KARA ヨンジが語る“女優、歌手、そしてKARAのこと”

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ヨンジが再び日本に現れた。

今年3月、Aprilのファンミーティング(@都内) にスペシャルMCとして参加して以来、約4ヶ月ぶりの来日だった。

7月2日の自身のファンミーティングのために日本に現れた姿は、はつらつとしていた。豊かな表情で、自分の考えを表現する。そんな21歳の姿がそこにあった。
「ひとりで活動している今は、考えるというよりは、常に『やらなきゃ』と行動する時間が長くなっているんです」

ヨンジは今、何を思うのか。思えば日本メディアが彼女個人にじっくりとフォーカスした情報を目にする機会は少なかった。ファンミーティングの前日、都内で直接話を聞いた。

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―2016年も上半期が終了しました。韓国でどんな活動を?

ヨンジ:新しい姿をお見せしたい。そういうことを心掛けて過ごした時間だったように思います。とにもかくにも、ドラマへの出演が大きな変化でした。3月から撮影が始まって、最近終わりました。長い期間撮影が続いていましたね。

―「また オ・ヘヨン」(ケーブル局tvNで放映。5月2日~6月28日全18回) というドラマで、ユン・アンナ役を務めました。どういったドラマで、どういった役を?

ヨンジ:同姓同名の人物の間で繰り広げられるハプニングを描いたロマンティックコメディ作品です。主人公の弟の彼女、アンナという人物は「ほんとうにこんな子がいるのか?」と思うような、不思議な子です。12歳上の彼氏がいるんですが、その相手に対して絶対に怖気づくところは見せない。でも実際は徹底的に相手に尽くす、というギャップがあるんです。

―キスシーンもありました。

ヨンジ:そうですね。キスシーンも個性的でした。私としては初めてのドラマ出演だったので、とにかく台本を読んで、現場に臨みました。現場では思い切って抱擁して、キスしたんです。終わった瞬間、監督が大きな声で「カット!」と叫んだ。そのあと、キスシーンの相手の先輩の俳優と、ちょっと体育会みたいなノリでハイタッチしました。「よし!」と。翌日、現場のみんなで昼食を食べていた際に、そのシーンの撮影された映像を見たんです。周りがむしろ、驚いちゃって…ああ、そこまで思い切ったんだ…そこまでやらなくてもよかったんだよ…と。さらには「そこまでやったら困る!」といった声も挙がりましたね。私が演じたアンナは、ドラマに登場してすぐにキスシーンがあった。そこで私が思い切ったので、他の人のハードルが高くなってしまったんです。実際に他の俳優の方々がインタビューで「あのヨンジのラブシーンのせいで、プレッシャーになった」というほどで。相手役の先輩は「若い子とキスして。まるで泥棒だな~」と監督からいじられるような雰囲気でした。

―最初に台本を読んで、キスシーンがある、と知ったときの感想は?

ヨンジ:あるとは知らなかったんです。とはいえ、台本のなかに出てくるアンナという役を知れば知るほど、役とストーリーに関心が沸いてきた。だからこそやらなきゃ、と決心がついた、というのもあります。監督は言ってました。「このキスシーンの二人のオーディションの競争が一番し烈だった」と。だからこそ「ありがたかった」とも。どうかな。うまくやれたかな~周囲の反応はともかく、自分としてはとにかく必死だったんですよ。

―演技への挑戦を通じて得たものは?

ヨンジ:継続して学んでいけば、私も成長していける。そういう風に感じられたことですね。最初は演技というものをあまり分かっていない状況でスタートしたのですが、やりながら悩みも生まれ、役に対する愛着も生まれました。だからこそ視聴者の皆様にもアンナを愛していただきたかった。研究もたくさんやったし、セリフ一つ一つにも神経を使って。撮影期間を通じて、周りの先輩たちにも積極的に話を聞いていく自分がいました。より、演技という仕事に対して関心が生まれました。おかげさまでとてもよい視聴率もいただいたんですよ!

