Vol.1 ― “日本人初のK-POPアイドル”藤原倫己、A'st1デビュー10周年イベントを開催「歌って踊れるところを証明したい」

KSTYLE |

テレビやラジオで活躍する傍ら、「KCON」や韓国アーティストのイベントでMCとしても幅広く活動する藤原倫己。実は日本人初のK-POPアイドルとして2008年にDSPmediaから「A'st1」としてデビュー。“TOMO”という名前で、6人組ボーイズグループの一員として活躍した。

A'st1がデビューから10周年を迎える2018年、リーダーJINとの偶然の再会を経て6月30日、A'st1の10周年記念イベントを開催することを発表。イベントを控え、藤原倫己にイベントの見どころはもちろん、A'st1として活動した当時、さらに現在のMCの仕事について聞いた。

Vol.2 ― 韓国アーティストのMCを務める藤原倫己が語る韓国で食べるべき、買うべきアイテムとは!?

 

A'st1リーダーとの奇跡の再会からイベント開催へ

――今回A'st1デビュー10周年を記念したイベントを開催されますが、どのような経緯で開催が決まったのでしょうか?

藤原:実は全く予定していなかったのですが、新大久保で偶然A'st1のリーダーのジンくんに再会して、それで偶然出会ったのも何かの縁だから、一緒にイベントをやろう! ということになりました。ジンくんに偶然会ってなければ、こうして「A'st1デビュー10周年」というイベントはやってなかったと思います。

――日本での再会だったんですね。お互いにすぐにわかりましたか?

藤原:新大久保でご飯を食べていたら、「あれ? 知ってる顔が……あれ……まさか!?」と思って、外に出てみたらA'st1のリーダーが新大久保にいて! その時ジンくんとの再会がたぶん8年ぶりぐらいで、最初は気づいてもらえませんでした。「トモだよ!」と言ったら「おおおっ~!!!」と両手を横いっぱいに広げて「どうしてそんなに大きくなってるの?!」みたいなことを言われて(笑)。彼は、気付かなかったと言っていました。ジンくんはスタイリッシュなままだったので、僕はすぐ気付いたんですけど(笑)。

――本当に偶然の再会だったんですね。

藤原:ジンくんが日本で活動していることを僕は知らなくて、そもそも日本にいるなら連絡してくれればよかったのに(笑)。それで、せっかく日本で活動しているのであればと、最初に僕がやっているラジオ番組にゲストで来てもらったんですが、日本語がすごく上手で驚きました。A'st1で活動していた頃は、日本語を話せなかったんです。でもジンくんが日本で活動するようになってからは「やはり自分が日本語を話さないと」と思ったようで、ものすごく上手になっていました。4時間のラジオの生放送も最後まで通訳なしでできるくらいだったので驚きましたね。
 

「歌って踊る、かっこいい藤原倫己を見せる!」

――今回開催するイベントはどんな内容を予定していますか?

藤原:最初はトークイベントを考えていたのですが、ジンくんがせっかくなので歌って踊るのはどうかと提案をしてくれました。実は解散してから一度もステージで歌って踊るということをやってなかったので、僕は最初、その話を聞いた時にビビってしまったんですけど(笑)。さらに、僕は食レポなど、仕事で食べることが多くて、ここまで体が成長してしまったというのもあって(苦笑)。果たして踊れるのだろうか、歌えるのかと心配になりました。でも今回、せっかく2人なので歌って踊ろうということになりました。

――ステージに向けてどんな準備を進めていますか?

藤原:ジンくんは普段も歌って踊っているんですが、僕はブランクが長過ぎるので、まずは走り込みから始めています(笑)。時間があるときにはランニングしたり、階段を上り下りしたり。とにかく、僕だけ足がブルブル震えるというようなカッコ悪い姿は見せたくないですし、せっかくなので僕もなるべく現役時代に近づきたいので、下半身を強化しています。これまでに2回くらいジンくんと会ってダンスや歌をあわせてみましたが、振り付けはしっかりと覚えていました。まぁ、それくらい過去に練習をしてきたので……。カラオケに入っているA'st1の曲に合わせながら練習しました。

――長いブランクから初めて踊ったときはどうでしたか?

