ハン・ガイン「自分しか知らない気さくな自分…みんなにも見てもらいたい」

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「うつ病になりやすい、女優という職業」“これも全部過ぎ去るものなり”の余裕

用心深く問いかけた最初の質問にすぐ「負担を感じる」と答えた。“初恋の象徴”としてのイメージが強いことに対して、という質問だった。そのような記事が量産されている状況で、女優ハン・ガインに直球を投げかけてみようと思ったのだ。

ハン・ガインもそれを真摯に受け止めた。「初恋のイメージを崩してはいけないような、なぜかそれを維持しなければならないようなプレッシャーを感じる」と言った。それは、メディアからのインタビューを受ける際に陥る心境だという。みんな初恋、初恋と言うので、自分でも知らぬ間に負うこととなったプレッシャーだった。

先日放送が終了したドラマ「太陽を抱く月」(MBC)と、現在上映中の映画「建築学概論」の話はさておき、少し苦しいかもしれない話題から始めることにした。彼女に投げた直球は3つ。3つの質問を通じて、ハン・ガインの深い心の奥を垣間見てみよう。


最初のボール。ハン・ガインが、過剰なイメージを持たれやすいことについて。

―ハン・ガインと言えば、綺麗な女優、清純、女神のようなイメージがあります。多くのCMと作品で、このような部分がさらに浮き彫りになった面もあります。ハン・ガインの本質が別にあるとしたら、人々に映る姿とのギャップが大きいのではないかと思いますが。

「心配なことも多くて、敏感な性格です。自分でもそういう部分で色々と悩みました。実際より過剰なイメージを持たれているところは、確かにあります。女性らしくもないし、おっとりしてもいないのに、多くの方が私を女性らしいと思っています。ありがたいことですけど、しばらく悩みました。そのイメージを壊してはならないという恐れが大きかったんです。

ある日、知人に『どうして私のことをみんなそう思うんだろう』と聞いたら、『それは否定できない。君の中にはそんな姿もある』と言うんです。まったく無い面でもないし、それも無視できないけど、それとは逆に自由でサバサバした部分もあると言ってくれました。今はもう、以前のようにそれを否定しようとは思いません。作品とCMで私を見てくださったイメージの方が強いのは仕方ないことですし。

そのイメージを全部捨てるわけにはいかないとも思いますし、不可能かもしれません。でも、私が持つキャラクターの中で、違う試みをして、変化を加えることはできると思います。その中で無理なく変えていく方法を見つけるしかありませんね」


2番目のボール。女優になるのが夢で、本当になりたかったのか。

映画「マルチュク青春通り」からドラマ「魔女ユヒ」(SBS)まで。彼女はもっぱら、恋愛初心者の役を演じた。そしてその後のドラマ「太陽を抱く月」と映画「建築学概論」で大衆的な認知度を一層上げることとなる。しかし、その間に突然の3年あまりのブランクがあった。CMを除いては女優としてのハン・ガインが見られない時期であった。

―平凡な子供として少女期を送っていて、2002年にCM出演でデビューして自然に女優の道を歩み始めました。それから色々な作品に出演して、自らも多くの疑問が生じてきたのでは?女優という夢を本格的に持ち始めたのはいつですか?

「自分自身に疑問を投げ続けてきたと思います。私がこれをやるだけの才能を持ってるのか?うまくできるだろうか、いくら演技しても上手くならなかったらどうしよう?などの悩みと恐れが多かったです。その疑問は、今でも続いています。30歳に近くなってからは、さらに多くなりました。

ずっと一生懸命やっていて、ある日達成感を感じるようになったら、本当に嬉しいことだと思います。悩んで考えている今この時間が過ぎていつか、間違ってなかった、徒労じゃなかった、と思える時期が来るなら、努力する甲斐は十分あると思います」

―今がそういう時期ではないんですか?多忙なスケジュールに、ドラマや映画などへの出演が続いていて、ある部分では予想できない問題があったかもしれませんし。明らかなのは、今は女優のハン・ガインを落ち着いて見られる時期だと言えると思いますが。

「自分では、そういう時期かどうか実感がありません。『太陽を抱く月』の時は、ずっと山の中だったじゃないですか。食べるものがなくて、おにぎりひとつに笑って泣いて、寒くてホットパックに頼っていた時でしたし(笑) まだ実感がありませんね。

