西島秀俊 「映画で先入観が壊れる瞬間を待つ」

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※この記事は2012年当時のものです。

つい最近まで“キム・テヒの男”と呼ばれた俳優の西島秀俊。2011年フジテレビの「僕とスターの99日」でキム・テヒと共演したことが話題となり、韓国でも知名度が上がった。キム・テヒとの呼吸が絶妙だったこのドラマは、彼の意外な一面が垣間見える作品であった。だがそれは、日本映画、その中でも特に自主制作映画や低予算映画を通じて西島秀俊を見てきた従来のファンたちにとっては少し見慣れない顔でもあった。そんな彼がイラン出身のアミール・ナデリ監督の映画「CUT」の公開を迎え、韓国を訪れた。死んだ兄の借金を返済するために殴られ屋となる売れない映画監督・秀二という役は、苦悩する表情が印象的な西島秀俊からは想像できない姿であった。しかし、その役には子供の頃から映画が好きで、クリスマスに1人で溝口健二の映画を3本立て続けに観たこともある映画マニアの西島秀俊の姿が表れている。次のインタビューはどんな質問にも真面目に答えようとする姿が素敵だった俳優、そして映画を愛する1人の男と交わした会話の記録である。

―昨年釜山(プサン)国際映画祭にも参加していましたし、韓国には何度も来られているかと思いますが。

西島秀俊:「CUT」の上映後に日本はもちろん、海外でも観客との会話の時間が多く設けられていて、たくさんの観客と交流することができました。そんな時間を通じて映画もよりよくなっていくと思います。また今回は他の映画祭では受けたことのない結婚観を質問されて……(笑)

―キム・テヒと共演した「僕とスターの99日」の影響なのかもしれませんが、そのドラマを通じて西島秀俊という俳優の存在を知ったという人も多いですね。

西島秀俊:確かに前より多くの人々が観に来て下さって正直すごく驚きました。キム・テヒさんとは楽しく仕事をさせてもらいました。日本語がとても上手で、言葉の壁や文化の壁みたいなものを感じたことはなかったのです。むしろ人間ってすごく似ているなぁと思うようになりましたね。

―「僕とスターの99日」では、飾らない熱いキャラクターの並木航平役を演じていらっしゃいましたが、今までのイメージとは違う役柄という感じがしました。

西島秀俊:前にドラマでやってみたい役があるという話をしたことがありますが、それは熱血教師ものと刑事もの、ラブコメディ、この3つですね。ラブコメディはずっとやりたいと思っていたので、それほど違和感なく役に入れました。放送後、「本当に驚きました」という感想も多く寄せられて……。

「実際はそんなに寡黙な人間ではない」

―これまでの出演作の影響かもしれませんが、寡黙で近寄りがたい人というイメージが強いのですが(笑)

西島秀俊:実際はそうじゃありません(笑) どちらかというと、共演者らにいたずらをされたりいじられる方です。笑い出したら止まらないタイプなので、それで演技ができなくなったりして。映画では何を考えているかわからない、心のどこかに問題を抱えている役が多かったと思います(笑) だから「僕とスターの99日」や「CUT」のような、ここ最近1年間で出演した役は今までのイメージとはちょっと違うかもかもしれませんね。

―「CUT」では秀二の狂気的なまでの映画への愛が描かれていますね。彼は今の映画界が直面している現実について挑発的な質問を投げかけていますが、それについてどう思われますか。

西島秀俊:この映画がエンターテインメントとしての映画を否定するわけではありません。過去には娯楽映画と芸術映画が共存することができたのですが、今は芸術映画が疎外されている感じがします。娯楽映画が人気があるのは当然理解できますが、それ1つだけ残ってしまうのはフェアじゃないです。見たいと思う観客がいるのに、場所がないということは間違っていると思います。映画の本質を真正面から問いかける映画ですが、芸術に携わる人ならば誰でも直面する娯楽性と資本の問題、それにどう向き合って解決していくべきか、そのために人は何を見返りとして支払わねばならないのかといった問題を扱っています。強い信念と精神力で不可能を可能に変えていく1人の男の話でもあります。

―元々映画がお好きでいらっしゃったと伺いましたが、そういう意味でも個人的には思い入れのある作品だったのでは?