藤原:僕だけ足がフラフラとしていたので、もっと練習しなきゃなと(笑)。でも、音楽に合わせて体を動かしていたら自分の体に染み付いているものがあったので、そこは少し自信が持てました。デビュー曲以外の曲やソロ曲も準備しています。

――イベントの見どころを教えてください。

藤原:まずA'st1が8~9年ぶりにステージに立って歌って踊る、そしてこの僕が本気で歌って踊る姿に注目していただきたいです。正直、“かっこよく見せる”ということをここ最近していなかったんですよね。面白く食べるとか、面白いトークをずっとしてきたので、現役時代のような活動をするのは、本当に今回初めてです。A'st1を知らずに、僕が日本でテレビに出るようになってから知ったという人にも「あっ、本当にアイドルだったんだ!」ということ実感していただきたいです。

――「歌って踊る、かっこいい藤原倫己を見せる」と!(笑)

藤原:やっぱりみんな疑うんです。「歌って踊れる感じには見えない」と(笑)。ある番組の取材で、若い子に「僕、日本人初のK-POPアイドルだったんだよ」と言ったら、「え、嘘でしょ?! うそうそ、やめて」と言われました。悔しいので、ここで一度本気を出して、僕もアイドルとして活動していたということを証明したいと思います。

――8年ぶりの再会となると、トークも期待できそうです。

藤原:まだ表に出ていない話やジンくんとだから話せるトークをしたいと思っています。例えば僕が知らなかったことをジンくんが覚えていたりもするので。あと、僕はここ数年MCとしてのお仕事が多かったので、今回久しぶりに主役になれるということで、何よりも嬉しいですし、すごく興奮しています。

――ついMCをしてしまわないように……。

藤原:そこは今回ぐっとこらえないとですね(笑)。あくまでも主役が2人なので。一番気をつけたいのが、ジンくんが主役で僕がいつもみたいにMCに見えるという状況だけは避けたいと思っています(笑)。
 

同じ時期にデビューしたSHINee「えっ、すごくかっこいい!って(笑)」

――A'st1は今年でデビュー10周年になりますが、韓国ではどれくらい活動していましたか?

藤原:2年くらいです。僕たちのグループには外国人がいたので、デビュー当時は出られない番組も多くて。メディア露出したくてもできなかったという部分と実力の面もあって。あと、他のメンバーの軍隊もありましたね。今のアイドルは順番に軍隊へ行っていますが、その当時は全員で行く傾向があったので、それまでになんとか世に広めて、人気になるというのが主流でした。僕たちがそこまで若いグループではなかったということもあって、なかなか難しかったです。

――当時を振り返って一番思い出す出来事は何ですか?

藤原:一番の思い出は、デビュー日が決まった時です。というのも、デビューの日が決まるまでには何度も変更がありました。もちろんメンバーの変更もありましたし、「もうデビューするよ」という言葉をそれまでに4~5回聞いていたので(笑)。でも事務所の方々から「今回は本当だ」という言葉を聞いて「ずっと韓国に留まって練習してきてよかった」と思いました。苦労したことや大変だったことが報われる日がやっと決まったというのは、すごく嬉しかったです。

――デビュー日が決まってからはメンバーとどんなことを話しましたか?

藤原:まず「本当に俺らデビューするんだね」という話から始まり、事務所の先輩にSS501の方々もいらしたので「あんな風になりたいね」というような夢を語っていました。僕の他に中国人メンバーもいたので「日本や中国にも他のグループより早く進出できるね」という話もしました。A'st1というグループ名は、アジアでナンバーワンになるという意味だったので、まさにグループ名通りにスムーズに行くのでは? という大きな夢を抱いていました。実際にデビューしてから簡単ではないことを知ったんですが、その時メンバー同士でそのような夢を語っていたというのは覚えています。

――A'st1の活動時、ライバルグループはいましたか?

