イ・チョンアがおすすめする「憂鬱だった青春を代弁する音楽」

10asia |

「あんた、簡単な女だな。簡単なだけか? 贅沢だ。贅沢女だ、ヤン・ウンビ」

贅沢? 贅沢って? いくら記憶の中を掘り返しても、ドラマの中で女性主人公がこれほど素直に自身について告白するのを見た覚えがない。だからだろうか。イケメンと和やかなフンナム(優しい癒し系男子)の間で思いきり迷うtvN「美男ラーメン店」のヤン・ウンビが、憎らしくも目障りでもなく、むしろ愛しかったのは。「『オオカミの誘惑』のチョン・ハンギョンはもどかしい子でした。一度小突きたくなるくらい。正直、二人の男性から愛されたら嬉しいじゃないですか」と言いながら、目が三日月のように曲がるほど笑うイ・チョンアに、ヤン・ウンビが重なって見えるのも、こんなにも素直な性格だからかもしれない。

だが、これほど素直になれるまでは、イ・チョンアには悩みもあったし長い時間が必要だった。実質的に名前を知られるようになった映画「オオカミの誘惑」は、「カメラも知らなかったし、アングルも照明も何だかわからなくて、今思うとそんな私がいた中でどう映画を撮影したかわからない」と言うくらいあっという間に過ぎて行ったし、それからも一つの作品が終わる度に演技をやめたいと思うほど、女優をやりたくない時期もあった。

舞台俳優である父は、イ・チョンアが演技を始める時「お前には女優の素質がない」と言うくらい反対し、自分を証明するためにも、イ・チョンアは他の人よりもっと真剣に演技に取り組まなければならなかった。しかし、自分に厳しくすればするほど、自信はなくなるばかりだった。

とめどなく消えていく自信が回復し始めたのは、前所属事務所との契約が終わり、自分をゆっくり振り返っていた25歳のある日。「いきなり意地を張るように」なり、「一度でもいいから上手いと言われてからやめたいという気持ち」も出てきた。演劇映画学科の課題をやりながら、自ら撮影補助をすると言い出し、自分に足りないものが何か気付き始めた。「あの時はまだ幼かったようです」と、大きく肩を動かしながらつく溜息は、成長したイ・チョンアの今と、その当時の悩みとの差を感じさせる。

映画「同い年の家庭教師レッスン2」を撮りながら親しくなった友人パク・ギウンに、最近「もう力が入ってなさそうでいいね」と言われて嬉しかったというイ・チョンアは、今になって女優の楽しさを満喫している。「気持ち悪いと言われたら失敗だと思っていたけど、幸いうらやましいと言われて『あなたもヤン・ウンビがうらやましいですよね? 私もうらやましいです』」とくどくど繰り返しながら、ネットでの反応を調べまくったり、これまで疎かにしていたファンのブログを訪ねて、どんな時も信じてくれたファンたちに申し訳ない気持ちも持ち始めた。

以下は長くて遠い旅から戻ってきて、やっと余裕や自信を取り戻した女優イ・チョンアが、ゆったりと聴くことができる、憂鬱だった青春を代弁した音楽だ。

1.MOT「非線形(Non-Linear)」
「憂鬱な時に聴くともっと憂鬱になりそうだけど、不思議と治る感じ? 早く底から這い上がれるようにしてくれる歌」だとイ・チョンアが紹介するMOTの「翼」は、「私たちは壊れることを知りながらも高いところだけを飛んでいた/一緒に過ごした日々はとても幸せで悲しかった」という歌詞のように、限りなく寂しい歌だ。泥沼にはまった時、もがけばもがくほどさらに深くはまってしまうように、なんとか憂鬱な気分を振り捨てようとあたふたするより、感情の荒波に身を任せて、じっと自分の気持ちを覗いてみた方がいいかもしれない。イ・オンの低めにささやく歌声と、幻想的なベースラインが与える感情に、人々が静かな喝采を送るのは、そのためではないだろうか。

