「サスペクト」コン・ユ“未経験のカーチェイス…死にはしないだろうと思い楽しんだ”

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俳優コン・ユ(34)は達弁だ。どんな質問を投げても一つ一つスムーズに答えが返ってくる。適度な速度の重低音の声で周りの空気を温め、聞き手の注目を引き付ける。彼の“話術”は一人の人間としてのコン・ユと俳優のコン・ユの両方において大きな魅力であり、“ラブコメディのキング”コン・ユを形成した基でもある。

しかし、知らなかった事実が一つある。彼は“言葉”ではなく眼差しと身動き一つだけで観客を説得できる優れた能力を持つ俳優だということだ。2年ぶりの復帰作「サスペクト 哀しき容疑者」(監督:ウォン・シンヨン、制作:Green Fish)で彼はA4用紙2枚分ほどしかないセリフと無我夢中で突き進んだ極限のアクションでドラマを作り上げ、観客の心を動かした。

失った家族のために壮絶な死闘を繰り広げる北朝鮮の特殊要員チ・ドンチョルとなり、スクリーンを狂気と悲しみで染める彼からは、切実さのようなものが感じられる。アクションが低評価される今の映画界において、「サスペクト 哀しき容疑者」はドラマ性とアクションの爽快感の両方を表現することに成功した非常に珍しい例だ。

「アクション映画に対して偏見と不信感があった」

コン・ユは意図的にこのジャンルを選び、自身のフィルモグラフィーを埋めようとした訳ではない。自分のキャリアのためだけに演技はしないという姿勢から、今年でデビュー12年目となる彼のフィルモグラフィーの中で本格アクション映画は今回が初ということに、それほど驚きを感じない。ラブコメディのキングのイメージから脱却するための手段、または通過儀礼としてアクションを選びたくなかったというのが彼の考えだ。


「除隊後、最もオファーがあったジャンルがアクション、スリラーだった。しかし、まるで一度は通らないといけない関門のようにアクション映画に出ることにあまり興味がなかった。それに、一人の観客として韓国のアクション映画に対する物足りなさを感じていたので、最初は『サスペクト 哀しき容疑者』への出演を断った。ウォン・シンヨン監督の前作『殴打誘発者たち』(2006年)が大好きなので、元々監督に対する好感は十分あったのだが、アクション映画に対して偏見と不信感があった」

ウォン・シンヨン監督はチ・ドンチョルというキャラクターを考える際、アマゾンの王者、ジャガーを思い浮かべた。そしてコン・ユとの出会によりジャガーを思い出し、一瞬にしてコン・ユ以外にチ・ドンチョル役は考えられず、絶対に出演して欲しい俳優となった。ウォン・シンヨン監督の積極的なアプローチにもかかわらず、コン・ユにはアクション映画に出演する意思はなかった。しかし、“直接会って断ることが礼儀”と思い、ウォン・シンヨン監督を訪ね、そこで「サスペクト 哀しき容疑者」と監督に対する信頼が生まれたという。

「監督の方から積極的に俳優に2度もアプローチしてくることはあまり無いことだし。申し訳なく思い、感謝の気持ちで丁重にお断りをしに行ったわけだが、その場で監督は僕に信頼を与えてくれた。言葉で説明すると本当に長くなるが、監督と信頼を交換することができた。ウォン・シンヨン監督なら僕が懸念していた単なる派手なシーンが満載なだけのアクション映画にはならないだろうと確信し、結果、『サスペクト 哀しき容疑者』は制作過程から既に満足できるものだった。このような作品にはなかなか出会えないだろう」


「未経験のカーチェイス、死にはしないだろうという気持ちで楽しんだ」

「サスペクト 哀しき容疑者」は真面目な映画だ。従来の韓国のアクション映画が持つありきたりなルールには従わず、シーン一つ一つに新しい何かを盛り込もうと努力を惜しまなかった。韓国映画で決まり事にでもなったような無気力な編集やカメラアングルを見つけることは難しいだろう。この映画にはウォン・シンヨン監督ならではの最後まで走り続ける執拗さとしっかりとしたシナリオがあった。特に後ろ向きで階段を下り、後を付けてきた車を横転させたり、全力疾走する二台の車が正面衝突するシーンなど、従来のアクション映画では中々見られないカーチェイスシーンは「サスペクト 哀しき容疑者」の見所の一つだ。