西島秀俊:役者になる前からアートハウス系の映画が好きでした。だから他の作品よりも感情移入しやすかったところもあります。アミール・ナデリ監督とは2005年にお会いして、それから監督が来日するたびに一緒に映画を見て感想を言い合ったりしていますが、そうしているうちに秀二というキャラクターが出来上がったので、僕が多く反映されている役だと思います。

―幼い時から芸術映画がお好きでいらっしゃったのですか?

西島秀俊:いいえ、普通に「スターウォーズ」みたいなものが好きでしたね。1人で映画館に行って見たのは、今のシネコンなどで上映される映画でした。スティーヴン・スピルバーグとかジャッキー・チェンとか。父が映画好きだったので、家でチャールズ・チャップリンやアルフレッド・ヒッチコックの映画を繰り返し見たりして。正直言って「CUT」の秀二が無視する映画の中に、僕の好きな映画が結構ありますね。B級映画のようなものも好きだし、どんな映画でも楽しめちゃうタイプなんで。監督が僕から引き出したのは映画に対する態度より、俳優としての可能性のようなものだったと思います。

―具体的に言いますと?

西島秀俊:自分は身体で表現する俳優だと思います。身体を動かすのも好きだし、台詞や表情での演技よりは身体で反応するタイプだと思っています。でも実際にオファーが来るの役は、静かで全然活発ではない役が多かったり(笑) ところでアミール・ナデリ監督はどうして分かったのか分からないんですが、普段から「君は身体能力が高いのに、何故それを使わない?」と言っていましたね。それが今回の映画で「何より君の身体の動きを表現したい」ということになってしまって。確かに今まで体験できなかった経験でとても楽しかったです。

―演技だと割り切っても目の前にげんこつが飛んできたら怖いと思うのは、ごく自然なことだと思いますが。

西島秀俊:その瞬間は頭がおかしくなっているので、怖くなかったんです(笑) もちろん殴られる真似をするだけじゃなくて、本当にリアルに窮地に追い込まれた人間を演じなければならないので、それは難しかったのです。殴られ屋だったので、殴り返すこともできなくて、ただ殴られることでその場にいる人々を圧倒するような演技をしなければならなかったので、僕の中でエネルギーみたいなものが溜まっていく感じでした。そのせいかは分かりませんが、観ると病み付きになる映画です。「7回、10回観ました!」とおっしゃってくれる人も多いですね。何回観ても最後の殴られるシーンでは思わず息を呑んでしまうと……。

―アミール・ナデリ監督はとてもエネルギッシュな人に見えますが、ふだんの仕事の現場とはかなり違った雰囲気でしたか?

西島秀俊:1ヶ月間誰とも口を聞かないでと言われました。誰かとちょっとでも話そうものなら「あっちに行って役作りに集中しろ!」と怒られました。誰に「こんにちは」と声をかけられても、僕は返事をしちゃ駄目で……。変な人に思われてもいいから、役になりきって良い演技をするのが、現場での雰囲気作りにつながると言われました。だけど、彼はすごく丁寧な演出をされる方で、撮影が始まったらまず現場にいたスタッフに席を外してもらって、俳優ひとりひとりを呼んでこのシーンはこんな内容で、どんなことが起きるというのを細かく説明して、それが終わったらスタッフを呼び戻します。でもいざ撮影が始まると、みんな興奮して、僕も、監督も、スタッフも狂ったように大声で叫んだり(笑)「カット!」と言われているのに止まれなくて助監督に止めさせられたほど激しかったですね。そういう現場じゃなかったら、この映画は撮れなかったと思います。

「韓国映画はパワフルな感じがする」

―俳優は選択される立場なので「CUT」で言う“本当の映画”にだけこだわるのは難しいと思いますが。

西島秀俊:今でもドラマを撮影していて予算が多く投じられる商業映画にも出演しています。まず自分が楽しんでいます。そしてどんな作品でもこの役は僕じゃなきゃダメだと強く言ってくれる誰かがいつもいますね。プロデューサーや脚本家だったり、監督だったり。実際そう強く求められるというのは、本当に必要な俳優だと思いますから(笑) だからドラマでも娯楽映画でも別に疑問を持たないで出演します。「この役は西島しかできない」と確信している人がそこにいますから。

―彼らがあなたに求めているものは、何だと思いますか?

