DM「YGヤン・ヒョンソク代表から習ったノウハウ、プロデューサーとして大きな強み」

OSEN |

DMは、YGエンターテインメント出身(以下YG)のヒップホップ歌手で現在グループD-Unitを育成しているプロデューサーだ。現在彼の会社にはRAIN(ピ)や神話(SHINHWA)などのプロデューサーとして実力を認められたテワン(C-Luv)も所属している。

彼が歌手からプロデューサーに転換した背景には、彼のメンター(良き助言者)であり、精神的な支えでもあるYGのヤン・ヒョンソク代表のサポートが大きかった。彼はYGの所属歌手として活動し、ヤン・ヒョンソク代表から色々とアドバイスを受け、背中を見て学んだ制作のノウハウを現在D-Unitに活用し、精力的に活動している。

歌手出身のプロデューサーは、スタイルからユニークだった。最近会ったDMは現役ヒップホップ歌手のような感覚的な衣装を着て登場し、強い印象を残した。

中学時代にTEDDYの親友だったDMは、彼から勧誘されてYGと縁を結んだ。いつの間にか30代になったDMが当時のことを振り返った。

「中学時代からTEDDYとグループYMGAを一緒にしたMASTA WUと親友でした。僕たち3人は、学生時代から音楽が大好きでした。実は、TEDDYはヒップホップには別に興味がなかったけれど(笑) 米ロサンゼルスに引っ越した後、ヤン・ヒョンソク兄さんのオーディションを受け、合格しました。それから1TYMというグループでデビューしました。TEDDYとの縁で僕もヒョンソク兄さんのオーディションを受けましたが、当時兄さんに『お前はあまりにもギャングスターみたいだ』と言われ落とされました」

YGの初のオーディションで落ちたDMはその後チョPDと知り合い、彼の楽曲「悪童が」にフィーチャリングとして参加し、本格的に音楽活動を始めた。2003年までチョPDと一緒に活動してからDMはもう一度TEDDYの誘いでYGのオーディションを受ける機会を得て、2006年にやっとYGに入った。

「2006年にYGに入ってから2008年にMASTA WUと共にYMGAを結成し、アルバムをリリースしました。でも、今僕たちを覚えている人はほとんどいないと思います。当時YMGAがテレビに出演した回数は、今僕が制作しているD-Unitより遥かに少ないです。ハハ。でも、歌手活動をしたことに後悔はありません。プロデューサーとして新しい人生を始めるきっかけになりましたから」

現在DMは、D-Businessエンターテインメントの代表だ。彼は昨年8月にデビューした女性グループD-Unitをプロデュースし、最近RAIN、MBLAQなど数々の歌手のプロデューサーとして活動したテワンをスカウトした。制作者としてのモラルはYGのヤン・ヒョンソク代表から習ったことが多いという。そのためなのだろうか。彼のメンターで最終目標はヤン・ヒョンソク代表だ。

「今はYGに所属しているわけではありませんが、ヒョンソク兄さんとは相変わらず親しいです。ヒョンソク兄さんのブルドーザーのような推進力をたくさん見ました。YGにアイドルというよりはアーティストと呼べる歌手が多い理由も、皆ヒョンソク兄さんのようなスタイルだからだと思います。練習生をはじめ、歌手たちに同じ機会を与えますので。いつも『お前は今度にしなきゃ』というよりは、『準備して来なさい』とおっしゃってくれました。その後、気に入るなら2ヶ月後にアルバムが出ることもありました。そうやって自分自身の音楽を作り出していくので、どこにでもいるような普通の歌手ではなく“アーティスト”が生まれるわけです」

YGにいる間、ヤン・ヒョンソク代表から聞いたアドバイスや肩越しに習った制作者の能力は現在のDMに大きな強みとなっている。現在彼が育成しているグループD-Unitにも自ら音楽を教えている。

「作られた音楽を完璧にこなそうとするよりは、自身に合う音楽をする機会を与えています。また、自主的にできる環境を作ってあげられるよう努力しています。D-Unitにも自身に合うダンスとボーカルトレーナーがそれぞれいます。作られたダンスと歌をそのままさせることもできますが、僕もアーティストを作っていきたいので」

DMは、歌手出身のプロデューサーだからこそできることが別にあると言った。希望すること、やりたいことを知っているため歌手の気持ちがよく分かるという。一日のほとんどの時間を、所属歌手たちの育成方法についての研究に費やす彼は、完全にプロデューサーだった。また、彼も歌手よりはプロデューサーとしての人生が幸せだという。

「歌手出身だから歌手に何が必要なのかが分かります。多分、歌手出身のプロデューサーは皆分かっていると思います。歌手が希望するプロモーションの仕方やアルバム制作方法などを。歌手とプロデューサー、両方の立場でよく調整していかなければなりません。一日のほとんどの時間、D-Unitを育成する方法ばかり考えている僕を見ると自分でも面白いです。プロデューサーとしての人生、厳しいことも多いですが、最後まで頑張って勝負しないと!ハハ」

記者 : ファン・ミヒョン