「俳優の立場から言わせてもらうと、最も体力が消耗しないアクションシーンはカーチェイスだ。特に僕の場合は運転することが大好きだから“いつまたこんな風に運転できるだろう”と考えながら楽しんで撮影した。アドレナリンが分泌されたというか、カメラ監督から速度を落とすように言われてしまった(笑) 死にはしないだろうという気持ちで撮影を楽しんだが、階段を下りるシーンは撮り終ってからその危険性に気が付いた。玉水洞(オクスドン)再開発団地での撮影の際、一度車が階段に引っ掛かってしまった。交通事故に遭ったことがあるから分かるが、あの時、骨盤に伝わるジーンとした感覚があった。“やはり甘くはないな”と思って唖然とした」

絞首台からの脱出、漢江(ハンガン)の橋からの飛び降り、スカイダイビング、主体撃術(北朝鮮で訓練されている近接格闘術)、絶壁クライミングまで、他のアクション映画ではワンシーンだけでも十分と言えるアクションシーンが「サスペクト 哀しき容疑者」では息をつく暇もなく登場する。スタントマンなしで自分でアクションシーンをこなした彼に、「一難去ってまた一難という気持ちだったのでは?」と聞くとコン・ユは明るく笑いながら「そうだ」と答えた。「疲れたり、苦しいとは思わなかった」という彼は「やるとなったら不満は言わず、しっかりやるタイプ」だという。

「辛いと思うことなく全てのアクションシーンを終えることができたのは、本当に社交辞令ではなく、監督の卓越したリーダーシップのおかげだ。現場で“この人は何故こんなことを僕にさせるんだ”と思ったことがない。『サスペクト 哀しき容疑者』は誰が見たって苦労が見える映画だ。文句を言うくらいなら最初からやらない方がマシだ。そして、どんなに疲れても大きな達成感があった。9ヶ月という時間だって過ぎてみればそんな風に過ぎていたわけで、その中にいた僕たちは時間が過ぎていることにも気付かなかった」

「9ヶ月の長い道のりを終えて飲んだ焼酎の味」

「サスペクト 哀しき容疑者」でコン・ユの演技に説得力が生まれたのは、現実とドラマ性を常に忘れなかったためだ。いくらアクセルを踏み、拳や足を振り回しても、そこに込められる感情なしでは決して観客の気持ちを掴むことは出来ない。特にセリフがなく眼差しだけで父性愛を表現したエンディングでのコン・ユの演技は、それだけで一つのドラマとなり「サスペクト 哀しき容疑者」を貫く感情となる。

コン・ユは「サスペクト 哀しき容疑者」を選択した理由の一つに、セリフがなく身体と眼差しだけで観客に感動を与えられるのか、自らの限界を試したかったためだという。彼は余計な動きもなく、ただ眼差しだけで大きな感動を伝えることに成功し、「サスペクト 哀しき容疑者」のエンディングが与える余韻と胸を打つ感情はさらに大きくなった。

コン・ユは「映画『殺人の追憶』のエンディングでソン・ガンホ先輩がカメラを正面から見つめるが、スクリーンを通してたくさんの観客と目を合わせるのだからカメラとの戦いに負けてはいられない。幸い、『トガニ 幼き瞳の告発』(2011、監督:ファン・ドンヒョク)のエンディングで少しでもそのような演技を学ぶことができたので、『サスペクト 哀しき容疑者』のエンディングを完成させることができた。僕にとって『サスペクト 哀しき容疑者』のエンディングはどんなアクションシーンにも代えられないシーンだ。アクションの上手い俳優と呼ばれたくて『サスペクト 哀しき容疑者』を選んだわけではない」と強調した。

「正直、エンディングシーンはクランクアップの日に撮りたかった。船舶レンタルの都合上そうなった(笑) パク・ヒスンさん(ミン・セフン大佐役)と一緒に船舶でのシーンを最後の日に撮ったが、何というか、すかっとした気分と言うにはあまりにも大きな感情だった。まるで地べたに一緒に寝転び感じる戦友愛のような感情と言うか。最後の日、スタッフと俳優たちが集まって一緒に焼酎を飲んで打ち上げをしたが、あの時の焼酎の味は本当に……(笑) 思わず『ワッ』と声を上げてしまった。焼酎広告を撮っても良いくらいだった」

記者 : キム・スジョン、写真 : ムン・スジ、SHOW BOX Media Flex