―6月上旬には「指先の愛」というメッセージソングの収録にも関わりましたね。会社の後輩、Aprilらと一緒に。

ヨンジ:韓国でのネット上でのコメント欄が荒れないようにしよう、と伝える歌です。同じ事務所の男性グループA-JAX先輩も一緒に参加しました。この曲は、個人的にもとても共感できる曲でした。歌詞の一つ一つが「私がこう言いたかった!」という内容で。ラッパーの方々も加わってラップ調でこれを伝えてくださったりして。多くの歌手の方々(B1A4、BTOB、OH MY GIRL、Kassy) と一緒にレコーディングしたことも、すごく新鮮でしたね。ファンの方々に対しても非常によく伝わったのではないかと思います。とても意義深いものでした。

―Aprilのジンソルと「神の声」という番組(地上波SBS) にも出演しました。

ヨンジ:歌番組なのですが、一般の方で歌が上手な方と「神」と呼ばれるプロの先輩方が勝負する、というものです。私とジンソルは、パネラーの立場で。(後輩で2001年生まれと若い) ジンソルが「ちゃんと務まるだろうか」とかなり心配し、緊張してましたね。私も彼女を心配していたんですが……まずディレクターの方がすごく優しくしてくれましたし「神」の方々も本当に優しかったです。心配することもなかったですね! とはいえ、ジンソルと一緒に「あああ、ホントにパフォーマンスがカッコよかったよね……」と驚愕することの連続でしたよ。

―2014年夏にKARAのメンバーとしてデビューしました。グループに対する愛着心はどういったものでしょう。そしてKARAでの活動を通じて自分が成長した部分とは?

ヨンジ:KARAでなければこうやってお仕事をいただけることは想像すらできなかった。これは間違いのないところです。一緒に活動したメンバーのオンニたちも私を応援してくれています。私も常に応援している。お互いがそういった関係にあります。私としては、この先いつになってでも、オンニたちとともにファンの皆様とお会いする機会があることを望んでます。

―KARAには素晴らしい楽曲が多いです。個人的に好きな歌はありますか?

ヨンジ:うーん、難しい質問ですね…なぜならいい曲が本当に多いから。私、練習生の時から本当に好きな曲が多くて。どうでしょう。気分によって好きな曲というのは変わるかな~。

―じゃあ、苦しい時、疲れた時にハマる曲は?

ヨンジ:そういう時には、日本語の楽曲のなかでゆったりとしたものがピッタリきますね。「花火」や…あ、最近はすごく「オリオン」にハマっています。ちょっと明るい曲調だと「バイバイハッピーデイズ」もいいですよね。

―以前とは違い、一人で活動する時間も長くなっています。どういったことを感じますか?

ヨンジ:うーん、考えるというよりは、常に「やらなきゃ」と行動する時間が長くなっているので……とにかく必死に、一生懸命やっているという感じですね。

―子どもの頃はどんな子でしたか?

ヨンジ:好奇心旺盛でした。本当に強かったと思います。ある意味、男の子みたいでしたね。じっとしていられず、本当に動き回ってましたよ。サッカーして転んだりしたりとか。さらにあるモノが気になると、とにかくそれを触ってみるという癖もあった。ある時には、マニキュアがすごく気になって。色がとてもかわいくて。これで大事件を起こしたことがあります。ちょうどその頃に、雑誌で女性がすごく鮮やかなメイクをしていている写真を見かけた。綺麗だなって。色鮮やかだったのがすごく印象的だったんです。子どもはそういうのを強く記憶するものでしょう? それで私はそのマニキュアを……「あ、さっき写真で見た色だ」と感じて、なんと、まぶたに塗っちゃんたんです! そのせいで病院の緊急治療室行きですよ。「おかあさん~目がつぶれなくなっちゃた~」と。

―歌手になろうとしたのはいつから?

ヨンジ:今思えば、小さい頃からやってきたことが歌手になるための準備だったとも思えます。小学校高学年では声楽を学び、中学校時代にはニュージーランドに留学した。この時、歌手になりたいという思いを抱いたんです。

私、声楽を学ぶ前まではまったく「流行りの音楽」というものを知らなかったんです。クラシックしか聞いていなかったので。最近のPOPはもちろん、昔の曲も知らなかった。カラオケで童謡をずっと歌っているような子でしたから。周りの人が歌ってる曲をよく知らないから「カラオケ、つまんないな」と思っていたくらいで! 自分が歌うことは楽しかったんですけど。

中学校に進んでも、しばらくは流行りの音楽について話す環境がありませんでした。芸術系の学校だったこともあって。

転機はニュージーランドへの留学時です。そこで…生まれて初めて流行りの音楽を見聞きしたのです。最初に観たのは「BIG BANG」でした。その後、色々なグループを見ながら、ある瞬間に思い立ったんです。「ああ、私もああやってステージで気持ちよくスカッと踊れるんじゃないか」と。その瞬間、衝動的に母に電話しました。国際電話ですよ。それも2時間も思いを口にして。母の返事はこうでした。「もう少し悩んでみようか」おそらくは「しばし、考えが揺れているだけじゃないか」と思ったのでしょう。しかし後日、私の決意が本当だということを知ると「やろう。挑戦してみよう」と答えてくれました。帰国直後から、各芸能事務所のオーディションを受けに回る毎日が始まりました。

