キム・ギドク監督、韓国で上映制限を受けた「メビウス」を作った理由は?“国によって反応は様々…最も深刻にとらえたのが韓国”

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「嘆きのピエタ」でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した韓国映画界の鬼才キム・ギドク監督の最新作は、性と家族と人間を真正面からみすえた「メビウス」。浮気した夫、怒りのあまり息子に刃を向けた母、性器を切り取られてしまった息子。この3人を中心に、全編セリフなしの衝撃のドラマが展開していく。来日した監督に話を聞いた。


「ユニークな作品と言ってくださって嬉しい」

―「メビウス」はとてもユニークな作品ですが、この奇抜な発想はどこからきたのでしょう?

キム・ギドク:まず最初に、「メビウス」をユニークな作品と言ってくださって嬉しいです、ありがとうございます。韓国ではこの映画をシリアスにとらえ、自分の痛み、苦しみのように感じる人が多かったのですが、ユニークだと思えたということは、客観的にしっかりと観てくださったのでしょう。「メビウス」はヨーロッパ、日本、アメリカでも上映されましたが、国によって反応はさまざまでしたが、もっとも深刻にとらえたのが韓国で、倫理的観点、道徳的観点から観る傾向は、韓国が一番でした。もともと韓国社会と韓国の人たちは、映画で描かれる性的なもの……性器やセックス、近親相姦を必要以上に深刻なものとしてとらえすぎている気がします。そういったものをいったんつきぬけ、超えたところに行ってみたい、という思いがありました。性的なモチーフを、とことん赤裸々に、露骨に、率直に描いてみたかったのです。「みなさんがとらわれていることは、すべて観念でしかないんですよ」ということを伝えたいと思いました。

―「メビウス」というタイトルは最初から決まっていましたか? 物語のシナリオはどこが始まりなのでしょうか?

キム・ギドク:映画のタイトルはとても大事ですが、より大事なのがモチーフ、題材です。
私の場合、まずは何にもとらわれずに自分が作りたい物語のシナリオを書き、映画が完成する頃にタイトルが決まっていることが多いのですが、今回もそうでした。「メビウス」はひとつの円でありながら、よじれた部分がある。でも結局は繋がっていく。家族、性というものはすべて繋がっているんだという意味が含まれていて、具象と抽象が混在しているイメージ。母親も自分であり、父親も自分なんだ、ということもできるでしょう。映画の内容とよくマッチしたタイトルだと思いました。2つ目の質問の答えは、結局、最初の地点、スタートもすなわち終わりだということです。卵が先かニワトリが先か、みたいな感じですね。家族の構成を考えたときも、家族の始まりは何だろう、となります。父親が先か息子が先か、それとも母親なのか。どこがスタートかわからないのです。

―「メビウス」は韓国で上映制限を受けたため、監督は何度も編集をされています。日本でもR18+になりました。映画という文化で観客に年齢制限があることについてはどう思われますか?

キム・ギドク:韓国でも日本でも年齢制限をする理由は、そういった映画を観た未成年が誤った判断をし、それが記憶となって長く残ることへの懸念でしょう。そこから自由になるのは難しいでしょうね。ほとんどの人は誰かの親になるものですから。法は守らないといけないと思います。ですが、まったく別の「映画とは何か」という観点を、作り手の立場から考えると、伝えたい内容を最大限ありのままに伝えることが監督の役割だと思います。たとえば今回、15歳の少年が出てくるんですが、シナリオを書きながらこの作品には15歳の少年が必要だと思ったら、そのまま表現すべきなのです。私は実際に15歳の俳優にオファーをしました。もし20歳以上の俳優が演じたら、観客も「あ、これはウソだな」と思ってしまい、本当に伝えたいことが伝わらなくなってしまいます。「この俳優は20歳を超えていますが、映画の中では15歳だと思って観てください」と偽ることになるのです。そう考えると世の中の年齢制限の問題と、映画を作るということは、切り離して考えるしかないのかなと思いますね。社会の制度として存在するのはわかりますが、映画における表現という側面から考えると、私は表現する側にしかいられない人間なので、その両者を繋げてくれるのが大衆の役割なのだ思います。作り手に徹し、検閲で切られることは考えずに、自分がリアルに伝えたいものを伝えたいままに作っていくことが、監督の本質だと思います。


最初からセリフなしでスタート…セリフがなくても状況を伝えられる

―主演の3人は監督の思いどおりのキャスティングでしたか?

キム・ギドク:はい、思い通りでした。女優は妻と愛人の一人二役を演じていますが、もともとのシナリオでは別々の設定でした。もうひとり女優がいたんですが、途中で降板することになってしまい、一人二役になったんです。あとの2人は最初から決めていました。
ソ・ヨンジェ君は「未熟な犯罪者」という映画に出ている伸び盛りの俳優です。チョ・ジェヒョンは私と「悪い男」でも一緒に仕事をしましたが、エネルギーに溢れた俳優です。イ・ウヌは新人女優ですが、片や強烈、片や弱めという難しい2つのキャラクターを、絶妙な塩梅で演じ分けてくれました。3人の俳優にはとても満足しています。

―「メビウス」はセリフがない映画でしたが、シナリオはどうなっていましたか?