これって、ある意味仕事をやっていて出てきた恐怖心なんですけど、私の名前が先週、インターネット検索ワードランキングの1位に上がったのを見て、胸がドキドキしたんです。『何かやらかしたか』と。本当に諸刃の剣だと思いますが、視線が集まる時、喜ぶよりも慎重になってしまう部分があります。幼い頃ならそれを楽しんで、しばらくは陶酔することもあるかもしれませんが。

もう、そんな部分に振り回されないように努力しています。芸能人なら誰もが、自分のミスがどんなに大きく跳ね返ってくるのか分かっていると思います。それで、わざと人々の反応や自分についての記事にあまり関心を持たないようにしていると思います。今、私にできるのは、『映画、うまく出来上がってる』『反応がいい』と思うことより、『映画とドラマで、どこが変わったんだろう』『自分はどう変わりつつあるか』を考える方だと思います」


3番目のボール。韓国で女優として生きることとは。

―ブランクとともに、韓国で役者、特に女優として生きているという面でさらにプレッシャーがあったと思います。ピークの時期があった女優なら尚更です。それと傷に対して、自ら乗り越える方法があるとしたらそれは?

「女優がうつ病になりやすいのは事実だと思います。自由に話せる人が多くない。もし自分の悩みを話したら、他人から変な目で見られたり、不幸だと思われたりするのではないか、または同じ年頃の人なら誰もが持っている悩みでも、芸能人という肩書きがあるから、ただの甘えと捉えられるのではないかと……。

女優ってそんなものだと思います。悩みを話せる範囲が狭くなるんです。知人の一人に、立っていられないほど泥酔していくら無茶なことをしても受け入れてくれるような相手を作るべきだ、と言われたことがあります。そうでないと、つらい時期をうまく乗り越えられないと。私には幸い、家族がいました。黙々と受け入れてくれた人たちです」

―そういう面で、今量産されている記事にもプレッシャーを感じそうですが。

「インタビューがとても怖かったです。最後に冗談交じりに言ったことがメインタイトルになっていたり、それが私を狙う矢になって撃ち返されたり……前はそんなことが本当に怖かったんですが、それも過ぎ去るということが分かりました。どんなに最善を尽くしても、他人からそんなにいい目で見られないことも分かりました。逆に、下手な部分があっても、それほど避難されないことにも気付きましたし。

よく言うじゃないですか。『これもまた、過ぎ去るものなり』って。そう思い始めて、今は女優がつらいとは思いません。ただ申し訳ないのは、友達や初恋について、意図していないのに、記事になってしまうことです(笑) 以前はどんなふうにインタビューに応じていたのか思い出すこともできません。その時は、とても緊張していたので。

女優の道を選ぶことは、一生落ち着かない道を選ぶことだと思います。誰かに求められなければならないというプレッシャーに苛まれたり、遅れを取っては最後、と常に焦りがちになります。以前パク・ジニョンさんが『黄金漁場‐ラジオスター』(MBC)で言っていたことがあります。急流に巻き込まれた時、じっとしていると流されてしまうので、狂ったように泳ぐとその位地を維持することができ、本当にものすごくがんばって泳ぎ続けると、少し前に進む。芸能人の人生はそれに似ている、と。その話に共感します」

少し真剣になりそうな雰囲気の中でも、ハン・ガインは特有の微笑みと気さくな態度を見せ、時折り声を上げて笑うこともあった。このインタビューで、ハン・ガインは映画とドラマに関する細々としたエピソードも全部打ち明けてくれた。明らかに、ハン・ガインは変わりつつあるようだった。これまでが外見と雰囲気を中心に作られたハン・ガインだったならば、今は彼女の女優としての真価を世間に伝える時が来たようだ。

女優という肩書きの中で、ハン・ガイン自らもイメージチェンジへの意欲があった。しかし、その歩みはハン・ガイン自身が自由に選択することなだけに、我々は彼女を応援しながら見守るだけだ。「太陽を抱く月」と「建築学概論」が30の歩みだったなら、次は50、そしてあとは70ということになる。期待する価値は十分あるだろう。

記者 : イ・ジョンミン、イ・ソンピル