―母の支えは絶大、というところですね。ひとつご両親とも関わりのある別の質問を。ご両親のつけたヨンジ、という名前についてです。日本のファンも一つ疑問に思っていることがあります。漢字で書くと「英智」なのか「齢智」なのか。最初は「英」の説が有力でした。

ヨンジ:これは確実にお伝えしたかったところです! 年齢の「齢」に「智」が合っています。中国語で書くときには発音のためにいろいろな表記があるようですが、私の名前は“齢智”であることに間違いはありません。両親が込めてくれた意味は……(ちょっと恥ずかしそうに)「今はまだ分からないけど、年を取って行くごとに、知識がついてくる」というものです(現場が「今はダメなんかい!」とツッコミを入れる雰囲気に)。

―一方、ヨンジさんといえば韓国で「ミュート笑い(笑うときに声を出さない)」という点も有名になりました。確かに笑うときに声を出さない。

ヨンジ:うーん、今日、韓国の空港でファンの皆様が撮ってくださった写真を出発直前に見たんですが、マネージャーから「ヨンジはほんとうに口がデカいな!」とツッコミをいただいて。まあそういうところもあるんでしょうか……

―では少し話題を変えて。「夏にやってみたいこと」は?

ヨンジ:水着を着る! なぜなら、今までプールに行くような機会がなかったんです。だから着てみたいなーって。ラッシュガードの水着がいいです。最近は周りの人も着ているので。

―今年の3月以来の来日が、今回のファンミーティングです。どんな期待がありますか(インタビューはファンミーティング前日に行われた)?

ヨンジ:はじめて一人でやるファンミーティングです。すごく期待していて、ワクワクしています。ファンの皆様にお会いしたい気持ちが強いです。とにかく早く。

―事務所の後輩グループAprilがゲストとして参加します。ヨンジさんにとって彼女たちはどんな存在なのでしょう?

ヨンジ:ともに、一生懸命やっていきたいと思っています。そういう思いが本当に強いです。今年は(番組に一緒に出演した) ジンソルとも一緒にいる時間が長いんですが、自分が「先輩」という感じがしないんです。一緒に頑張る、という感じで。「先輩として何かを教える」というのもなく。Aprilもすごく活躍をしているので。私も学びたいと思うところが多いですよね。

―日本で行きたい場所、やりたこととは?

ヨンジ:毎度のことですが……ドン・キホーテに行きたいです。いろいろと買ってきてほしいと頼まれるんですよ。その他、個人的にかわいらしい雑貨やグッズなども好きなので、時間があればそういったお店も見て回りたいですね。

―最後に日本のファンへのメッセージを。

ヨンジ:ずっと「早くご挨拶をさせてもらいたいな」と思っていました。今回、少し遅くはなりましたがこうやってお会いする機会ができてうれしいです。これからもたくさん私を愛してほしいし、応援してほしいです。ふだん、私は遠い韓国にはいますが、それでも応援して下さることに、いつも感謝しています。

この数ヶ月の変化は「成長」なのか、はたまた「復調」なのか。定かではない。
ただひとつ、ヨンジにとって重要なキーワードが分かったインタビューだった。

「常に動いてこそ元気になる」

子どものころはとにかく動き回る子だった。今年の上半期はドラマの撮影が大きなウェートを占めた。そして一人での活動の時間は「動いていてあれこれと考える時間もなかった」という。またインタビューの合間の余談では「休みの日も家でじっとはしていない。太陽の光を浴びたくなる」と口にしていた。

ドラマの配役はちょうど、3月のAprilのファンミ―ティングで来日した直後に発表されたものだ。そこからぐっと元気を取り戻し、同時に「オンニについていく」だけではない自分の立ち位置を見つけつつあるのだろう。ドラマの結果が良かったため、2日の日本でのファンミーティング直後にオフをもらった。プーケットで英気を養い、その後予定されているという「様々な仕事」で、新たに動き回っていく。

ライター:吉崎エイジーニョ

記者 : Kstyle編集部、撮影 : 朝岡英輔