を持てないことをナム・ギョンジュは強調した。基本があって初めて信念が持て、信念があって初めて勝利を達成できるということである。最後にミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」ならではの魅力ポイントについて、彼はどう思っているだろうか。

「(普通の人とは違い)一般的でない人生を生きていくゲイの話ですが、愛があれば犠牲があり、幸せがあれば悲しさがある、喜怒哀楽がすべて作品の中に盛り込まれています。そのため、ゲイを題材にしたから『ゲイの話だから変わっているんだろう』という偏見を持つ前に、自分の周りにもこのような人がいるかも、と気楽に観覧していただけたら嬉しいです。

そして、彼らがこの難関をどのようにして、賢く乗り越えていくかに注目していただければ、さらにお楽しみ頂けるのではないかと思います」

記者 : パク・ジョンファン