2.Maroon 5「Songs About Jane」
Maroon 5の「She Will Be Loved」には、イ・チョンアだけの忘れられない思い出がある。「誰にも愛されていない気がしたある日、“宇宙で一人ぼっち”になりそうだった時、友達がただ『聴いてみて』と言いながらそっと渡してくれた歌」だった。Maroon 5のボーカル、アダム・レヴィーンが「My heart is full and my door's always open/You can come anytime you want(私の心は満たされ、ドアはいつも開けてある/あなたが来たい時にいつでもおいで)」という歌詞を淡々と歌うのを聴いたイ・チョンアは「きっと誰か一人は理解してくれている。私もいつかは愛されるだろう」と思い、ワーワー泣いたという。悲しみを分かち合うことはできなくても、“あなた”の感情に“私”が共鳴しているという慰め。音楽が持つ治癒の力とはそういうものではないだろうか。

3.キム・ユナ「Shadow of Your Smile」
イ・チョンアはキム・ユナを愛してやまない歌手として挙げ、一瞬目を閉じた。そして、「私たちの間に低い塀があって/私の言葉があなたには届きません」という歌詞を低めにつぶやきながら、「私が好きな人と何かがあったら、その歌詞が耳元で響き始めます」と話した。関係と疎通の不完全性を歌うキム・ユナの“塀”に、イ・チョンアが深く共感するのはそれほど女優として、また一人の人間として、自身について真剣に悩んだ時間があったからだろう。自分のことを奥まで覗き込んだ分、他人にも軽く見られなかったはずだ。美しいピアノの演奏と共に透明感あふれるキム・ユナの歌声が、人間関係の隙間を覗き込む繊細な人々に深い共感を与える曲である。

4.キム・グァンソク「僕の歌」
ある歌は長い年月を経ても生き残り、その歌は聴く人それぞれに特別な意味として刻まれる。キム・グァンソクが1992年に発表した「僕の歌」に収録された「忘れなければならないという気持ちで」は、イ・チョンアが「美男ラーメン店」を通じて知った曲で、自身のプレイヤーに深くしまっておいた曲。心の鋭敏なところを刺激するようなギターの旋律と、シンプルで切ないキム・グァンソクの歌声が「過ぎた時間は思い出に埋もれるとおしまいなのに/私はなぜこんなにも長い夜をまた忘れずに明かすのだろう」と歌うと、頑張ってしまっておいた古い思い出が蘇る。「美男ラーメン店」でも、この歌はチャ・オッキュン社長(チュ・ヒョン)が離れて行った妻に逢いたい時聴く歌として登場した。忙しくてつらい日常の中で、ふと古い思い出を呼び起こすキム・グァンソクの力は、発売から20年経った今も健在だ。

5.One Selfの「Blue Bird」が収録された「Hotel Costes 9」
「美男ラーメン店」でヤン・ウンビは、自分から離れた元恋人と一緒に聴いていたブロッコリー・ノマジョ(Broccoli you too)の「普遍的な歌」を聴きながら、「これは普通の歌じゃなくて、あの6年間の私とカレ」だと語る。歌はそのようにある記憶をメロディーや歌詞の間に積み重ねてしまっておく。フランスのパリにあるホテルコストの専属DJ、ステファン・ポンポニャックのラウンジ系コンピレーションアルバム「Hotel Costes 9」に収録されたOne Selfの「Blue Bird」も、イ・チョンアにとってはそのような歌だ。「この歌を偶然江南(カンナム)駅で初めて聴いたんですけど、その時は恋愛をするかしないか悩んでいた時でした。その時恋愛をしていたらこの歌を覚えていなかったと思いますが、恋愛をしなかったせいかずっと記憶に残っています」 この様に、人も恋愛も消えて行くけれど、歌は残って時々その記憶を呼び起こす。

今やイ・チョンアは幸せな女優を夢見ながら、おばあちゃん役を任せられるまで長く演技を続けたいと言う。KBS「みんなでチャチャチャ」で共演したホン・ヨソプから聞いた「俳優はみんなから愛されることを老いていくことで恩返しをしなければならない。それが礼儀である。人気を得てお金を稼いで、有名になったから俳優を辞めるということは本当に無礼だ」という言葉を胸の奥にしまったイ・チョンアは、もう「自分を信じることが、何より幸せな女優として長く生きられる道」だということが分かっている。もしかしたらこれからも、小さな風で揺れることがあるかもしれないが、大丈夫だろう。イ・チョンアは「こんな時に限って必ず壁は出てくるけど、そしたら、まあ、乗り越えるしかない」と笑いながら話せる女優だから。

記者 : キム・ミョンヒョン、写真:イ・ジンヒョク、翻訳:ハン・アルム