西島秀俊:何ですかね。聞いてみたいことはないんですが(笑) 何といいますか、いい意味で変な人が多いですね。平凡な人の群れの中にある異質な存在と言いますか、ユニークだと感じる人です。映画でも民間放送のドラマ監督でもNHKのドキュメンタリー演出者でも、実際彼らと話してみれば本当にそのジャンルに精通していて、愛情が深い人々ですね。仕事だからやっていると言う人は1人もいません。

―彼らもあなたがユニークな人だと思っているのでは?

西島秀俊:そうですかね。自分では普通の人だと思って生きていますが(笑)

―映画が好きだったが、初めから俳優をめざしていたわけではなかったと聞きましたが。

西島秀俊:理系大学に進学しましたが、エンジニアは自分に向いてないんじゃないかなと思って、それじゃ何をするかを考えた時に映画が頭に浮かんだんですね。でも映画についての知識は全く無かったんです。子供の頃から父に話を聞きながら1人で想像したスタジオシステムが機能していた時期のイメージしか持っていなかったのです。撮影現場に毎日いられるなら、お金がなくても大学を辞めても後悔しないと思いましたね。今思うと本当に子供みたいな考え方ですよね。それで映画関係の仕事をしたいと言ったら履歴書を持って来いと言う人がいて俳優事務所に入りました。

―現実はずいぶん違ったのでは?

西島秀俊:もちろん、完全に違っていましたね(笑)スタジオシステムなんかすでになくなっていたし、毎日映画を撮影できる状況じゃなかったので。

―後悔したことはなかったのですか?

西島秀俊:そうですね。映画の現場が何でそんなに好きかという質問をされても、どう答えればいいのか自分でもよく分かりません。ただ好きなだけで。本当に辛いことも多いし、大変ですけど、やはり撮影現場はすごく楽しいところで、その場にいられて幸せだなと思います。

―「CUT」で「時代が違うんだよ」という台詞が出ますが、今の時代はテレビ、ゲーム、スポーツなど映画ではなくても楽しめるものがたくさんあります。それでも映画じゃなきゃダメなのかと聞かれたら?

西島秀俊:例えば映画祭に行ったら、アメリカの映画はもちろんイラン映画、アフガニスタン映画、クルド族の監督が作った映画など様々な映画が観れますよね。これを通じて独自の観点で見たその社会の問題を垣間見ることができます。なぜかは分かりませんが、映画は世界中で作られていて、どこの国にでも立派な監督がいて、その国の生活や生きている人々の姿と考え方がカメラに収められています。世の中を見る視点が1つだけではないこと、これだけが正義でこれは悪だと断言できないということを映画を観ながら学ぶことができると思います。映画を通じて自分が持っている先入観が壊される瞬間を楽しみに待っているというか。それを通じてしがらみから自由になれる気がするし、もちろんそれは絵や音楽でもできますが、僕にとっては映画が一番効果があるかな。

―映画の中で秀二が選ぶベスト映画100本にイ・チャンドン監督の「ペパーミント・キャンディー」も入っていましたね。ポン・ジュノ監督をはじめ韓国人監督と映画もお好きだと聞きましたが。

西島秀俊:韓国映画は映画祭やDVDで観たりしますけど、日本映画とは違いますよね。監督が違うので、一言では言えないですけど、パワフルな感じがします。特に血なまぐさい暴力シーンは印象的で。僕も血なまぐさいものが好きなんで、機会があればやってみたいです(笑) 好きな監督はもちろん、いい映画を撮りたいと熱望している方がいればぜひ一緒に仕事をしてみたいです。ギャラなんて気にしませんから、過酷できつい映画でいいです。

―この監督にキャスティングしてほしいと思っている人はいますか?

西島秀俊:ものすごく多いんですが、当の本人に会った時を思うと恥ずかしくて言えません(笑)

記者 : キム・ヒジュ、写真 : チェ・ギウォン、編集 : イ・ジヘ、翻訳 : ミン・ヘリン