藤原:ライバルというよりも同じ時期にデビューしたのがSHINeeしかいなかったんです。だからDSPのA'st1、SMのSHINeeという構図が自然と出来上がっていました。同じ時期にデビューしているので、SHINeeよりもいい成績やいい結果を残したいという気持ちはデビュー当初ありましたが、実際にSHINeeのステージやリハーサルなどで歌っている姿を見て「すごい人達がいるんだな」と本当に驚きました。

――同時に活動する中で見るSHINee はどうでしたか?

藤原:クオリティやダンスの実力、歌の実力、ステージでのパフォーマンスが桁違いでした。正直、僕たちはデビューするまで井の中の蛙で、SHINeeがデビューするという事も知らなかったですし、俺達がナンバーワンだという気持ちでやってきました。ある日、番組のリハーサルで「同じ時期にデビューしたグループがいるから、ちょっと行ってみる?」という感じで見に行ったら「えっ、すごくかっこいい!」と思ってしまって(笑)。「何このダンス!」という感じでした。ライバルと言われることだけで光栄なくらい、実力がすごく高かったと感じています。
 

「未だに練習生時代より辛いと感じることはない(笑)」

――SS501やKARAを排出したDSPに所属していましたが、当時の事務所生活はどうでしたか?

藤原:当時はKARAもまだデビューしていなかった頃でスンヨン、ギュリ、ニコルとはずっと一緒に練習をしていました。僕がいた頃は、練習室が地下にあって、そこから一切出られないという生活を……364日!!! 朝8時から夜中の2時までしていました。なので、デビューが決まったときは「もう、外に出られる!」と(笑)。休みがないのが辛かったです。

――朝8時から夜中の2時までずっと練習しているんですか?

藤原:僕たちの頃は、まず自由な時間を無くすというか。とにかく一つの場所で、歌やデビューのことだけを考えさせるという方針でした。とにかく朝8時に練習室の鍵を開けて、そこにいなきゃいけないという感じでした。レッスンも朝の8時から夜中の2時までずっとあるわけではないので、その間は自主練をしていたんですが、ずっと練習というのは……ないですよね。だから空きを見ては休み、寝たりもしていました。

――想像を絶する世界ですね。

藤原:今でもDSP所属のアイドルの方々とは一緒にお仕事をさせていただいていて、A-JAXやAprilの皆さんとか。その時に僕が真っ先に聞くのが「今は休みあるの?」「練習生の時はどうだった?」です。そしたら、彼らの時はちゃんと休みがありました(笑)。練習時間についても学校のカリキュラムのように時間割になっていて、夜には家に帰っていました。そのような話を聞くと、だいぶ変わってシステム化されてきているなというのはすごく感じました。

――K-POPの教育制度も変わってきているんですね。

藤原:僕たちの頃は、アイドルの数も少なかったので運も大きかったんですが、今はいろんな事務所からたくさんアイドルが出て、運よりも先に実力や完璧な姿を見せなきゃいけないですよね。だからクオリティが僕たちの頃とは全く違います。皆さん、「本当にデビューしたばかりなの?」というくらい上手で、韓国語以外の外国語が話せるというのも当然になっていますよね。そのような部分には本当に驚きます。

――ハードな練習生生活を経験してきた中で、今のシステム化された制度を羨ましく感じたりしますか?

藤原:今振り返ると、過酷でしたがそんな経験ができてよかったなと思います。今ではその過酷な練習生生活をイベントなどでエピソードとしても話せていますから(笑)。でも、現在の環境で練習生をしていたら、どうなっていたのだろうとは思います。やらされている感じではなく、もっと自分から練習したのではないかなと。それでも、総合的に考えたらハードな経験ができてよかったなと思っています。未だにあの時より辛いと感じることはなかなかないですからね(笑)。

撮影:朝岡英輔

■イベント情報
A'st1 デビュー10周年記念トークショー「JIN&TOMO」
日時:2018年6月30日(土)14:00~
会場:新大久保 SHOWBOX

※詳細はこちら https://www.instagram.com/tomoki_fujiwara/

記者 : Kstyle編集部