「コンフェッション 友の告白」チュ・ジフン“チンピラに特化した俳優でなく、僕がキャスティングされた理由は…”

OhmyStar |

※この記事には映画のストーリーに関する内容が含まれています。
「単純にチャラチャラしたチンピラの姿を求めていたら、僕よりもっと上手で雰囲気のある俳優をキャスティングしたのではないでしょうか」

単純に認知度と相性でキャスティングすると思われがちだが、確かに作品のキャラクターにも縁があり、運命がある。俳優チュ・ジフンに映画「コンフェッション 友の告白」のオファーが来た時、それも3人の友達の中で保険会社の社員で、会社を騙し顧客の保険金詐欺を設計するインチョルを演じてほしいと言われた時、彼は本能的に分かった。「これ、僕の話だ!」

犯罪ドラマの形を取る「コンフェッション 友の告白」は、寄り道せず3人の男の友情と関係に集中した。単純に暴力と悪口だけが溢れる男だけの友情ではない。信じて頼る過程で疑心が芽生え、結局反省に至らせる“関係性のサイクル”が詳しく描かれている。チュ・ジフンが演じたインチョルが、その堅い関係の中で葛藤を誘発し、疑心を芽生えさせる問題児だった。

「監督が僕に求めていたインチョルの姿があったはずだと思いました。彼もそれなりに冒険をしたのです。俳優ごとにそれぞれの特徴があり、長所と短所がありますが、チンピラに特化した俳優をキャスティングせず、僕を選択したことは、確かに僕が持っている本来の姿が見たかったためだと思いました。自信を持って言いました。『すべてを取り払ったインチョルを表現できる』と」


「『コンフェッション 友の告白』が、みんなが振り返ってみるきっかけになればと思う」

彼が、それだけ「コンフェッション 友の告白」に出演したがった理由は「日常を移してきたかのようなストーリー」と、作品が持つ普遍性のためだった。チュ・ジフンは「シナリオを読んだ人がそれぞれ、自身の話のようだと言った」とし「事件ではなく、関係に集中したため、男性でも女性でも入り込める作品」と説明した。

「映画的事件を混ぜて合わせているものの、日常の話です。本当に面白いことは、トラの群れであれ、犬の群れであれ、3人の友達のような人たちは必ずいることです。どのグループであれ、ストイックな人、タフな人、優しい人がいるじゃないですが。映画では、このような友人たちが絡み合い感じられる感情の強さが非常に強いですが、観客に強要はしていない印象を受けました。

(多少開かれた結末であるため)『コンフェッション 友の告白』を『?』に考えるか、『!』に感じるか、『。』に受け止めるかは、観客の選択だと思います。ただ、ご覧になった方は、自身の人生経験を振り返ることになると思います。さらには『他人にとって自身はどのような人なのか』と問いかけることもできます。十分な質問になる映画になればと思っています」

“見終わった後、焼酎一杯が欲しくなる映画”それ以上良いことはないと言った。チュ・ジフンは「リアリティ(現実性)には映画的リアリティがあり、本当の実在的リアリティがありますが、撮影現場でも意見が分かれました」とし「『コンフェッション 友の告白』が選択したことは、映画的視覚ではなく、実在的視覚」であることを強調した。それだけ、濃密な現実性に対し、自信があるとのことだろう。


「意見を分かち合い、同じ感性を感じるたびに痺れます」

彼がこれほどまでにこの映画に情熱を注ぐ理由があった。前だけを見て走っている途中転んだこともあり、徹底して孤独だったこともあったとすれば、今やチュ・ジフンは、なぜ演技をするのか、なぜ人々に会うのかに対し、自信を持って自身に答えられるようになったからだ。もちろん、仕事に対する情熱は昔も今も熱いが、大事なことを振り返ることができる“余裕”が彼にできたと言えよう。

「(モデルの仕事をしていた中、俳優)デビューも急いでして、実は運も良かったです。自身のことだけでいっぱいでした。今は歳がくれる力なのか、経験から出たものなのかは分かりませんが、一緒に疎通し、観客の方々と話したいとの気持ちが強くなりました。この作品もまた、私たち同士で自ら慰めるために作ったものではありません。もちろん、常識はずれの破格的な作品も世の中には必要ですが、僕にとっては疎通できる作品が大事でした。

普段映画や演劇などをたくさん見ますが、面白さも重要ですが、何よりも大きな慰めになることがあります。僕と同じ考え方を表現したシーン、人物が出るときです。『私があっていたんだ!』ではなく『この世の中に私と同じことを考える人がいるんだ!』です。これこそが疎通で、感性の共有ではないでしょうか。映画というのが、関係者同士で慰め合うために作るものではないはずです」

いつにもましてチュ・ジフンをときめかせることがある。彼の恋人のBrown Eyed Girls ガインを言及しても口が疲れるだけなのでとりあえず論外にすると、本質的にチュ・ジフンにとって良い刺激になることは、今の仕事だった。人とお酒が好きで、関係を作ることが好きなチュ・ジフンは、自身が今演技をする理由について、自ら納得し、深く考えていた。

「僕が出演した作品は、それが即ち僕の人生の証拠と同然です。それだけ、責任感を感じます。依然として演技は難しいですが、いつからか現場が不便ではなくなりました。少なくとも外部環境が邪魔になったりはしません。小中高12年間勉強する時は、それが本当に辛く感じられたように、昔は演技が僕にとってそうだったとすれば、今は違います。働きながら迎える休息が本当に甘く、現場での喜びが非常に大きいです」

そのような意味でチュ・ジフンは「最近のテーマは楽しく暮らそう」だとし「単純なファン(Fun)ではなく、人々と共有し慰め合う疎通のこと」と説明した。まるで一歩ずつ踏み出しながら成熟していくように彼は「小さな楽しさではなく、人生の過程で得られる大きな楽しさを享受しながら暮らしたい」と、人生観を語った。

自身の作品で最善を尽くさない俳優はいないだろうが、確かなことは「コンフェッション 友の告白」でのチュ・ジフンは、これまで観客が見てきて、評価してきたその基準を遥かに乗り越えたようだ。それだけでもこの映画を見る理由は十分だろう。

記者 : イ・ソンピル、写真 : イ・ジョンミン