キム・ギドク:セリフがない分、ト書きと説明がかなり多いシナリオになりました。特に説明の部分では、内面の感情をたくさん書き加えましたね。それを俳優に渡したあと、理解しているかどうかを見極めながら、たくさん話しあいました。その後の俳優を集めてのリーディングでは、すべてのシーンについてひとつひとつ、どんな意味があるのかを説明しました。2~3時間かかったと思います。それらをすべて終えてから撮影の日程を決めて撮影に入りました。

―セリフがない映画のよさも伝わってきましたが、最初からセリフなしの予定でしたか?

キム・ギドク:私は以前にもセリフのない作品をよく撮ってきました。「魚と寝る女」「悪い男」「うつせみ」がそうです。セリフなしでも意味が伝わる映画のトレーニングをずっと重ねてきたわけです(笑) 「メビウス」はセリフがなくても状況を伝えるのが可能だと思ったので、最初からセリフなしでスタートしました。いままでにもいろんな映画が作られていますが、ここまでセリフのない映画を撮ったのは私が初めてかもしれません。助演、端役にいたるまですべてのセリフがありませんでした。これは映画を作る上での、ひとつの興味深い表現方法です。また、このことが長所になると感じたことも多々ありました。実は俳優さんの中には、セリフを言うと演技がダメになる人がいるんです。しゃべらないほうがうまく見える俳優がいるんですよ(笑) 「この俳優、しゃべらせなくてよかった。もしもセリフを言わせていたら大変なことになっていただろう」と思う俳優さんもいました。どの作品の誰とは言いませんが(笑)

―ペニスのある、なしという観点から「メビウス」を観たときの男女の感じ方の違いはあったのでしょうか?

キム・ギドク:男女の反応の違いはたしかにありました。私は「メビウス」を作るときに女は家、男は旅人、と言う位置づけをしました。男は旅の途中でたまに家に立ち寄る旅人なんです。あと、この映画を表現する際に“ペニス・ツアー”、すなわち生殖器の旅、という言葉も考えてみました(笑) 実際、ヨーロッパでは男性の観客が笑いながら観ていたんですが、韓国の男性は自分の性器が危険にさらされていると感じたり、怖いと思った人が多かったようです。股間に手を添えながら映画を観たり、観終わったあと自分の性器が股間にちゃんとついているか、確認した人もいたそうです(笑)

―自分の作品を監督するほかにプロデュースもされていますが、モチベーションの違いはありますか?

キム・ギドク:これまでにアシスタント・ディレクター的な立場で「映画は映画だ」「プンサンケ」「レッド・ファミリー」を手がけましたが、やはりプロデューサー業は難しいと思いました。私の頭の中にどんなプロジェクトがあっても、実際に演出するのは新人の監督なので、やはり新人は新人なんだ、と思うことが多々ありました。思っていたのとは違う演出をされたり、水準に満たない部分があったり、自分が監督として撮るのとは、こんなにも違うものかと思いました。それでも幸い、新人監督の中には次回作を撮れた人もいますし、水準は上がってきていると思います。


「メビウス」に込めた意味…歪んだ繋がりで結ばれているからこそ家族

―日本でも女性が男性の性器を切り取った「阿部定」という事件がありました。この実話はご存知でしたか?

キム・ギドク:はい。聞いたことがあります。切ったものを持ち歩いていたようですね。この事件を題材にした大島渚監督の『愛のコリーダ』も、以前、韓国でビデオが出回っていました。ですが、韓国では、このような実際の事件があったということは聞いていません。「メビウス」を撮るにあたって「性器切断事件」を調べてみたら、世界各国にありました。理由もさまざまなんですが、嫉妬から愛する人に対してそうした、という例が多かったです。男女の間にはどうしてもこの問題がつきまとい、別の人とセックスしたとかで嫉妬に駆られるとそのような極端な行動に出るんですね。でも「メビウス」は「性器切断」というモチーフを借りてはいますが、違う意味も含まれています。結局、みんながひとつの構造のなかに組み込まれている、その中で自分が自分に嫉妬している……そんなメッセージが込められています。「メビウス」では、妻が夫の不貞を許せず、怒りにまかせて夫を去勢しようとしたが失敗し、息子の性器を切りとることで夫を苦しめようとします。この物語を通して、性器を巡るいろんな矛盾について語りたいと思いました。人間として生きる以上、男女が存在している以上、こういった問題は不可避で、自分が自分を苦しめることもあります。家族という繋がりをみるとき、父親は私であり、母親も私だといえるのではないでしょうか。家族って少し居心地が悪いものかもしれないけれど、そういった歪んだ繋がりで結ばれているからこそ家族なんだ、という意味も込めて「メビウス」を作りました。

ライター:望月美寿

映画「メビウス」
監督・脚本・撮影・編集:キム・ギドク 製作:キム・ギドク、キム・ウテク、キム・スンモ
キャスト:チョ・ジェヒョン(父)、ソ・ヨンジュ(息子)、イ・ウヌ(母/女)
2013年/韓国/83分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Moebius/R18+ 配給:武蔵野エンタテインメント 提供:キングレコード

12月6日(土) より新宿シネマカリテほか全国公開
「メビウス」オフィシャルサイト:http://moebius-movie.jp/

記者 : Kstyle編集部